ズレ
「スズさんは何歳?」
「え、あ……高一です」
「歳を訊いたつもりだったんだけど」
本能的に歳を避けてしまった。どうにかして発言にフォローを入れなきゃならない。
それにしても、テオドラさんの口調が少し砕けて来た気がする。ちょっとは心を許してくれていると思って良いんだろうか。
「歳は大体で分かりません?」
フォローとも呼べないフォローだった。もう、自分の発言に責任を持つことを放棄したくなってしまう。ボキャブラリーの無さはコミュニケーション能力の低さにも通ずるものがあるし、口下手な奴がこんな風に無理して話をしようとするとこうなる。
「それを信じるなら、スズさんは年下になる」
「テオドラさんは何歳ですか?」
「女性に歳を訊く?」
「歳を訊かれて困るような歳でも無さそうなんですけど」
僕だって、歳を訊いたら無粋だろうなと思うときは歳を訊かない。それぐらいの弁え方は知っている。
「高二」
それなら僕が年下で合っている。しかし、一つしか違わないのか。僕より大人っぽいし、大学生と言われたらそのまま信じ込んでしまうところだ。
今まで話していた相手を年上だと認識した途端に、萎縮してしまう自分が居た。先輩風を吹かせる輩が理沙に纏わり付いていた時期があって、それを見ていて随分と腹が立ったことがある。そのせいで、年上嫌いになってしまっている。一つ年上だとしても、それは変わらない。
「どうかした?」
「いえ……なんでも、ありません」
年上嫌いなんて知られたら、鼻で笑われるに決まっている。でも隠し通せる自信が無い。
「急に物静かになられると不愉快ね」
それはつまり、なにか面白い話題を出せという年上特有の年下に対する無茶振りかなにかだろうか。
「えーと、テオドラさんは、」
「『もえぎ』で良い」
「もえ……?」
「倉敷 萌木」
言いながら彼女はペンを取り出し、メモ用紙に名前を書いて示す。
「これが私の名前。スズさんは?」
「……涼。立花 涼です」
ペンを受け取り、同じようにメモ用紙に名前を書いて示した。
「ああ、だからプレイヤーネームが『スズ』なんだ?」
「ええと、はい。名前を考えるの苦手なんですよ。テオドラさんみたいに、」
「あのさぁ」
僕の言葉に割り込んで、テオドラさんが不服そうに僕を見つめている。
「もう相手の腹の内を探るのはやめにしましょう。私もこの口調に疲れて来たの。もう無理をして敬語遣わなくて良いし、ついでに年上って分かってから妙に気を遣われて不愉快。私は別にあなたが年下だからって、変な命令だとか無茶振りをする気も無いから」
「そ、うですか」
完璧に態度を崩した。僕の態度がバレバレだったせいもあるんだろうけど、単純にテオドラさんも言うように取り繕うのに「疲れた」のだろう。
「きっと年上が嫌いなんでしょ? 私だって年上は嫌いだから、あなたのことはよく分かる。だから私は、あなたが嫌っているような年上の人と同じ年上の人には見られたくないの。分かったら、敬語をやめて、『萌木』って呼んで」
「倉敷さんで勘弁してくれないかな?」
下の名前で呼んで来るように要求されるが、意地でも呼ばない。下の名前で呼び合う親しい間柄でもない。
けれど、敬語を遣うなと年上に言われたのは初めてだ。これでタメ口で話したら頭をぶたれるとか、そういう展開も見え隠れしているんだけど、でもここで敬語を押し通しても殴られるような展開も見え隠れしているわけで。
つまり、どっちに転んでも痛い目を見る可能性があるのなら、自分が一番楽な方を選んだ方がマシなわけだ。
「それで、私みたいになに?」
「倉敷さんみたいに凝った名前は思い付かないというか……」
敬語を遣わなくなった僕に対し、倉敷さんは頬を緩ませて微笑んだ。僕をこうやって子供っぽくあしらう辺りに大人の対応を感じる。一つしか歳が違わないはずなんだけどなぁ。
「キャラになりきる上で名前って重要じゃない?」
「僕はゲームだって割り切っているから」
倉敷さんは腕を組んで唸る。そんなに難しいことを言ったつもりはない。
年上嫌いを看破されてしまったのは、あとになって響いてくるようなことにも思えたけど、押し潰されるような緊張からはともかくも解放された。そして、出されてから一切、手を付けていなかったアイスコーヒーを飲むために角砂糖を一つと、ミルクを注ぎ入れる
「女性プレイヤーって、見た感じだと少ないと思うんだけど、どう?」
スプーンで掻き混ぜて、甘さの加減を確かめるために少しだけ口に含んだところで、倉敷さんは同意を求めるかのように呟いた。
「男に比べたら圧倒的に少ないけど、居ることには居ると思う」
「私が言いたいのはその中でも特に上手い人のこと」
「あー確かに少ないけど、高ランクにも有名な女性プレイヤーが居るじゃないか。にゃおさんとか」
本当はあいつに『さん』付けなんてしたくもないのだが、『スリークラウン』の内情を知らない体で話さなきゃならないので、苦汁の決断である。
「そうなんだけど、にゃおさんはちょっと変わり者だから、話が合わない」
倉敷さんとにゃおは確かに性格の面で合い辛いだろう。
「初心者の女性プレイヤーと話が合わないって、たとえば、武装について熱く語りすぎてドン引きされるとか?」
「……リアルの話題が、私、ズレているみたいだから」
「倉敷さんは高校生だし、ズレなんてほとんど無いと思うけど」
MOやMMOは没頭できる時間があればあるほど、比例するかのようにプレイヤーキャラが育つ。つまり時間が多く取れる中高生や大学生が多い。だから、チームを組んだ場合、メンバーも中高生や大学生である確率は高くなる。それなら、リアルの話題でズレを感じることなんてあるはずがないと思う。漫画の話だってよくあるし、その中の台詞を叫んで戦う人だって居るくらいなんだから、否応無しにそっち方面の知識は増えるものだ。
「立花君は、女性はみんなファッションに気を遣ってお金を掛けるものだって思う?」
「まぁ、歪んだ女性像だけど思うには思う」
「私は、ファッションがよく分からないのよ。ファッション誌を読んだり、流行を調べたりしてそれに合わせて洋服を買うってスタンスが私の中に無いの。服なんて着られればなんでも良いと思うし、これが良いなと思ったら流行に合わせずにそれを買う。化粧だって流行のメイクなんかこれっぽっちも興味が無くて、自分を良く見せられるパターンが五種類ぐらいあれば良いと思って、それ以降は研究する気も失せちゃっているくらい」
女の子でファッションをよく分からないと口にするとは思いもしなかった。女性プレイヤーはとにかく化粧用品やバッグや服のブランドについて語り合うものだというイメージが出来てしまっていたせいもある。
男よりも覚えるべき知識が多いようにすら僕は思っていたのに、彼女はその手の代物の知識について疎いらしい。
「こういう女性を立花君は気持ち悪いって思う?」
「……変わっているなとは思うけど、さすがに気持ち悪いとまでは思わない。僕だって髪型に興味が無いし、服装も大して気を遣わない。どっちかと言うとインドア派で出不精だから流行やセンスにも鋭くない。だから、倉敷さんが自分を変だと思うんなら、僕なんてそれ以上の変人になる」
「そっか……そっかそっか」
「だからって、このままで良いとはさすがに思ってはいないけど」
「それは分かるわ。周りとズレてるなと思うと焦っちゃう。なんで私はファッションのことを知ろうとしないで厨二病な呼称に興味を惹き付けられているんだろう、とか」
「炎属性がエンチャントされた剣を『紅蓮剣』と勝手に命名して、ルビにアグニみたいな?」
「そう。さすがに自分が使うのは恥ずかしいのに、そうやって武装名を勝手に厨二病っぽく呼んでいる人と組むと、物凄く楽しかったりするから」
漢字と英語、造語に対して女の子は冷めた目で見るものだと僕は思っていたのだけど、例外は居るらしい。僕も厨二な名称は嫌いじゃない。同じく恥ずかしくて使えないけど。
共感したことをそのまま口にすれば良いのに、僕はアイスコーヒーを飲んで間を誤魔化していた。同世代で理沙以外に共感してもらったことが少なくて、どこまで踏み込んだら良いのか分からなかった。ドン引きされたらどうしよう、というのが人見知りの自分が出し得る率直な不安だった。
「私、咲丘女子高なんだけど、立花君は?」
「高校を教える必要なんてないんじゃ」
しかも咲丘は偏差値が高いことで有名だ。そんな高校名を出されてしまったら、僕の通っている高校なんて口が裂けても言えない。
「偏差値についてどうこう言うつもりないんだけど」
「心を読んだ?」
「顔に出てるから」
ああ、そういうこと。
説得力は無いが、長年、幼馴染みに言われ続けていることなので半ば諦めの感が強かった。
「南神高校」
「ふぅん、これだと住んでいるところも意外と近いのかも」
「だからって住所までは教えない」
「リアル割れしてるのに今更、プライバシーがどうこう言うつもり?」
「一定の距離感は大切だから」
そうやってグングンと心の境界に踏み入ろうとする倉敷さんに、どう取っ付けば良いのかわからずアイスコーヒーを一気に飲み干した。




