雨の中で
リグリスに協力プレイを意識してもらってミッションに臨んでもらったところ、少しばかり改善があった。まぁ、僕だけじゃなくてバイオがどうにかこうにか合わせられるって部分だけだけど。でも、今後の見通しは立った。繰り返せばティアとも意思疎通が図れるようになるだろう。そうすれば前衛的なチームであってもなんとかなる、と思う。
ただホント、生存本能に忠実というか、敵と見なしたらすぐに攻撃に掛かりに行くし、こっちが敵を把握できていないのに動き出すし、刹那的な場面では一番有効な行動を取るし、操縦技術は一級品というかスペックが高いというか。これで現実でもイケメンだったら、僕は違う意味で闇堕ちするかも知れない。こう、男として嫉妬する。男としての基本的な部分は色んな意味で負けているのに、嫉妬ってのはなんでいつもこう胸の中から湧いて出て来るんだろう。僕が常々に「リア充滅びろ」と思っているからか? ひょっとしたらあり得るかも知れない。
ともかく、見通しが立ったということで今日の『Armor Knight』のプレイはお開きとなり、各自、ログアウトを済ませた。僕もログアウトして、『NeST』から伸びるケーブルの先端にある針をうなじから引き抜き、少しばかり残る体の気怠さから脱するために、椅子に座ったまま腕や足を曲げ伸ばしし、背伸びなどもして体が正常に動くという点も確認したのち、立ち上がり、机の上のスマホを手に取る。
冬美姉さんから返って来ていたメールを読み、溜め息混じりに文章を打って、送信する。大樹さん関連のメールのやり取りには若干、辟易しているのだが進展はあったらしい。主に大樹さん側から冬美姉さんに会う予定を持ち掛けて来たらしく――なのでその日が来るまで毎日のように冬美姉さんは『大樹君のメールにはどういう意図があるの?』的なことを訊いて来るのである。それ以外にも『童貞を殺す服ってなに?』とか『大樹君ってどんな髪型が好きなの?』とか。童貞を殺す服はともかくとして、それもう本人に訊けよというメールが幾つもあるのが厄介の極みである。なんで僕が大樹さんの好みの髪型や服装、色合いを知っているんだよ。いや、親しかったら訊いて知ったりすることもできるけどさ、なんか訊き辛いし、あの人。
「今日の晩御飯はどうしよっかな。いつも通り炒飯か、カレーか、あとは……レパートリー少ないな、僕」
納豆パスタでも良いけど、大樹さんのところで食べた納豆パスタと同等の物が作れる気がしないので、あんまり食べたいと思わない。しかしながら、冷蔵庫の中身を確認してみると、なんにせよまずスーパーで食材を買うところから始めなければならないらしい。
時刻は午後七時半を回っている。生鮮食品は早い時間帯でなければ、形の悪い物が売れ残っていたりするのだが、閉店時間ギリギリまで粘って値下げを待つ根性より空腹に負けそうなので、それも致し方無しだろう。それに七時半ぐらいならまだ大丈夫だろ。最悪、買うのは明日にでも回してレトルト食品やコンビニでインスタント食品で済ませてしまえば良い。
「外は……雨、か」
鍵と財布、それにスマホをポケットに入れて、部屋から出たところでアパートの屋根や庇を打つ雨音に気付き、上がり框に置いていた傘を手に取る。部屋に鍵を掛け、階段を下りたところで傘を差し、近場のスーパーへと足を向ける。
雨の日は、父さんの話を聞いてからちょっとだけゾワゾワするようになった。特に強い雨が降っている時なんかは、そのゾワゾワが強くていつもより神経が過敏になったのではないかと思うくらい皮膚がピリピリしていて、速く帰りたい、速く帰って落ち着きたい。そんな風に思う。今日の雨足はそれほど強くないので、それに僕もその頃に比べればちょっとだけ成長したので、さほど気にも留めはしないけれど。
「あ」
「……なによ? その会いたくない人に会ってしまったみたいな顔は」
スーパーに着いたところで、丁度、中から買い物袋を提げた倉敷さんが出て来た。
「ここのスーパーって、マンションの人たち御用達なの?」
高級マンションとは敢えて言わずにおいた。倉敷さん、そういうことで怒るから。そういう、ちょっとした言葉で怒るから。だからヤなんだよな。容姿以外にもそういうところで緊張する。
「ママ――じゃなかった、お母さんに牛乳と卵を買って来てって言われたから」
「別にママって呼んでも良いのに」
「初めてそう言った時にちょっと馬鹿にしたのはどこのどなただったかしら?」
それは初めて倉敷さんの部屋に上がらせてもらった時のことだ。あの時は僕以上に倉敷さんが動揺していたので、普段から色々とイジられているからちょっとやり返しただけじゃないか。
「倉敷さんがそう呼ぶことが意外だったからってだけで、馬鹿にしたわけじゃないから」
と、言い訳だけしておく。それに僕も、ママやパパと親を呼ぶ人を嫌悪しているとか、貶して生きているわけじゃないし。
「立花君は嘘つきだから、その言葉も怪しい」
「僕の言うこと言うこと全部、嘘ばっかりって思わないでよ」
「でも桜井さんには嘘を八百回以上ついたんでしょ?」
「理沙は信じやすいから」
「私が言いたいのはそこじゃない。まったく……嘘を八百回ついてもまだ幼馴染みをしてくれている桜井さんに感謝しなさいよ」
それは、本当にそう思っています、はい。
「御遣いを頼まれたのは雨の日……だから?」
「はぁ……そうやって話を逸らす。でも、そうね。雨だから、マ……マが外に出たくないからって今になって足りない牛乳と卵を買って来てって」
「もう食事は終えているものだと思ったけど」
「私はゲームをやっていたけど、ママはもう済ませているわよ。足りなかったのは明日の分の牛乳と卵」
ああ、そういうこと。
「今日は長くゲームをやり過ぎたわ。ママには夕食を一人で先に食べさせてしまったから」
「そ……っか。御免」
「立花君が謝ることじゃなくない? それに、買い物はしなくて良いの? 私はもう行くから」
「あ……えっと、ちょっと待って」
倉敷さんが傘を差し、帰ろうとしたところを僕は声を掛けて止める。
「どうかした?」
「一人だと、ちょっと心細いから……その、買い物、手伝ってくれない? 一人分の料理作るだけだから、そんなに時間掛からないし。明日の分は夕食の残りでどうにかできるし、明日の夕方にスーパーにまた寄れば良いから」
「立花君の口から心細いって言葉が出ることに私は違和感を覚えるわ」
そう言うと思ったよ。僕だって、引き止める理由としてはあまりにも僕らしくないことを言ったなと思った。
それでも、なんとかして引き止めようと思った。偶然、会ったのだからそんなちょっと話しただけで別れるのは名残り惜しかった。あと……なんだろう。その、ええと……気を惹きたい、みたいな。いや、好きになってもらおうとかそんな無茶なことじゃなくて、もし他の男と仲良くなっても予定が重なったりした時、自分の方を優先してくれるように……アピールしておこう、とか。
「倉敷さんと旅行中にした約束は結局、守れなかったし。それについても話をしたい、かな、と」
「あんなの、別に気にしてないのに」
「気にしていないって言う人ほど気にしているっていう法則があるんだけど」
「大丈夫?」と訊ねたら「大丈夫」と返して来るけど、大抵、大丈夫じゃなかったりするし。
「まぁ、ほんのちょっとだけ気にしているかしら。立花君には気にしてくれていないと困るし」
「どういう意味?」
「そのままの意味よ。五分か十分くらいなら付き合えるけど? さすがにそれ以上は心配されるわ。スマホも持たずに来てしまったから」
「ありがとう」
「それで、帰りはマンションまで付き合ってくれるのよね?」
さすがにそこまでは考えていなかったけれど、肯かざるを得ないだろう。夜遅くならともかく、午後七時半に女の子が一人で出歩いていても安全なのが日本だけど、極稀に悲劇に見舞われることもある。だからこそ、女の子としていつも最善、最大の注意を払い、そんな子と知り合いで夜に偶然出会ったのなら、最善、そして最大の気遣いをするべきなのだろう。
気遣う男が僕って時点で、倉敷さんは不安だとは思うけど居ないよりはマシだろ。




