鼓動を抱きつつミッションへ
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「なんで夏休み明けに実力テストってあるんだろうね」
夏休みが明けて、始業式があって、それから夏休みの課題を提出する期間。そしてその一週間後に訪れるのが実力テストである。時期は高校によって異なるし、実施しないところもあるらしいけど、僕とルーティのところはあるようだ。
そんなテストが控えている二日前の土曜日を決行日にしたのもどうかとは思うけど、みんなのスケジュールに一番余裕があるのがここしかなかった。現実を優先すべきところではあるが、息抜きだって必要だ。特殊ミッションだけをプレイするだけなら集合する時間や他愛無い会話も含めて、一時間を過ぎるか過ぎないかくらい。二時間も恐らくは掛からない。だから、さほど学力に影響は無いはず。ちゃんと毎日、勉強していればの話になるけど。
むしろ僕みたいなゲームオタクだと、ボス戦を突破出来そうで出来ていないゲームを放置していると逆に気になって勉強に集中できないまである。ストーリー以上に、ボス戦で負けているという事実が気に喰わないのだ。それであれやこれやと頭の中で対策を練ってしまうので、勉強を放棄しかねない。だから毎日、勉強を三十分でも良いから一日の予定に組み込んでいる。そうすれば、取り敢えず授業には置いて行かれないし、夏休みも予習と復習を欠かしていなければ実力テストだってさほど心配せずに臨める。不安はぬぐえないけどさ。
実際、テスト間際なのにこうやってゲームをやっている点に、フッとした瞬間だけ不安になるし。だったらゲームをするなって話なんだけど、ここまで予定を詰めてしまったらもう引き返せないだろう。これで散々な結果になったなら、ログイン率を減らす方向にシフトしよう。でないとまた家族会議だ。もう成績が落ちて家族会議なんて御免だ。なにより、成績が落ちたのがゲームのせいみたいなことを言われるのも嫌だ。それくらい僕はゲーム好きだから。
「中学でも実力テストはあっただろ」
僕はルーティの呟きに対して、そう答える。
「まさか勉強していないとか言わないよね?」
そう言えば、ルーティは勉強に関してやや不安なところがあるんだったと思い出し、そう訊ねる。
「ま、まぁね。なんとかなると思うよ、うん」
「ウチのところは50位以内は貼り出されて、追試も名前付きで貼り出されるけど」
この方針も徐々に抗議が多くなり、高校の多くでは採用されなくなっているらしい。なんでも順位が晒されることで、子供が傷付くとかなんとか。あと追試の子がイジメの対象になったら大変だとか。そう考えると、ウチの高校はやや厳しめのところってことなんだろうか。
「珍しいね。私のところは答案用紙を全て返却したその日に封筒で家に届く形式なのに……まぁ、その形式のせいで、お父さんとお母さんに成績がバレちゃうんだけど」
「バレて困るような成績を取る方が悪い」
「それは勉強の出来る人の考え方だから。あと敬語を忘れないように」
「分かって――います。もう少しで集合時間ですからね」
口調を正しつつ、ログイン広場でコンソールを呼び出し、ブラウザを開いて特殊ミッションの内容を、これで何度目かはもう分からないがまた確認する。
「今回はぶっつけ本番みたいにはしないんだ?」
「チームで挑むなら、もうそんなことはしません。なるべく、拾える情報は拾って、手元に置いておきたいですから」
未知のミッションに挑むドキドキは確かに無くなってしまうけれど、誰もがそれを求めて初見でミッションを進めたいわけじゃない。だから先駆者が残した攻略情報はなによりも感謝すべき代物だと思っている。そこからRTAや効率的な武装のピックアップ、チームバランス、周回プレイ時の注意点などが生まれる。そして僕たちはそれを参考にして、戦いに臨むというわけだ。チームバランスや武装については、無視する形にはなるけどセクションごとの対策はキッチリと取って行ける。
「妹の実力テスト前を決行日にするなんて馬鹿なんじゃねぇのか? これで妹の成績が下がったら、テメェんところに怒鳴り込むからな」
バイオがシャロンと一緒にログインして来て、真っ先に僕に向かって怒りをぶつけて来る。
「シャロンがそれほど勉強しない子だとは思えないんですが」
「ちゃんと押さえるところは押さえてあるし、分からないところはティアに訊いて解決しているから、大丈夫」
「あー、良いなぁ。私も教えてもらおうかなぁ」
ティアはそんなこともしていたのか。僕も分からないところがあったなら、これは多分、女の子同士での教え合いっこだから加えてはくれないだろうな。
「ルーティには確かに必要かも知れませんね」
「スズのクセに」
「なんで私に苛立ちをぶつけるのか分からないんですけど」
僕は気遣って言ったのに、思わぬ火の粉である。
「少し遅れてしまって御免なさい」
僕がルーティに意味も無く、言葉で噛み付かれているタイミングでティアがやって来る。
「どうかしたのかしら?」
「ルーティに勉強を教えてやって欲しいんですけど」
「なんでスズが言うの」
「勉強? ええ、別に構わないわ。私の分かる範囲だけしか、教えられないけれど」
「本当ですか。ありがとうございます!」
その範囲がとても広そうで羨ましい。あと、ティアに割とタメ口になって来ていたはずのルーティが敬語に戻っている点については、一時的な物だろうから指摘しなくて良いだろう。
「遅くなった」
最後にリグリスがやって来て、ボソリと呟く。
「いえ、私たちもさっきログインしたところなので気にしないで下さい。それでは、行きましょう」
全員が集まったので、出撃ゲート前でミッションを受注する。参加人数は自分を含めて六人に指定し、その後、参加タグをみんなが手にする。
「チームプレイは完全にハマってはいませんけど、足りないところを補うように動くようにしましょう。その場その場での判断は各自に任せることにします。私、指示を出すのはあまり得意ではないので」
「確かにスズは人に指示を出せるような、目立ちたがり屋ではないけど……私たちは、土壇場でのあなたの判断には従うから」
シャロンが静かに言い、僕は首を傾げる。
「だって、それでもし一回や二回失敗しても私は納得できる。勿論、一回で終わらせるのがベスト、かな」
僕の“直感”に賭けてくれている。土壇場ではなによりも、考えるより先に働く第六感が物を言う。
そういうことにしておいた方が、僕はシャロンの言葉に含みがあるのか無いのかで悩まずに済みそうだ。
「まぁ、これだけ念入りに立ち回りや攻略情報を頭に入れて来たから、チームが崩壊するような大きなミスは無いと思いますが、想定外のこと――まぁ無いに決まっていますけど、そういうことがあった場合は私が頑張って指示を飛ばしますので、よろしくお願いします」
一応とばかりに軽く会釈をする。そして僕は出撃ゲート前に立ち、コンソールからミッションの開始を選択した。
機体内部のコクピットへと転送されて、各自の準備時間に入る。周りに誰も居ない、静かで、そして気を張る必要の無い自分だけの空間に酔い痴れつつ、首を軽く回し、背伸びをし、そして肩を回して、上半身の柔軟をこなしたのち操縦桿を握る。コクピットのシートの位置、ペダルと足の位置。それらを微調整しつつ、コンソール画面で現在の武装を確認する。
『スズってさー、なんで自分がリーダーっぽいことをやってるんだろって思ってるでしょ?』
「はは、さすがルーティ。お見通しだね」
『でもさ、私たちはスズを主軸に集まっているんだよ? リーダーじゃなくても、私たちを纏めているのはスズだから』
「ティアじゃないんだ?」
『そりゃティアだって私たちを纏めるのに必要な人だよ? それでも、スズが居なきゃティアだってここまで楽しそうにゲームを遊ばない』
「……ルーティは? 楽しくない?」
『私? 私は楽しいに決まっているよ。だってスズと一緒だから。スズと一緒なら、なにをやっても楽しい。このゲームも、最初はこんな難しい操縦や世界観のなにが面白いんだろうって思っていたけど、最初から否定的じゃ駄目だって思って、そこからは知っている通り、スズへの質問攻撃。始めた直後はずっと『なんで』って言っていたけど、今じゃ色んなことを学んで、すっごく面白い』
「女の子には難しいと思ったんだけどな、ロボットの魅力を伝えるのって」
アニメじゃベクトルが違う人も居るから。僕はロボットの動きや形状、カッコ良さに目を奪われるけど、女の子はパイロットや人間関係、そして美形なキャラクターにハマったりするし、だからその違うベクトルを平行線ではなく、上手く交差させて両方揃って面白いんだということを伝えるのはとても難しい。でも、これはアニメ化されていないゲームで、ルーティにとっては初めてロボットというものに触れた作品でもあって、むしろパイロットが自分自身であることでキャラへの執着も生まれず、むしろ二つのベクトルの違いが生じさせる軋轢に巻き込まれなくて良かったのかも知れない。これで、僕が知らない内にロボットアニメにハマっていて、ロボットよりむしろキャラクターに没頭しているというのなら、また話は違って来るけど、僕はそういう変化を見逃さないから、無い。そう断言できる。
「あーあ、寄り掛からないように生きるのは、辛いなぁ」
それでも、僕の人生だ。たまには頼りにはするけれど、やはり自分の人生を歩いているのは自分なのだ。その人生の中に、歯車のようにみんなを含めては行けない。含めるのなら、歯車ではなく、“人”として、だ。
「あぁ、それはそれですっごい中二病だな。でも、やる気は出て来た。やっぱり、妄想って大事だな。悪い妄想じゃなくて、良い妄想は心が躍るし、たまらなく心地良い」
調整を終えて、『完了』をタップする。
「君の名前――新しい君の機体名を思い付いたから、Knightに乗れるようになったら、その名前を付けてあげるよ。ねぇオルナ? ゲームの中でくらい妄想に浸れるくらい、思い通りに動かせたら、最高だから、僕にその感動を、その衝動を、その感覚を、骨の髄まで、脳汁が溢れ出るほどに、痺れさせて欲しいんだ」




