食事
結局、『ダウト』による勝者は現れることなく、夕食の時間になって僕たちは部屋の外で待っていた四人と合流した。実を言うと『ダウト』に熱中し過ぎて、約束の時間を五分くらい遅れてしまい、待たせてしまった。まさか『ダウト』だけで時間を潰せるとは思っていなかったので、微妙な雰囲気や嫌な沈黙が続くといった不安を一気に拭うことができ、僕は安堵の息をつきつつ、四人に遅れた理由として「『ダウト』をやっていた」と正直に話すものの、信じてもらうのにちょっとだけ時間を掛けることになった。
旅館の夕食は啓二さん曰く「最近の居酒屋形式」らしく、セルフオーダー端末で飲み物や料理を選び、個数を決めて『確定』をタップすることで注文が完了するらしい。追加注文したい時も誰かを呼ぶわけではなく、これを使って行うようだ。
「ビールは俺だけ、あとはソフトドリンクだろ? まぁこの辺りはあとで決めれば良いな。焼き鳥は一皿で多めにあるから、唐揚げは二人前、海鮮サラダ四人前サイズで、餃子二人前と鯛の煮付け、ってところか」
「なに勝手に注文決めているんですか。あと四人前サイズって人数分と違うんですけど」
「人数分だと多いんだよ。取り分けて食べるんだから、少ない方が色んな料理を喰える。まっ、各々のメインは追加注文で、ともかくこれだけは注文確定。ビール中ジョッキと、あとソフトドリンクだ。回して行くからテキトーに選べ」
こういう場面では啓二さんが頼もしく見えてしまう。なんか納得が行かないが、受け取ったデンモクでソフトドリンクの項目からお茶を選び、隣に座っている望月に手渡す。
「って、ビックリした」
「なにが?」
「隣に望月が座っていることに驚いたんだよ」
「気付いていなかったの?」
「座るまでちょっと別のこと考えていたから」
対面に啓二さんが居て、その横に大樹さん、そして奈緒と理沙。僕の右側には望月と倉敷さんが座っている。ここは食堂で個室や宴会用の部屋ではないので、通路側や壁側といった概念は比較的薄いせいもあって、座る位置をあんまり気にしていなかった。まぁ、気にしていたとしても僕は座る位置を絶対に右端か左端のどちらかしか選ばなかっただろう。でも、これも本能か。無意識の内に隅っこを選べるなんて、大和撫子に近付けている……男らしさから遠ざかっているが、しかし、人に挟まれた席で食事をするなんて見知った仲であっても、外ということで緊張して胃が動いてくれないだろう。外食って、家で食べる時と違って緊張して思ったほど食べられない。
「テーブルマナー分からないんだけど、涼の兄貴は分かる?」
「高級レストランじゃないし、ドレスコードも無いんだから、ここでテーブルマナーは気にしなくて良い。いつも通り、食べながら喋らない、ガチャガチャ食器を鳴らし過ぎない、騒がしくしない。この三つで大体どうにかなる。僕だってテーブルマナーなんて知らないし」
「へー、いざって時にテーブルマナーを知らなくて気遣いが出来なかったら、百年の恋も冷めそうだねー」
「テーブルマナーを学ぶ時には学ぶ。今は学んだって使う機会なんてほぼ無いんだから、学ばない。それよりも高校の勉強の方が大事だ。あと、奈緒の中学の勉強も」
「うへー、料理を食べるところで勉強の話はやめろー」
じゃぁテーブルマナーの話もやめろ。どっちも学ぶって意味で同じだろ。
奈緒と戯れるように言い合っている内に注文した料理が運ばれ、啓二さんが小皿に取り分けていた。鍋奉行ってよく居るらしいけど、こういう場合は何奉行って呼ぶんだろ。でも、その何奉行か分からない仕切りによって上手い具合に料理は小皿で配膳されて来るので、文句の一つも言うことができない。むしろ感謝しなければならない状況である。非常に不満だ。しかし、断腸の思いで心の中で「ありがとうございます」と言っておく。
「立花君は左利きなんだっけ?」
僕が左で持っている箸で小皿に取り分けられた料理を口に運んでいると、望月に不思議そうに訊ねられた。ただ、すぐには答えられないので口の中の物を全て飲み込んで、一息ついてから応答する。
「え、あ、うん。あーいや、違う。分け利き……道具によって右手と左手を使い分けているから、両利きとは呼ばないらしい」
「ああ、だからなのか。ほら、左利きなのは知っていたけれど、たまに右利きなのかなと思うような時が何度かあって」
それは荷物の運び方だったりとか、その他諸々の意識していないところで出て来る右手での動きだ。
「そんなに不思議に感じる?」
「なんか、変な感じだった。なんで左利きなのに右手を使うんだろう、とか。こう、イラッと来る、みたいな?」
どうして僕の所作で望月がイラッと来るんだろうか。そんなことで苛々していたら、脳内の血管がすぐに切れてしまいそうである。晩年はそこのところ注意して生きて欲しい。晩年に僕以上に苛々させるような存在が現れるかはともかくとして。
「やっぱ酒って最高だな。昔はこんなもん飲んでなにが楽しいんだって思ってたが、最近じゃビール一杯のために生きてんなって思える……ん、なんだその視線? 未成年は飲めないからな?」
「いや、普段から荒れている啓二さんが酔っ払って更に荒れてしまったらどうしようって思いまして」
「テメェ、喧嘩売ってんのか?」
「売っているように聞こえたなら、それはもう酔っている証拠です。大樹さんから聞きましたけど、入浴の前に缶ビールも一本飲んでいるそうじゃないですか」
「ビール二杯ぐらいじゃ酔わねぇよ。それに、追加注文もしねぇ。俺は酒の量に関しては弁える方なんだ」
「なんでも仕事のあとに飲みに誘われた時にベロンベロンに酔っ払ってしまって、酒を飲んだあとの記憶がさっぱりと消えていることに怖れを抱いてからはやめたそうだ」
「記憶が無くなるほど飲むってどんだけなんですか」
「しかも目を覚ましたのが……あーやめとくわ。この場でこういう話するのは控えるわ」
なにやら言い掛けた啓二さんが空気を察して、それらを喉の奥へと押し込んだ。
「なにかあったの?」
耳打ち気味に望月に訊ねる。
「さぁ? 私から言えるのは、兄さんは朝に酷い二日酔いで家に帰って来たってことくらい」
これも耳打ち気味に静かに望月から伝えられる。しかも、その言葉の端々には少しばかり啓二さんに対するなにかしらのサイン――多分だけど怒りのようなものが見え隠れしていた。
記憶に無い、二日酔い、朝帰り……あー。
「ゆうべは おたのしみ、っいだい!?」
望月に腕を抓られた。公然の場で殴られるよりはマシだけど、なんで当たり前のように痛みを僕に与えて来るんだよ。
「空気を察して言わなかった兄さんより、やっぱり立花君の方が頭がおかしい」
だから僕は最近になって空気を読めるような、読めていないような感じになったばっかりだから君の兄さんより非常識な面があるのは知っているだろ……とは言え、これは確かに食事の席で話すようなことではない。流れ的に言い掛けてしまったが、幸い、この望月とのやり取りは他のみんなには聞こえていなかった――或いは聞こえないフリをしてくれたので、僕もこれ以上の言葉を無理やり出し切るということはやめることにした。
僕が静かになったことで望月が一安心し、隣の倉敷さんと話し始め、僕は小皿のサラダを食べ終えたあとに焼き餃子をタレに付けて、その熱で舌が火傷しないように慎重に食べる。
「あ、そうだ。大樹さん」
「どうかしたか?」
「あーえーっと、大樹さんに僕の家族から個人的に訊いて欲しいと言われていることがあるので、あとで時間くれますか? スマホで電話する時間をくれるだけでも良いんですけど」
先ほどのことを学び、今度はストレートには言い出さずにボカす感じで言ってみた。大樹さんと冬美姉さんの関係なんて僕はこれっぽっちも興味が無いが、頼まれていることなので放置することもできない。これでなにも訊かずに帰り、冬美姉さんに件の話を切り出すことが出来なかったなんて言った日には、実家に帰れなくなってしまう。まずFPSゲームでボッコボコにされて、そのあと身体的にもボッコボコにされそうだ。大樹さんほど怖くは無いんだけど、冬美姉さんには腕っ節は強いから。昔と比べて、成りを潜めてはいるけれど……いると思いたいけど。
「それは別に構わないが、俺も君の家族に個人的に意見したいことがある」
「なんでしょう?」
「君は、あの姉と一緒に暮らしていて、苦しいと思ったことはないか?」
これ、大樹さんが言う台詞じゃないよ。ノイローゼになってしまうんじゃないかってぐらい心配しちゃっているんだけど、ウチの姉さんは恋の駆け引きとやらが不得意なのか? 僕に恋愛観を語ったクセに、駄目駄目なのか? 大樹さんがちょっと悩んでいるってことは、姉さんが押して押して押しまくっているんだな。引けよ、お淑やかに下がろうよ。たまには大樹さんから押してもらおうよ。いや、もしかして大樹さんが押すという確実性が無いから、その不安から押し続けている可能性もあるのか?
「多分ですけど大樹さんが悪いんじゃないですか?」
「……そうか、俺が悪いのか」
「あ、いえ、あの、ほんと、あんまり気にしないで下さいね? 話す時間を貰えれば、その相談も一応は受けますんで。受けはしますけど、答えは出るかは不明ですけど」
「助かる」
助かられても困るんだよなぁ。
話に花が咲いているような咲いていないような、そんな個人的な話が飛び交いながら、たまに全員で話題を統一しつつ料理をつまみつつ、最初に注文した料理は綺麗に無くなり、啓二さんや大樹さんが自分だけが食べるメインを注文し始める。理沙に限らず奈緒までここで注文を控えているので、恐らくはカロリーやら体重やら気にしているんだろうと思い、無理やりなにか食べさせるような追加注文はせずに、個人的に食べる分だけの梅茶漬けを注文する。
「――で、そろそろ『Armor Knight』の特殊ミッションについて話をしたいんですけど」
食事も一息入れる頃合いになったため、倉敷さんがそう切り出す。敬語なのは多分、年上が二人ほど居るからかな。それ以外でこの人が敬語を遣うことなんて滅多に無いし……あー緊張していたら敬語になるか。どっちだろ、どっちでも良いけど。
そう思いつつ、僕は注文して座卓に運ばれて来た梅茶漬けをサラサラと口へと流し込むように、そして味わいながら会話の行く先を眺めていた。




