なんだかんだで
僕は露天風呂へ行く支度を済ませ、先に部屋を出た。いや、だって多分、出て行けって言われると思ったから。準備する時に、万が一、下着でも目に飛び込んで来たら以前の比では済まないほどの仕打ちが僕には待っているに違いない。だからそれを避けるためにさっさと部屋を出た。あとカードキーは倉敷さんと理沙のどちらかに任せることになった。「涼に持たせていたら、なにかテキトーに嘘をついて勝手に部屋に戻りそう」と図星を突かれてしまったこともあるけど、これは僕自身の自制のためでもある。
なんだかんだと「お爺ちゃん」と言われてしまっているが、決して性欲が無いわけではない。もしも僕がカードキーを持っていたら、理沙の言うテキトーな嘘をついて部屋に先に戻り、好奇心に駆られて二人の荷物を漁るかも知れない。これはあくまで妄想であって、確実に実行するというような危うさは無い。というか僕、そんな大胆な犯行は出来ないと思う。するとしても、なんかこう、上手いことやるんじゃないかなと……なんで犯罪を行おうとする思考に至っているのだろう。ほんと、女の子と居ると調子が狂う。
「お待たせ」
「廊下を歩いている人を睨んだりしていなかったかしら?」
「僕は犬じゃない」
「そうそう、涼は犬じゃない。猫だったっけ?」
「猫でも無い」
動物に喩えられるのもこれで何回目だろうか。望月も含めて、このやり取りが徐々に定番化しているので、僕=愛玩動物という方程式が確立されつつある。これを凌ぐ手立ては……多分、無い。
部屋の扉が閉まり、自動で鍵が閉まった音がしたものの、倉敷さんが「一応」と呟きつつ鍵が本当に掛かったかどうか確かめてから、三人揃って、まず隣の部屋のベルを鳴らす。露天風呂に入る準備を整えた大樹さんと啓二さんと合流し、最後に三室ほど離れたところにある部屋のベルを鳴らして、望月と奈緒とも合流する。
「なぁ涼の兄貴? なんか楽しいことあった?」
「それをからかっていると捉えて良いか?」
「想像するだけでウケるんだよねー」
おい、なに笑ってんだ。行きの新幹線はお前、部屋割りは大樹さんで霧崎兄妹に僕はもう振り回されているんだぞ。ちょっとぐらい罪悪感を抱け。大樹さんも申し訳なさそうな態度を見せても良い。「なにか問題でもあるのか?」というちょっとした疑問を漂わせた感じの顔をしていないで欲しい。
「罰として奈緒とはゲームセンター行かないからな」
「えーなんでなんでなんで! あたし、なんにも悪いことしてないじゃん!」
「……はぁ、嘘だよ嘘。悪かった。悪かったから、UFOキャッチャーで欲しいのがあったら取ってやる」
八つ当たりしても仕方が無い。奈緒のやることに振り回されることはほぼいつも通りのことだと受け取ってしまえば、気持ちも軽くなる。奈緒自身に悪気が無かったようには思えないけど、それで責めてもコイツを不機嫌にするだけだし。
「マジで? やー、涼の兄貴はUFOキャッチャーの鬼だもんなー」
「取れそうなやつだけだからな。取れそうにないのは取らないからな」
配置が悪いと投入額が膨れ上がってしまう。取れそうなものを最小の金額に抑えて手に入れる。UFOキャッチャーは熱くなったら、どんどんとお金を吸われるので決めた回数だけで取れる物だけを狙うのが望ましい。回数を決めても、取れない時は取れないが、その時は素直に諦める。僕は高校生で、奈緒は中学生だから、大人とは違って遊ぶお金も節約必須なのだ。そもそも、バイトで稼いだお金を遊ぶお金だけに遣い込んでいる、みたいなことを僕がやっていたらVRゲームの時以上の家族会議が開かれてしまう。
「立花君、UFOキャッチャー上手いの?」
「上手いっていうか、なんとなく物体との距離が分かるから目測とそれを頼りにして、かな。あとは、アームが引っ掛ける所を発見するために眺めたりするくらい」
「じゃぁ、私が取って欲しい物があっても取れたり?」
「取れそうな物ならだけど……え、なに、その視線。奈緒だけじゃなくて望月とも約束しなきゃ駄目なの?」
「奈緒ちゃんは取ってもらえるのに私には取ってくれないんだ……」
「……なんだろう、凄く面倒臭い気がして来たから、やります。でも、取れそうになかったら御免なさい」
あー困ったなぁ。理沙と倉敷さんからの視線が突き刺さっているんだよなぁ。こういうことで人気者になったって、一瞬だしなぁ。理沙は僕がUFOキャッチャーが得意なのは知っているから、こういう時に頼りにされるのは慣れているんだけど、倉敷さんの場合、“利用されているだけ”かも知れないっていうのが少し……嫌だなぁ。そういうことしない人だとは思っているけど、こんなことで僕への見る目を変えることなんて無いだろうし。
あれ? 僕って倉敷さんにどう見られたいんだろう? 頼りになる人? 利用できる男? なんか違う気がする。もっとこう……なんか、えっと……うーん?
「テメェはちょっと黙ったらすーぐ難しい顔をしやがるな」
「悩んでいる最中に話し掛けないで下さい、呪殺しますよ?」
「その時は呪詛返ししてやるから覚悟しろ」
「兄さんと立花君が揃うと、どうしてそう呪殺やら呪詛返しやら物騒な言葉が出て来るの……」
そんな深刻そうにしなくて良い。これはいわゆる僕たちの挨拶みたいなものだから。まさか本気で呪殺しようなんて思っていない……思っていないよ? スマホで丑の刻参りについて調べたり、五寸釘と藁人形の値段を調べたりしたけど怖くなってやめたから、うん。
でも、呪詛返しという言葉を啓二さんが知っているなんて……啓二さんも、僕が呪いを掛けそうな表情をしていたのを感じ取って、調べたに違いない。なんでこういうところは似ているんだか。
「やれやれ、露天風呂に行くだけでも一苦労だな」
「そうは言っても兄貴、それほど嫌そうじゃないよねー」
「俺には全員を見守る義務がある。そもそもこの義務を、嫌だったら受けはしないということだ」
「へー」と聞き流しながら奈緒は大樹さんに付いて行く。心なしか、大樹さんの背中からはご機嫌さが窺い知れる。シェアハウスしている人たちと話している時も、大体、あんな感じの背中だったような……素を出せるから気楽ってことなのかな。相変わらず、奈緒以外の女性陣からは避けられ気味なのが気に掛かるが、逆の立場ならむしろ奈緒と啓二さんと喋るだけで全てが済むのだから羨ましく感じる。
「なにしてんのー? 置いてくよー」
ボーッと大樹さんの背中を眺めていたら、いつの間にかみんな先を行っていた。理沙に声を掛けられていなかったら、ずっと突っ立っていただろうなと思いつつ、僕は小さく溜め息をつきながらも、ちょっとだけ笑顔を作って全員のあとを追い掛けた。




