『ダウト』
露天風呂は露天風呂だった。覗き防止のために旅館の最上階に位置していて、前方以外の景色を見るのが少し困難であったが、海に近い旅館という場所が場所なので、仕方の無い措置であると思った。オーシャンビューなのは、ちょっと驚いたけれど。まぁ、露天風呂以外にも色んな形式の浴槽があったので、なかなかに楽しめた。健康ランドにハマる人は、こういった家では楽しめない形式の浴槽に入れることが楽しいのかも知れない。
特にトラブルは起きなかった。誰かが女性専用風呂を覗こうとするとか、聞き耳を立てるというようなマナー違反を起こすことも無く、淡々と自分の疲れを癒すためだけに体を洗い、浴槽に浸かり、それらを満喫した。
風呂上がりの時間は違えど暖簾の前のスペースで女性陣と合流し、再び部屋に戻って来た。露天風呂に行く時と帰る時で違ったのは、温泉浴衣を着ていることぐらいだろうか……いや、“ぐらい”で済まされるほどのことじゃないんだよなぁ。倉敷さんはまたポニーテールだし、理沙や望月も少し雰囲気が変わった。奈緒は相変わらず、というか着崩していたのでわざわざ大樹さんと一緒に直した。あいつほんと、他人の目には無関心だよな。
「ダウト」
そして、風呂上がりの倉敷さんと理沙と一緒になにをしているかというと、トランプのゲームである。『ダウト』は1から13まで声を出して中央にカードを捨てて行くが、5の時に5のカードが無いといった場合は、別の数字のカードを捨てながら「5」と言い張る。つまり、嘘をつく。これが通れば進行は止まらないが、「ダウト」と言われて嘘をついていることがバレれば、嘘をついた方は捨てたカード全てを回収しなければならない。しかし、5の時の5のカードを切っていたにも関わらず「ダウト」と言われ、捨て札を開いた際に嘘をついていない事実が判明すれば、「ダウト」と宣言した方が捨てたカードを全て押し付けられる。
嘘をついて、全てのカードを捨て切れば勝ち。嘘をつかずに、綺麗に順番通りカードを切ることが確定していたら出来レースとなり、誰も止めることができなかったりもする。ただ、そんな上手い具合に手札を揃え切るのは難しく、やはりどこかで嘘をつかなければならない。その時に「ダウト」と言われればアウトだし、カードを揃え切っても調子に乗って「ダウト」と言って、相手が嘘をついていなかったら全てが台無しにもなる。ローカルルールは無し……『ダウト』にローカルルールってあるのかな? 『大富豪』――『大貧民』のローカルルールは多すぎてやっていられないから、新幹線では「革命」と「革命返し」だけ有りにしていたらしい。
……現実逃避はこれぐらいにしようかな。
「本当にダウトで良いの? 後悔しない?」
「もう言ってしまったことなんだから、当たっていようと外れていようと受け入れるだけよ」
「もしも、僕が切ったカードがちゃんとした6だったならどうする? 6じゃないかも知れないけれど、6である可能性の方が高いかも知れないよ? チャンスをあげるから、もう一度よく考えて、」
「ダウト」
僕は捨てたカードを公開する。6ではなく3のカードを捨てていたことがバレたので、捨てられたカードを全て手札とする。
「なんでもう少しよく考えないんだ」
「立花君がゲームで相手にチャンスを与えるなんてあり得ないじゃない。あと、顔に出ていたから」
トランプのゲームは直感に頼るものが多い。策略なんて立てたところで、相手の出方が想定と違えばすぐにその策略を切り替えなければならない。だから、その時その時の一瞬の決断が強みとなる。特に僕は“直感力”が働くので、こういったトランプのゲームは大体で勝ててしまう、勝ってしまうのであまりやらない方針だったのだが、どうやら『ダウト』ではそうも行かないらしい。
理由としてはただ一つ。僕の嘘は顔に出てしまうから。
直感で二人が嘘をついた時に「ダウト」と言えば大抵が当たりだが、嘘が顔に出ている僕に「ダウト」と二人が言っても大抵が当たりなのである。しかも、理沙と倉敷さんが若干ながらタッグを組んでいる感があるため、僕は嘘をつくゲームにおいて嘘を非常につき辛い状況に置かれている。
『ダウト』をやる前の『七並べ』もそうだった。切りたいカードを二人に止められてしまっていたら直感力もなにも無いのである。
「『ババ抜き』や『大富豪』じゃ全戦全勝かも知れないけど、こういうゲームだと涼にはなかなか負けないよ」
理沙がお腹を押さえながら笑い続けている。笑い過ぎてお腹が痛い、という表現はまさにこのためにあるんだろうというぐらい笑っている。それでも笑い転げないでくれてありがたい。温泉浴衣は着付けがしやすい分、崩れやすい。あと、割と緩い。なので、僕の煩悩が刺激されてヤバい。だから、お風呂上がりの二人と部屋で時間を潰すのは嫌だったんだけど、それももう後の祭りである。僕に出来ることは、理性で煩悩を抑えること。「お爺ちゃん」と言われても良いから、不意に見てしまうような事態だけは避けたい。そういうの、なんか卑怯だし。
二人の下着姿を以前に見たことがあるのになにを卑怯と言っているんだか、僕は。
「じゃぁ、再開ね。7」
「8」
「9」
今度は9のカードを置く。しかし「ダウト」と言われることはない。バレているのかバレていないのかはともかく、まだ捨てたカードの数がそれほど多くないというところも「ダウト」と言わない理由かなにかなんだろうか。でも、捨てカードを全て回収した僕はしばらく嘘のカードを捨てずに済むわけで。
「10」
「11」
「ダウト」
倉敷さんが11と言った直後にコールすると、彼女の動きがピタリと止まる。
「やめるなら今の内よ?」
「なんで?」
「もしも私が本当のカードを置いていたらどうするつもり?」
「本当のカードが置けると思うな。僕の手元に11が四枚あるんだよ。だから倉敷さんは11を絶対に置けない。だからダウト。諦めて」
「……安易に立花君にカードを沢山持たせ過ぎても厄介ね」
観念したらしく倉敷さんは捨てたカードを公開し、6であったことが判明し、捨てたカードを全て手元に持って行く。
「倉敷さんの次ってことは僕か。12」
「13」
「ダウト」
「へぇ、私にも『ダウト』って言えるなんて、涼も相当な自信家だね」
「僕の手元に13が四枚ある。だから絶対に13は出せない。だからダウト」
「涼の手持ち偏り過ぎてない?」
「偏るように嘘ついてカードを切って行った結果だろ。手元に持って行った時、数字の順序がおかしかったから嘘つかれたのをスルーしてしまったせいもあるけど」
理沙は納得行かなそうにしつつも、捨てたカードを公開し、それから僕と理沙が捨てた二枚を手元に戻す。
「立花君の手札が少なくならない限り、私たちに11と13が回って来たら終わりってことになるわ」
「涼が簡単に四枚のカードを切るかな」
「切るに決まっているだろ。ポーカーと大富豪なら強いだろうけど、こんなもん四枚全て切るのに四周以上掛かるんだからな」
11と13を連発して捨てなきゃ、この手札じゃ絶対に終われない。それはつまり、二人に嘘をついてもバレないようにしなければならないということだ。
どうすれば良いんだろうか?
悩みながら番号を言い合いながら僕たちは手札を捨てて行く。
「11」
「「ダウト」」
「僕は11を四枚持っているって言っただろ」
「立花君が素直に四枚を崩すと思えない」
「絶対に置かない」
「いや、待って。もう少し待って。考え直してもみてよ。さっき言ったじゃん。四周以上掛かるって。ここは普通に11を一枚捨てるって。そうしなきゃ僕、勝てないじゃん」
「良いから黙ってダウト」
「さっさと諦めなさいダウト」
ダウトを語尾に付けた新しい口調を聞かされている気分になりつつ、僕はカードを公開し、それから捨てカードを手元に回収する。
「やっぱり嘘ついていたんじゃん」
「魔が差してね」
「魔が差してって……普通に11が四枚あるんなら11を切れば良いのに」
「12」
なにも言い返さず12と言いつつカードを捨てる。
「13」
「ダウト」
「え、まさか涼、まだ13もまだ四枚持っているの? 馬鹿じゃないの?」
理沙がカードを回収し手札にする。
「罵られようと11と13は鉄壁だよ」
「あのね、立花君。これ、そういうゲームじゃないから」
「『七並べ』でガードされてパス三回を使った挙句に、なにも出来ずに終わった悔しさを僕は忘れていない」
「あー、これ夕食まで終わらないパターンだ」
理沙は目に涙を浮かべるくらい笑いながら言う。
「ほんと、『ダウト』でこれだけおかしく笑えるなんて思わなかったわ。立花君とこういう感じでトランプで遊べるなら、他にもなにか一緒に遊べるものがないか探したくなる」
倉敷さんも理沙ほどではないが笑いを堪え切れていない。そんな二人はお風呂上がりだし、笑い、そしてゲームに熱中していることもあって妙に汗ばんでいて……目のやり場に困る。なので僕の視線はそれから完全に捨てる場所となっている僕たちの輪の中央を見つめることとなった。
笑顔には女の子らしい可愛らしさとか、綺麗さみたいなものが詰め込まれている。男にしか作用しない毒みたいなもので、頭がどうにかなってしまいそうになる。望月の場合、ここに可憐さが加わるわけだけど、それもそれで僕には回復できそうにない毒である。笑顔をちゃんと見つめられるようになったら、とか思っていたけど、まだ無理だ。見惚れて死ぬ。もう、なんなんだよ。浴衣ってだけでズルい。
それにしたって、二人とも笑い過ぎだ。僕はそんなエンターテインメントに富んだ遊び方はしていないと思う。でも、楽しそうならそれで良いか。
そして僕は、着々と煩悩にやられ始めている、と……つまりちょっとずつ成長しているってことと受け取っておこう。うん……色々と複雑だけど。




