地獄の釜の炎を吹き続ける
「リグリスさんは、バテていませんか?」
『上手く下がらせてもらって、時間を沢山使って休むことが出来ました。ただ戦闘中であることには変わりなかったので、セクション終わりのこの休憩時間以上の気楽さは無かったですけど』
「ちょっとでも休めることは大切ですよ。長期戦ですし、集中力や体力が切れると崩れる時はあっと言う間ですからね」
『分かります。無茶はしません。ただ、いつもと同じように一番先に動いてしまったことは反省しています』
「深くに入り込まなかっただけ良かったと言っておきます。次のセクションでは私とバイオさん、ティアさんと息を合わせるようにして下さい」
後半は強めに言って、釘を刺しておく。
『言われた通り、気を付けさせてもらいます。それに、ネムネムに比べれば優しい叱責なので、気楽に行けるのはありがたい限りです』
普段、どんな怒られ方をしているのか……それは想像に容易い。僕がルーティやティアに怒られるのと同じ感じだろ、絶対。
「ティアさんは休めていますか?」
『これが現実だったら喉を痛めているところよ……』
「体力的には問題無いと?」
『なにそのメンタル的には駄目そうな言い方は』
え、だって駄目そうじゃん。
『全然、問題無いわ。それに次は小物ばかりを相手にするわけじゃないんだから、こんなところでへばっていられないわよ』
言い返す元気があるなら行けそうだ。
『ねぇ、次は空中戦に変わるんでしょう? 私はいつも通り、相手を挑発する感じで良い?』
「無茶をしない程度に」
『どこまでが無茶なのかがちょっと、難しいかな。違わない?』
「まぁ、バイオさんならともかくシャロンさんは引き際を弁えているからミスしないと私は思っていますよ」
『そのご期待に応えられるようにやらせてもらうけれど、ルーティは大丈夫なの?』
「あー、どうでしょう」
ここからは個人通信ではなく合同通信に切り替える。
「ルーティさん? 次はあなたの苦手な空中戦ですけど、どれくらい苦手意識が取れて来ました?」
『八割ぐらい。まだ二割くらいは嫌だなって思っちゃう。上下が加わると一瞬、どう操縦で戸惑うんだよね』
空中戦は上下左右とか前後左右を一つにした縦横無尽の操縦だ。何度も練習に練習は重ねても、最初に抱いた苦手意識は簡単には取り除けないということだ。初めてから随分経っているんだけどな、まだ操縦で迷いが生じるところがあるのか。
『空中戦は俺の十八番だな』
「ほぼほぼ多脚は使い物になりませんけどね。障害物でも用意してくれていない限り」
『テメェはどっかで俺を貶めなきゃ気が済まねぇのか』
「いえいえ、空中戦もあるのにわざわざ多脚を選んだバイオさんはブレていないなって思っただけですよ」
と言う、いつも通りのやり取りをして仲が良いのか悪いのか――いや仲は悪いけど、通常運転をしつつ、バイオにもさほど疲れが見えないことを声だけで読み取る。
「特殊ミッションにしては、ちょっとやり過ぎな感じはしますよね。一度でも撃墜されたら再出撃無しっていうところも、厳しいですし」
大抵のミッションは一度や二度撃墜されてもリスポーンさせて貰えるのに、これは一度でアウト。ミッションが終わるまで見守るしかない。それぐらい、Knightへの乗り換えは大変なのだという運営からの意思表示であるのなら、それはそれで構わないが、古参は古参で既にKnightを入手しているわけで、新人はこの難しいミッションをこなさなきゃ、古参の足元にも及ばない。
まるで、選別しているみたいだ。困難なミッションを乗り越える、VRゲームというものに慣れ、そして機体の操縦も人並み外れているような、ゲーム上では優秀なプレイヤーを。
『運営がそうアップデートをした以上、私たちはそれを乗り越えなきゃならないだけよ。失敗したらクソ運営って叫ぶだけだし』
喜怒哀楽がハッキリしているのは良いことだけど、失敗したなら全力で手で口を塞ぎに行こう。あとでなにかしら言われるかも知れないけど、周囲からの痛い視線からは逃れられるはずだ。
『歪みより高エネルギー体を検知。『天骸』ゼフォン、現れます。臨戦態勢に移行して下さい』
アナウンスと共にモニターが再び外の景色を映し出し、同時に先ほどまでは絶対に届かなかった歪みから僅かに出ていた天骸の手が、空間を引き裂くようにして自らの機体をこの世界へと晒す。同時に、演出ではあるものの辺り一面の草原が歪みから噴出した炎によって燃え、辺り一面は焦土と化す。ゼフォンが放出する高熱が波のように機体へと押し寄せ、各種計器類が悲鳴を上げる。ゼフォンが――ラムエルほどではないが拳だけで機体一つ分はありそうなその中規模の機体は揺らめく炎を装甲のようにして纏い、ボロボロに燃えた黒い機械の翼は僅かに堕天使のようであり、しかし頭部に見えるその形は、さながら占い師が扱うような『悪魔』のタロットによく似ている。
機械天使の骸は雄叫びを上げ、重力が震え、僕たちの機体が勝手に浮き上がる。スラスターとバーニアが空中戦仕様に切り替わり、浮き上がった機体のバランスを取ると共に、焦土と化したマップから生じる熱という熱が陽炎すらも垣間見せる。それどころか、ゼフォンが纏う炎が中空を火の玉のように漂っている。
『ゼフォンが起動しました。胸部にあるコアを狙い、天骸を破壊して下さい』
第二セクションのカウントダウンが始まる。
『やっぱり大きいね』
ルーティの素直な感想に同意する。
「攻略サイトの主観動画で見た時より、大きく感じます」
『人の見た光景より、自分で見る光景の方が圧巻されるっていうけど、うん、ちょっと……ドキドキする』
シャロンも先ほどと違って落ち着かないらしい。
『なんだろうと、いつも通りにやったら大したことないわよ。炎熱耐性のために機体の綺麗さまで削らざるを得なかったんだから、こんなのさっさと終わらせて、元の綺麗な機体に戻すんだから』
ティアはいつも通りに戻っている。エッダでなければ、大丈夫らしい。ゼフォンも割と醜悪な姿をしているが、どの辺りで線引きされているんだろうか。
「エッダは無限湧きだって言ったはずですよ? このセクションではエッダをある程度、相手にしつつゼフォンのコアを叩くんです」
『だからコアを叩くのは私がするからエッダは誰かがぶちのめしといて』
なるほど、狙う対象をエッダから逸らしてしまえばという考えか。それは半分冗談なんだろうけど半分マジが入っている分、無責任なんだよなぁ。
『なんにしたって、やらなきゃやられるってやつだ。このセクションを終わらせれば耐久力の回復もあるんだろ? その回復量もさっきよりも多いなら、ちょっとの無茶は通るってな』
「回復量は最大耐久力の50%です。50%以下だと、全回復しません。それを念頭に入れておいて下さい」
『近距離でコアを狙うとなると、ダメージを負うのは仕方が無いことだと思います。俺はまさに近距離型ですし……場合によってはエッダの掃討に移りますが』
クーシーは完全な打撃格闘術を主体としている。拳も足の武装もそれに合わせた打撃武装だ。だが、ゼフォンにそのまま突貫すれば間違いなく返り討ちに遭う。
「リグリスさんはエッダの相手をお願いします。情報で行動パターンや攻撃の種類は頭に入れていますが、実際に見てみないと隙を見つけるまで時間が掛かると思います。隙を見つけ、リグリスさんでも少しのダメージで押さえつつコアを叩けるようならこっちから通信します」
『分かった……いえ、分かりました』
なんにせよ、エッダの排除に人員は割かなければならない。その中で、ゼフォンからの突然の攻撃からもエネルギー体云々で超反応で避けてくれそうなリグリスに頼む。ここまでは良いはず。
「あとは……とにかく、ぶつかってから考えましょうか」




