表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Armor Knight  作者: 夢暮 求
第一章 -Encounter-
22/645

僕の事情、彼女の事情

「私のこと、男の人だと思った?」

 不意の質問をぶつけて来たテオドラさんの顔は自信に満ちており、答えなんて聞かなくても分かると言いたげなものだった。要するに、彼女は僕が完全に騙されていたに違いないと思っているのだ。

「今日、ここで男の人と会うって思ったでしょう?」

 どう返事したものかと悩んでいると思ったらしく、彼女は質問内容を少しだけ変えた。


「どちらかと言えば、女性と会う可能性の方が高いんじゃないかと思っていました」


 そう返事をした途端に、テオドラさんは勝ち気だったその表情を曇らせる。

「僕も僕で、女の子を演じていたわけですけど、それでもさすがに男として、幾つかは上手く説明できないんですけど、おかしいと思う面はありましたので」

「あっそう」

 露骨に態度が悪くなった。思い通りに行かなかったことがそんなにも気に喰わないのだろうか。にしたって、感情をそのまま顔に出すのは良くない。僕も「涼は顔に出やすいから気を付けて」と理沙に釘を刺されるが、さすがにテオドラさんほどじゃないと思う。


「じゃ、私も言わせてもらうけれど、女性は男の人に対してあんな言い方をしないわ」

 こうも強く、そして威圧的に言われてしまっては、返す言葉に配慮する必要がありそうだ。下手に挑発すると、この人の機嫌がどんどんと悪くなってしまいそうだし。

「男は女の子から、あの場でフレンド申請が飛んで来ても、プライドが邪魔して、受諾なんてしないと思います」

「『うわー怖いですー』なんて、ぶりっ子過ぎでしょう。今時、居ないしキモいわ」


 違和感を覚えた点を柔からめに言ったのだけど、更なる指摘が飛んでくる。それも、先ほどより明らかに攻撃的だった。テオドラさんは僕の心を折るつもりだろうか。女性に「キモい」とか言われたら、就寝前に思い出して一生、苦しむ。


「敬語と一人称を『僕』にしていましたけど、それでも男性的とは感じずに、どちらかと言えば中性的……それもかなり、女性なんじゃないかという感覚を強く覚えました」

 キッと顔を引き締めて、僕を真っ直ぐに見つめてくる。その瞳にはどうでも良いほどの闘志が垣間見えた。「言い負かす、絶対に」。口にしなくても、顔にそう出ている。僕は口喧嘩なんてしているとは思っていないのに、テオドラさんの中ではそうではないらしい。


「その、プライド、でしたっけ? それを二の次にしてでも、勝負に臨まなきゃならない場合もあるでしょう。私としては大人の男性アピールのつもりだったのだけれど」

「『うわー怖いですー』はネタですよ。本気で言っているわけじゃありませんから」

 ムーッという効果音がこれほどピッタリな人も珍しい。頬は膨らませずとも、心の中では僕に向かって唸っているのが手に取るように分かる。感情をハッキリと露わにしてしまう損な性分には共感できるけれど、問題はその性分を自覚しているかしていないかの差にある。多分、気付いてないよな、この人。


「『チョコチップ&フルーツたっぷり乗せバニラパフェ』と『アイスコーヒー』のお客様、お待たせしました」

 店員がテオドラさんの前に、なんとも表現しがたいパフェを置く。これはフルーツがメインなのかチョコチップがメインなのか、それともバニラがメインなのか。三者三様に自身をアピールするそのパフェを見て、彼女が目を輝かせる。呆れて溜め息をつく僕の前にはアイスコーヒーが置かれ、店員は小さく会釈をしたのち、店の奥に消えた。

「それ、食べ切れるんですか?」

「食べ切れなかったら注文するわけないから」

 甘い物は別腹の法則はリアルで見ても理解できない。このパフェが、この人の胃に全て収まるようには到底、思えない。


「スズさんは、いつからネカマをやっているのかしら?」

 パフェが来て気を良くしたのか、無邪気に訊ねられた。しかし、周囲に聞かれたら困るような質問をよくもこうスラスラとぶつけてくるものだ。

「僕だって、したくてネカマをしているわけじゃありませんよ。それに、テオドラさんだってネカマですからね」

「私は一先ず、措いておくとして、どうしてネカマなんてしてるの?」

 スプーンでフルーツを掬い取って口に運びつつ、更に問い質して来る。

「ネカマプレイを始めたのは二ヶ月くらい前からです。幼馴染みがあのゲームをやりたいって言い出したので」

「幼馴染みなんて本当に居るの? 脳内設定じゃない?」

「脳内設定だったらどうします?」

「近寄らないで、キモいわ」


 …………僕は容姿に油断してしまったらしい。


 この容姿に騙されてはならない。目の前に居るテオドラさんは生粋の廃人プレイヤーだ。ネット用語に俗語も知っているだろう。そうでなきゃ、脳内設定なんて用語が飛び出すものか。

 二次元に対して、一応の理解はしているが同時に、のめり込みすぎている人に対して一種の軽蔑も抱いている、といったところだろうか。それにしたって「キモい」発言は僕の精神がゴッソリと削られて行くので、もうこれ以上は遣わないで欲しい。切実にそう願う。

「脳内設定じゃないので安心してください。なんなら、今すぐにでも電話して確認を取ってもらいましょうか」

 僕の提案に対して、テオドラさんは首を横に振って答えた。どうやら飽きるほどメールでやり取りをしていたわけだから、彼女もそこから分析して僕のことを話半分程度には信じられる相手だと思ってくれているのだろう。


「テオドラさんはいつからネカマプレイをしていたんですか?」

「スズさんよりもずっと前よ。ファーストキャラは女性だったのだけど、ナンパやストーカー、あと変なメールも毎日届いて嫌になったのよ。でも、あのゲームは好きだったし、試しに男性キャラを作って遊んでみたの。そうしたら、そんなトラブルは全然無いじゃない? 今はファーストキャラよりもセカンドキャラであるテオドラの方が、ランクがずっとずっと上になってしまったわ。どうして女性だとあれほど気持ちの悪い連中が寄って来るのか分からないけれど」

「あれは本人たちは出会いを得るために必死になっているんですけど、空回りするパターンがほとんどって言うか……いまいち、悪質と理解していないんじゃないかと」

 男として、できる限りのフォローはするけど、ネットでフレンド登録以上を求めるのは僕もどうかとは思っている。


 ジロッとテオドラさんは僕を睨む。まさかとは思うけど、僕もその手の人と同列に見ていたりとか?


「……ま、スズさんは百歩譲ることにしましょうか」

 百歩しか譲ってもらえないのか。

「けれど、あの手の輩のエッチなメールについてはどう反論するつもり?」

「……ああ」

 高校生にもなれば、その手の単語に対する抵抗感なんて微々たるものになる。理沙だってその話題を口にするようになった。そう、なんにもおかしなことではない。


 けど、なんだろ。僕の高望みしすぎな女性像が頭の中で亀裂を走らせて瓦解してしまった。ほら、あるじゃん。女の子にはそういった卑猥な言葉はできる限り恥ずかしそうに言ってもらいたいみたいな幻想が。


 それが、うん……なんか、ショックだなーってだけでね、うん。


「その手のものは有無を言わさず悪質だと思うので、GMに報告して良いと思います」

 テンションは下がってしまったものの、できる限りの返答を行う。

 紳士な男も居れば、死んでしまえば良いのにと思う男だって居る。男の僕が女性キャラを使っていると、やっぱりその手のメールは来るもので、同性であっても吐き気を催すような内容のものが多い。テオドラさんは男じゃなく女の子だから感じるのは気持ち悪さだけでなく、恐怖も含まれているんだろう。

「男性か女性かってだけで、特に男性は初心者への扱いが違いすぎるわ。あんなの納得できない。男性キャラを作ったときは大体の操作にも慣れていたし、なんとかやって行けたけれど」

 文句を言いつつも、テオドラさんは美味しそうにパフェを頬張る。奢りってだけで気分を上向きにできるんだろうけど、切り替えの早さに唖然としてしまう。


「男は仮想世界にも出会いを求めてしまいますから」

「スズさんも、女の子と出会いたくて優しくしたりとかするのかしら?」

「僕は人見知りが激しいインドア派なんで、絶対に無理ですね。それに、僕は“説明口調過ぎて愛想がありませんから”、幼馴染み以外にはそういう教え方が受け付けないみたいです。一を教えたら十まで教えたくなるんですよ。だから、男女問わず初心者には口出ししないことにしています」


 ここまで話せているのは、僕がなんだかんだで悪いだろうと自責の念を抱いているからだ。これで無愛想で無口な態度を取ってしまったら、有名人のテオドラさんが僕のキャラを噂話で潰すくらいは容易だし。


 でも、理沙と話す分には、ストレスも緊張もなにも無いのに、この人を相手にすると、緊張感からか喉は渇くし、ついでに胃の奥だってキリキリと痛む。


 これで僕に少しの負い目も無いのなら、話すことさえ放棄している。そういうことをこの人は一切、悟ろうとはしてくれない。いや、悟ってもらおうっていう方がおこがましいのか。そんな風に空気を読んでくれるのは昔からの付き合いがある理沙だけだ。

「そうは言うけれど、ゲームをしている女性はリアルでも彼氏が居ると思うのよ」

「テオドラさんも?」

「私? 私は居ないわよ、どうしてそういう話になったの? それとも、居なかったらなにか不都合でも?」

「特にありませんけど」

 彼氏彼女の居るか居ないかの問い掛けに対して、ぶっきらぼうに答えたくなるのは分かるけれど、これだと単なる開き直りにしか聞こえない。大体、ゲームをしている女性は彼氏が居ると言ったのはテオドラさんの方だ。それなのに彼氏が居ないなんて酷く矛盾しているじゃないか。


 スプーンを休めることなく、テオドラさんは尚もパフェを食べ進めている。理沙以外でここまでマジマジと女の子の食事風景を見るのは初めてだ。見た目、急いで食べているようにしか見えないのに、口に運ぶまでの動作はどこか気品がある。


 顔も仕草も申し分ない。そして、性格もメールのやり取りからして良いが、相当に意地が悪い。でなきゃこの人に彼氏が居ない理由が見当たらない。

 だって、そうじゃなきゃ顔も性格も終わってしまっている僕には彼女を作る機会すら与えられないってことになるじゃんか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ