いつものカウンセリング
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「あなたが顔も知らない、ネット上での付き合いでしかない人物を受け入れるとは、随分と変わったように思えますが、自覚はありますか?」
臨床心理士に訊ねられ、僕は首を横に振る。
「ちっとも、ですか」
「いえ……言い切れるほどではないですけど、僅かに変わったかなぁ、ぐらいです。みんなに言ったら、そんなに変わってないって言われるぐらいの、自覚って言いますか」
「けれど皆さんは立花さんが以前とは少し変わったと仰るのでは? “少し変わった”は自分に遣う上ではそのままの意味ですが、相手に遣う場合は“大きく変わっている”場合もあります。が、そのように評価されてもあなたはさほど嬉しくはないはずですので、ともかくその“僅かに変わったかなぁ”を大事にして下さい」
「……はい」
「それと、旅行はどうでしたか? 私はいつ立花さんが泣いて電話を掛けて来るかと思っていたのですが、何事も無く今日、ここにいらっしゃったので少々、驚いているんですよ。立花さんのことだから、絶対に一回ぐらいは電話を掛けて来るだろうなと踏んでいましたから」
この人の僕への評価って、あんまり良くないよな。でも、これが当然だ。むしろ僕の身の回りに居るみんなが過大評価しているのだ。恐らく、大樹さんは素で言っているけれど他のみんなは僕に気を遣っている。グッド・ラックからの評価に関しては現実で面識を持っていないので、嘘か真実かという二択にすら加わらない。あーでも、ネムネムとリグリスには散々な評価を受けていたな。あれはちゃんと受け止めなきゃならない。けれど、それは現実に引きずるほどの価値を持ってはいない。
大事なのはいつだって現実からの評価。ゲームで得た評価で、周囲の環境が変わるわけじゃ無い。ゲーム内の環境はそりゃ変わるけど、いつかは失われる評価だ。だから僕は、ひょっとしたら僕以外のみんなも、現実で受ける評価をいつも気にしているのかも知れない。
なんにせよ、こうやって公平な立場で僕を評価してくれる第三者が居るのはありがたい。
「電話は掛けたくなりましたけど、掛けたら負けだと思って」
「その法則はよく分かりませんが、衝動に駆られた際はすぐに掛けて下さい。変なことを考えて、けれど誰にも相談できずに手遅れになってしまうということは、無さそうでよくある話です。なので、不肖ながら私はあなたのそういった悩みや辛さを吐き出してもらう側として居るんです。立花さんが現実はクソゲーだとかなんとか抜かして、自殺や自傷行為に走られでもしたら困ったことになります」
「困ったこと?」
「少々、寝付きが悪くなるでしょう」
「え、あ、そのぐらいですか?」
「そのぐらいですよ? これ以上に踏み込んだら、あなたは拒絶しますし、大抵の人は嫌がるのでこれぐらいです」
そういや、普通の臨床心理士じゃなかったんだった。
「人によって辛いことや悩みはそれぞれで絶えないことですが、立花さんには非常に不本意ですが私が居ます」
「不本意って……」
「立花さんの周りには、支えて下さる方が沢山いらっしゃるので私は最後の手段程度にして下さると助かりますね。他のカウンセリングを受けている方々の電話相談の中で、立花さんだけを特別扱いはできませんから」
それは、その通りだ。この人は僕だけの臨床心理士ではない。
「恵まれている、ように昔は思っていたんですけど、今はあんまり……贅沢な悩みでしょうか」
「悩みは人それぞれです。そして昔と今は異なります。昔はさほど思わなかったことが、今は思いのほか頭の中をチラついて仕方が無い。そんなことはよくあることで、深く思い詰めないようにして下さい。それで、二泊三日の旅行中に起こったことは他になにかありましたか?」
「他に、と言うと」
新幹線の座席決めについての話はしたし、理沙たちがナンパされそうだったのを僕がらしくもなく時間を稼いで、大樹さんと啓二さんに追っ払ってもらったことと、あとは女の子二人と同室になって、眠りに落ちたことも話した。
「信頼できる人と、二人切りで海で泳ぐって約束をしていたんですけど、結局、ポシャってしまって……あと、長々と考え続けていた独占欲が強いことについては、もうさすがにそればかりを考え続けるのも疲れたので吐き出しました。あと二日目には、バイトの件について妹の友達と話をして『夏休み明けに時間を作ってくれる』らしいので、なんとかバイト復帰できるように頑張ろうと思っていて、ついでにゲームで近距離の立ち回りについて教えてくれって言われたので、時間が合えば教えると約束して……あと」
「全て話さなくて結構ですよ。中には、あまり話したくない内容があったりするでしょうから。それにしても、バイトに戻れる見込みはあるんですね。それは良かったと思います。あと独占欲についてですが、立花さんって女の子とさほど接点が無い人生を歩んで来ましたよね?」
「……言い方に悪意があるような気がするんですが」
「いえいえ、そんなつもりは全く。とにかく、自分が思っている以上に女の子と触れ合う機会はあったけれど、自分はそれを自覚しないままだったわけです。なので、女の子への免疫が高くない。そんな人が突然、知り合いに女の子が増えれば、誰だってそうなります。誰だって『あの子は自分だけに笑顔を見せてくれているわけじゃない』と否定気味になりますし、『あの子が他の男と仲良くしているのはなんか腹が立つ』と思うのもまた、女性と接点が少なかった方々が同様に抱くものです。今回、それを吐露したわけですが、そうマイナス面として捉えなくてもよろしいかと。それを言って、相手が不機嫌になったわけでもないんでしょう?」
「なんか、微妙な顔はされましたけど」
「微妙な顔……微妙な顔、ですか。そうですか」
なにやら含みを持たせた笑みを浮かべつつ、臨床心理士は用紙にペンを走らせている。
「まぁ、悪く受け止められていたら、辛辣な言葉を浴びせられると思いますから、気にする必要は全くありませんね。ただ、気にするとすれば……信頼している人との約束がポシャったってところでしょうか」
「え、それって問題ですか?」
「大問題ですね。なにせ約束したのに、それが果たせなかったってことですから割と想い出の中でも深く印象に残ります。なんとか埋め合わせはした方がよろしいでしょう。約束は約束で埋める。それでも、思い出したかのように『あの時、約束したのに』と言い出して来ますが、これはその方と長く関わることになるのでしたら、延々と言われ続けることなので覚悟しておいて下さい」
「そんな執念深い話でもないはずなんですが」
「あなたにとって小さなことでも、その方にとっては大きなことだったなら?」
「……あー」
「あなたがブツブツと昔にあったことを言い続けるようなものですよ。同じ人間です。思考や感情、心や行動、性格に才能、運動能力に知力。差異は沢山ありますが、根っこのところは一緒な部分はあるものです。なので、しっかりとしたアフターケアが必要ですね。二人切りでデートは…………あなたの場合、無理でしょうから他の案を考えて行きましょう。そう急ぐことではありません。もし催促されるようでしたら、ご連絡を」
「なんで僕の場合、デートが無理だって決め付けたんですか」
「だって恋愛の思考は“お子様”で、欲は“お爺さん”のあなたに、そして心の機微に疎いとなれば、女性とデートは無理ゲーでしょう」
「ギャルゲーはプレイしたんですけどね」
「どうでした? ギャルゲーの主人公って物凄く気遣いの出来る天才だと思いませんでしたか?」
「まぁ、思いました」
「私だってギャルゲーに触れる機会はありましたが、あの中に居る主人公は天性の女性に対する気遣いの天才ですよ。なんでその歳になるまで攻略キャラ以外の女の子と出会えていないんだって思いますね。ただ、総じて幼馴染みからのアプローチには鈍感である点については永遠の謎になりそうです。立花さんですら分かっているのに」
「僕ですら、って言い方はやめてくれません?」
理沙と僕の関係は、友達以上恋人未満。どちらかが告白すれば恐らく受け入れるけれど――少なくとも僕は肯くけれど、それは断ってしまって幼馴染みとして居られなくなるのが怖いから。そんな感情で、付き合いたくはない。だから僕は告白しないし、理沙も同じように告白して来ない……と踏んでいるけれど、最近の理沙は妙にアクティブなので、これからはその気持ちも汲み取って行かなければならないのかも知れない。
「信頼できる人と約束を破ったから約束で埋め合わせをして……そうなると、幼馴染みや友人にもなにかしらの埋め合わせが必要なんじゃ」
「立花さんは、みんなに良い顔をしたいですか?」
「え、っと?」
「皆さんと均等に仲良くして、そうして、なにを目指すんですか? 一夫多妻制の国でもありませんし、現実的に考えて複数の女性に良い顔をし続けるのは“悪”と取られます。だから、ちゃんと考えて下さい。あなたは、誰の一番になりたいのか。誰を一番に想いたいのか。今後はこれにも焦点を当てて、ゆっくりと答えを導き出して行きましょう。そう不安げな顔をしないで下さい。大丈夫です。あなたは今、青春しているだけなんですから」
僕はその言葉に、なんとなく反抗して異議を唱えたいところであったのだが、スッと胸の中に入って来てしまったために、そんな抵抗すら無意味に思えるくらいに納得してしまった。非常に、不本意だけど。だって言った本人が「私、今、良いこと言いましたね」と浮かれているのだから。




