///在りし日の、童心は複雑で///
///――years ago 01///
俺の親友はなにを考えているのか分からない。小学生の頃はもうちょっと分かりやすかったんだが、どうにも中学に入ってからいわゆる反抗期に入ってしまったらしい。
そんな風に、人のことを観察しておきながら、俺自身もいわゆる反抗期に入り始めて、こうして夜遅くに公園に親友を呼び出しているわけだが。
ほんの少し、悪いことしてみたい。素行不良とまでは言わないまでも、こう見えて大人なんだぜという雰囲気を出したい。夕方を過ぎ、夕食を終えたあとの夜から深夜に掛けての時間帯は、まさにそういう小さな悪いことをしている感じがして、反抗期の俺には丁度良いアクセントだった。かと言って、万引きやら煙草やらなんやらに手を出したいという好奇心は無いので、ただ単に“悪いことですらないけれど、なんか悪いことっぽいこと”をしているだけに過ぎないのだが、そんなことは分かっていても、「夜に出掛けられる俺ってカッコイイ」なんて、そんな自分に酔っていた。
「お前さぁ、小学校の時より雰囲気で嫌われていないか?」
「はっ、そんなこと言うためにわざわざ呼び出したのか? なんだ、テメェ? 喧嘩売ってんのか」
「売ってはいないが、お前から喧嘩を売られている気はする。なにに苛立っているんだ?」
「別に……話したところで、テメェには分かんねぇよ」
「けど、口に出してスッキリすることはあるだろ」
公園のベンチに腰掛けて、親友の愚痴を聞く。たまに俺も愚痴を零す。それが日常化していて、これが案外、面白い。別に愚痴じゃなくても良い。極端な話、つまらなくたって構わない。騒がないで静かに「つまんねー」とか言っている自分に酔っているのだから、喧嘩だってする気はこれっぽっちも、全然無い。親友は、どうかは知らないが。
「ウチの家庭環境は複雑なんだよ」
「知っている。もう何度も聞かされた。それは何度だって聞いてやるが、今日は別のことだろ?」
「すげぇな。愚痴を何度も聞いていると、さすがにこっちの苛々も察せられるか」
「逆に俺の苛々も察してくれるとありがたいね」
「あー、お前の今日の愚痴はアレだ。委員長が面倒臭いんだろ。いっつもそうやって良い顔していて、疲れるんなら自分から引き受けなきゃ良いってのになぁ」
「当たりも当たり、大当たりだ」
俺は隠すこともなく、胸の内を見せる。
「真面目振っているつもりはないんだけどな、真面目そうとか、頭が良さそうだとか、そんなレッテルを貼られて、結果的に真面目君で中学生をやって行かなきゃならないと思うと、反吐が出る」
「はっ、どうだか。テメェはそう言いつつ、なんだかんだで真面目だろうがよ。俺とは大違いだ」
大違い、とは言うものの俺の親友と、俺自身にはさほど差というものは存在しないのだ。
「お前だって頭が良いだろ。容姿で不良っぽく見られるってのは、損な話なのか羨ましい話なのか。委員長やら、なんやらの面倒臭いことをしなくて良いってのも気楽だろ」
「あまりにも押し付けられなさ過ぎて、逆にムカついて来るレベルだが、確かに気は楽だな。俺じゃ、クラスのためにだとか、学年のためになんて、下らねぇことなんてやれねぇからな」
「まぁ俺も、クラスのためにやっているのかそれとも自分の内申点のためなのかは定かじゃない。中学に内申点ってあるのか?」
「知らねーよ」
「けど、決まってしまったものは仕方無い」
「結局、真面目君じゃねぇか」
ここで妥協してしまうから、真面目と言われるのだろうか。だとすれば、どこで否定すれば真面目と思われずに済むのだろう。別に真面目であることには、悪い気はしないが、あんまり高望みをされてしまうと、こっちはこっちで落ち着かない。『あいつはこういうことをしない奴だから』みたいな、勝手な決め付けで仲間外れにされるのも、ちょっとつまらない。
「で、俺が苛立っている理由はなんだと思う?」
「風紀委員が一々、うるさいんだろ。俺のクラスの風紀委員がなんかボヤいていたのを耳にした」
「正解。別にどこも着崩してねぇのに、睨み付けただなんだの言いやがって、それを教師にチクりやがる。冤罪で叱られるってのは、腹が立つもんだ」
「ああ、それは腹が立って当然だな。でも殴らなかったんだろ?」
「当たり前だ。そこで殴ったり反抗したら、そいつの言った通りになっちまう。だから、我慢してやったよ」
「だったら、風紀委員はお前に感謝するべきだな。お前がキレたら、かなり荒っぽいことになるだろ」
「ああ。ただでさえ家でも居場所がねぇんだから、学校でぐらいはゆっくりしたいもんだ。ま、苛々のほとんどは野球でも発散できるから構わねぇが」
「で? 口だけの部活の先輩はどうなった?」
「どうもこうも、実力を見せて引き下がってもらった。ピッチャー経験なんざほとんどねぇ俺の球すら打てねぇのに、あいつの投げる球は遅過ぎてそりゃもう気が抜けるほど、バットで打ちまくってやった。あれでレギュラーやっているってんだからビビったもんだ。低レベル過ぎて、笑うのを通り越してドン引きだったな」
見た目――特に目が鋭いために親友はよく素行が悪いのではないかと決め付けられるらしい。人の容姿一つで、なにもかもを決め付ける、レッテルを貼るっているのは実に下らない。話してみれば、こうして受け答えもしてくれる。口は確かに少し悪いが、それは俺も同じだ。事実には事実で答える。親友と俺の間に、嘘は無い。親友は頭が良い。ついでに運動神経も良い。見た目で決め付けられてしまうのなら、別のところで見返すために文武両道を掲げている。ただ、俺がそれを見習うと何故か、委員長になってしまったわけだが。
「で、委員長? まさか、『――君が良いと思います』的な推薦で決められたんじゃないだろ? そういうのが嫌いなはずだから……お前、手を挙げたな? なら、裏になにかあると俺は予想してやる」
勘も鋭い。
「当ててみたらどうだ?」
「女子だな。女子の匂いがする」
「女子? 外れだ」
少し大げさに言ってみる。
「良いや、当たりだ。お前がそんな即答をするってことは、当たりに違いない。委員長の悩みなんざ前から聞いているのに、今更、それで苛々するのは、どうにも怪しいんだよ。上手い具合に、アピール出来ていないのが歯痒いんだろ。なんだ、まさか当てられたのが恥ずかしいなんて気持ちの悪いことを言うんじゃねぇだろうな?」
「お前に相談したら、冷やかされるんじゃないかと思ったんだが、撤回しよう。お前はそういうことはしないな」
「テメェの気持ちを茶化すわけがないだろ。言ってみろ、何年何組だ?」
「それを言ったら、同じ中学に通っているんだからすぐにバレるだろ」
「はっ、まるでバレないみたいな言い草だな。委員長になってまで、自分のことをアピールしたい……お前も物好きだねぇ」
「なにもう見抜いたみたいな顔してんだよ」
「俺は勘が良いんだよ。ま、競争率は低いから良いんじゃね? 基本、図書委員って目立ちにくいだろ。でも吹奏楽部員でもあるんだよなぁ」
「……なんで図書委員だと分かった? しかも吹奏楽部まで当てて」
「お、やっぱりお前と話している時の俺の勘は外れねぇなぁ」
あてずっぽうだったらしい。
「カマを掛けたのか?」
「いいや、ある程度は憶測を付けた。あとは……そうだな、雰囲気か。なんかお前と合いそうな奴って言ったら、なんとなくそいつになった。いやぁ、我ながらお前に対する俺の勘は怖ろしいね」
全て当たっているので、言い返したって無駄だろう。
「狙うなよ?」
「狙うわけねぇだろ。狙っている奴がいたら、逆にガン飛ばして追い払ってやるよ。でも、お前と話しているところなんて見たことがないな」
「話す勇気が無くてな」
「下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる。まず会話を増やせ。あと偶然を装え。そして、自分語りは良いから相手の話を聞いてやれ。なにか言われるまで待つってのも大事だな」
「お前、なんでそんな女子の扱いが上手そうなことが言えるんだよ」
「どれもこれもネットに転がっている情報だぞ」
「ソースがネットとか不安しかないな」
「じゃぁ俺から言ってやるよ。さっき物好きって言ったけどな、お前の女子への趣味は悪くねぇ。ただ甲高い声出して喋って、自己アピールしている奴らよりはマシだ。沢山話せる=性格が良いってわけじゃねぇからな。自信持てよ」
何故、背中を押されているのだろうか。
「お前は好きな女子とか居ないのか? ……ああいや、これは要らないお節介だった。悪い」
「へっ、思っていることで大体当たりだよ」
家庭環境が複雑――特に親友は自分の母親に敵対心を持っているので、女子と仲良くなんて気持ち悪くて出来ないのだろう。取り繕うことは出来ても、好きという感情には至らない。家庭環境に改善が見られれば、それも解消されるかもだが……この感じだと、まだまだ掛かりそうだ。
「異父妹も、まだ無理か?」
「無理だな。話し掛けんのも気持ち悪い。まぁ、しばらくしたら慣れるのかも知れねぇが」
「そう急ぐ必要は無いだろ。いつか家族って思えれば、それで解決するんだ。だから、それまでは俺が愚痴を聞いてやる」
「……悪いな」
「いいや、こっちこそ」
なにが辛くて、なにが苦しいのか。分かり切っているからこそ、事実を述べる。今が無理でも明日がある。明日が無理なら明後日、明後日が無理なら、未来。未来の果てで、受け入れがたい家庭環境をいつか受け入れられるようになったなら、それでようやく家族。それで良いじゃないか。なにも俺の親友だけが塞ぎ込み、悩み、苦しみ、辛く暮らさなくても良い。もっと気を楽にして、生きて欲しい。
親友として、俺はただそう願ってやまない。




