カウンセリングにて
***
「ですから、この病院には先ほども申し上げましたがそのような方は入院されてはおりません……はい……ええ、そうです。今、カウンセリング中なので手短に済ませたいのですが……ええ、はい。先輩の頼みですから、私のツテにも当たってはみますが、結果は芳しくないと思って下さい。期待するだけ損ですよ……どの病院にも患者を守るために秘匿しなければならないことがあるのはお分かりでしょう? だから、最大限の配慮と思って下さい。こんなことが、外に漏れでもしたら私はこの病院で働けなくなります……はい、ええ……それでは」
臨床心理士が電話を切り、一息入れる。
「特定の患者が入院しているかどうかを外に漏らしたことを院長にチクったら病院を辞めることになるんですか?」
「カウンセリング中に電話に出てしまったことは申し訳ありません。電話に出た分だけ、カウンセリング時間は延長します。今日はあなたの後ろにすぐの予約が入っていないので、最長で三十分は伸ばせます。なので、黙っていて下さい」
「僕、口は堅いですけど嘘をつこうとするとバレる傾向にありまして、」
「あなたは私がこの病院に務められなくなったあと、どうするんですか? カウンセリングをもう受けられないということになりますが、一人立ちできると思っているんですか?」
「思ってないですけど、弱みは握っておきたいなと」
「あー、へーそうですか。私はあなたの弱みを沢山握っているわけですが、これをネットに流出させても構わないってことですね?」
「御免なさい。さっきの電話は忘れます」
「はぁ……立花さんで良かったですよ。別の患者さんでしたら、それこそあとが怖いですから。立花さんは、まだ話の分かる人ですからね、まだ」
そんなに“まだ”を強調しないでもらいたい。確かに僕はこの人について院長にチクりに行けるほどの勇気を持ち合わせてはいないけれど。
「誰からの電話だったんですか? 先輩って言っていましたけど」
「……立花さんになら、話しても構わないでしょう。私はこうして、VRゲームで起こった精神面での歪み、心の弱さを支える最先端医療の一つを齧っているわけですが、先輩もまた最先端医療の一つを齧っています。意識不明のまま、何年も眠り続けている方を起こす。それが先輩のやろうとしていることであり、やっていることです」
「そんなこと出来るんですか?」
「脳死しておらず、脳波も正常、脳へのダメージも無く、自発呼吸をしているにも関わらず、目覚めない。そういった意識不明の方が対象です。意識が戻っていない理由には、諸説あるわけですが、先輩は主に『目覚めたいのに目覚められない方』を対象にしています。つまり、視覚を除いた触覚、味覚、聴覚、嗅覚は眠っていても変わらず働いているのではないか。そこに強く呼び掛ける要因があれば、なにより目覚めることを怖れているその“心”を、安心させることでようやく目覚めるのではないか。そんな突拍子も無いことに挑んでいます。失敗例は数知れず、成功例は5%もありません」
「へぇ」
テレビの再現ドラマでもある。奇蹟的に目覚めた人が、眠っている間に病室で話していたことを憶えていたという話だったり、目覚める方向に体は進んでいたのに、下手をしたらあと少しのところで死亡と断定されて、ドナーになってしまいそうになった話だったり。要はそういう人たちへの研究や、挑戦なのだろう。
「とは言え、私と同じ臨床心理士を兼任しつつですので、それについて医療費をふんだくるわけでもありませんし、なにか高い医療器具を使うわけでもないので、失敗と言っても目覚めないだけで、更に事態が深刻になるということはありませんが……まったく、無謀なことに挑戦していると思いますよ。そして、信じられないことに私の元にかなり特徴を絞った患者が入院していないか聞いて来ました。今まで、そのようなことは訊ねて来ない方だったので……イラッと来たわけですが」
この人を苛々させるなんて、相当の猛者だな。ただでさえ僕のような患者を相手にしているわけだから、苛々には慣れているはずだけど、さっきからこの人、もう聞いているこっちが嫌になるくらい個人情報を垂れ流しているからな。でもそんなのを指摘したら、苛々が僕に向けられるかも知れないから、なんとか回避したいところである。
「まぁ、僕も年上は嫌いなわけですから、そういった厄介事や面倒事を持って来ることにイラッと来ることには共感を覚えますけど……あんまり悪く言うのもどうかと」
「分かっていますよ。先輩は物凄く頭の良い人なんです。だからもっとやりたいこともあるはずなのに、最近はずっとそのことに傾倒してばかり……そこまで身を削っても、成功例は5%ほど。私なら嫌になるところです」
「なんだか、個人的な感情が入っていません?」
「入っていませんよ。あくまで後輩として思うことです。それで? 先輩の電話に疲れる前の私に、立花さんはなんて言っていましたっけ?」
なんだか物凄く威圧感があるなぁ。出直して来たいけど、不安要素は全部、吐き出しておきたいし。
「古い人工衛星が太平洋に落ちたらしくて、いよいよ地球の終わりが近付いているのかもと思うと、不安でして」
「馬鹿ですか?」
物凄い侮蔑するような表情で言われてしまった。
「馬鹿ってなんですか。僕はこんなにも真剣に悩んでいるのに!」
「地球が滅んだら私たちも滅ぶんです。人類滅亡論は毎年のように挙がって来ますが、未だに滅亡してませんね。人工衛星が一つ落ちたくらいでなにを不安がる必要があるんですか」
「直撃したら嫌だな、と」
「どんな確率だと思っているんですか。あなたの真上に人工衛星の破片が落ちるなんて、恐らく地球に隕石が直撃する確率より低いですよ。津波の心配をされているのかと思いましたが、直撃の心配をされているなんて、悲しいです」
「確かに、津波は怖いですからね……」
「破片は大気圏に入れば空気との摩擦により燃え上がり、ほとんどが燃え尽きます。けれど、それでも燃え尽きない破片が海に落ちたりするわけですが、これらの衝撃によって起こる津波は、墜落速度や物量によって変化しますので、人工衛星が破片として落ちる程度では、さほど心配するものではないと私は思います」
「破片では無く、丸々、落ちて来た場合は?」
「昨今の人工衛星には自壊システムが搭載されています。軌道上から逸れ、そして地球上からの通信が途絶えた際に、自動的にパーツごとにバラバラになります。これは通信でも自壊させられますから、誤って軌道上から逸れてしまっても対処法さえ間違えなければ、必ずバラバラになって落ちるわけです」
「それでも、もしものことがあるじゃないですか」
「あのですね、立花さんはどうして人災より天災に怯えているんですか。交通事故に遭うことや飛行機の墜落やらを気にして生きているのなら、まだ分かりますが」
「だってコロニー落としと大気圏突入はロボットアニメじゃ十八番ですし」
「立花さん? 宇宙にはまだコロニーはありません。大気圏に突入するロボットもありません。ビーム兵器も存在しません。また現実とゲームの区別は付いているのに、ゲームのことを現実に持ち込もうとしています?」
「そうじゃないんですけど、なんだか、放っておいて良いこととは思えなくて」
人為的なミス、なのだろうか。なにか仕組まれて、古い人工衛星は落とされたのではないか。そう勘繰ってしまう。
「まぁ、百歩譲ってあなたが心配することを理解しましょう。けれど、あなたはもっと目の前のことだけを考えて行くべきです。たとえば、倉敷さんが買ったドリンクに精力増進の効能を含まれていたことがバレてしまったこととか」
「……思い出させないで下さい」
「相手側に非があるんですから、立花さんは遣わなくても良い気を遣っただけです。問題は、精力増進ってところですね。年頃の女の子は、そういうところに敏感ですから。桜井さんのように失敗で恥ずかしがっても、次の日にはケロッとするような方ならまだしも、倉敷さんは私が見たところ、乙女っぽいところがありそうですし」
倉敷さんが乙女? はは、なにを馬鹿なことを言っているんだ。あの人は、鬼だ。
「なんでそう思うんですか?」
「立花さんが今まで話してくれた内容を吟味したところ、そういう結論に達しました」
「あの、今日はなんか投げやりじゃありません?」
「……申し訳ありません。さっきの電話のせいですね。気を引き締めてカウンセリングはしたいのですが、どうしても先輩のことがチラついてしまいます。体調が振るわないのではなく、心ここに在らず、といった具合です。ですが、仕事に私情は厳禁ですから、なんとか立て直したいとは思ってはいます」
そんなに先輩のことが気に掛かるんだろうか。年上嫌いの僕には、そういう気持ちが全く理解できない。
「あの、今日はこれくらいで良いですよ? 心労が祟って、倒れられでもしたら僕も不安になってしまいますし。気が休まる時間は誰にだって必要ですよ」
「立花さんも変わって来ましたね。昔だったら、私のことなんてどうでも良いからさっさとカウンセリング続けろって思っていたでしょう。いえ、今も心のどこかでは思っているだけで口にしないだけかも知れませんが。その口の悪さが少しずつ改善されているなら良いことです。まだ、空気の読めないことを言ってしまうことはありますか?」
「あーありますね。こういうの、失言って言うんでしたっけ?」
「いえ、空気が読めないことは失言に含まれません。空気が読めずに口が悪いなんて、本当の意味で空気の読めない最低な人ってだけです。まぁ、天然の毒舌家の方がタチが悪いですが」
大樹さんも散々に言われているなぁ。
「ちょっとずつ、意識はしているんですけど……人ってそう簡単には変われないですよね」
「いいえ、あなたは変わって来ています。『人はそう簡単には変われない』。よく言われますが、それは元から向上心を持っていない人が言う台詞です。口では言うクセに、やろうともしない、挑戦もしない、むしろやろうとなんて思っちゃいない、挑戦したくもないと怠惰に考えている人が、変われない時に口にするのがそれです。あなたは少なくとも、怠惰では無くなりました。だから、変化している最中なんです。そこだけは自信を持って下さい。そして、空気が読めない点に関しては、より深く注意するように。自分が言ったことの責任はちゃんと取らなければなりませんからね」
それを現在進行形で責任の取り方について悩み、荒れている倉敷さんに聞かせてやりたいところである。
「そして、最近の立花さんは昔と比べて、明らかに変わったところがありますよ」
「どんなところですか?」
「桜井さんのことを話す量が減って、倉敷さんについての愚痴や話が増えています」
それは変わったところじゃなくて、被害に遭っている量が近場である方に増やされているってだけじゃないですか……?




