元気の出る話
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天候にもよるが明日も海で遊ぶかも知れないということで、水着を乾かす部屋はここじゃないところということで話は纏まり、僕は大樹さんと啓二さんの部屋にお邪魔して水着を干し、理沙と倉敷さんは望月と奈緒の部屋で同じように水着を干しに行った。果たして海水に濡れた水着が乾いたところで、着け心地はどうなのかという疑問はあるが、干さないよりは良いだろうという判断である。
水着を干すのを頼みに行った際、啓二さんに「楽しいか?」と物凄く面白いものを見ているような表情で訊ねられたので、あらゆる方法でいつか呪い殺せないものかと思いつつ、しかしその内側から湧き出て来る怨嗟の声に従うことなく「辛いです」とそのままの感情を吐露しておくに留めた。それでも部屋を交換して欲しいと頼まなかったのは、僕の性欲の無さが「お爺ちゃん」と喩えられてしまったショックがあったせいもある。いや、性欲の強さなんてそれこそ年齢問わず人それぞれだけども、なんだかダメージの大きい一言だった。男子高校生が「体の一部がお爺ちゃんなの」と女子高校生に告げられたら、精神的に参るもの、らしい。現に僕が参ってしまっているから。
「立花君、窓際でなに夕日の沈む海を見つめているの?」
「ちょっと黄昏たい時もあるんだよ」
「なに? 中二病?」
「僕に限らず、倉敷さんも割と中二病なところあると思うけど」
「なんか、いつもより返しが刺々しい気がするわ」
「僕もね、相手を責めたり攻撃的な言葉は控えたい……いや、言わないように頑張っているんだけど、たまに素が出るんだよ。我慢していても、元の部分が捻くれてしまっているから、どれだけ取り繕っても失言してしまうことがある。はー、疲れているなぁ。あの人に電話しようかな。電話でカウンセリングをしてもらえるのって、何時までだったかなぁ」
「そこまでテンション下がってんの? 無理なら無理って言ってよ。私たちも涼には精神的に無理をさせたくないし」
「あーいや……この部屋でっていうのはもう納得しているんだよ。でも、ちょっと色々あって。うん、色々あって」
色々ではなく、一つだけなのだが、このことにはあまり気付かれて欲しくない。
性欲ってなんだろう? このシチュエーションで興奮しないのがおかしいのか? でも興奮したら変態じゃん。理沙とか倉敷さんに手を出したら、僕の人生は詰む。そもそも手を出すって考え方が違うんだ。ほら、順序があるじゃん? 好きになって、告白して、付き合って……それからじゃん? え、違うのかな。僕が昔の交際というものに縛られ過ぎているだけなんだろうか。
……違うな、これは理想だ。自分が望む理想の順序に過ぎない。世の中には順序が逆になったり、そもそも順序なんてものが存在しなかったりすることもあるというのに、僕はその順序以外を“間違い”で済ましてしまおうとしているのだ。『恋愛に順序なんて無い』ってギャルゲーのヒロインが言っていたから、僕もこういう理想を、少しばかりは取っ払わなければならないんだろう。ただ、高校生が取っ払ってどうすんだって話ではある。不純異性交遊は禁止な年頃で、恋愛の考え方を変えてしまうのは少々、危険じゃないだろうか。
「はぁ」
「何回、溜め息をついているの?」
「理想と現実の違いに打ちのめされているだけだから気にしないで。なんかこう、もっと上手く……そう、上手く立ち回れたら良いのにって。僕、現実だとそういう器用なことが出来なくて、不器用なんだよ。良い人で有りたいのか、それとも性格悪いと思われても構わないと考えるのか、どちらにしても踏ん切りを付けなきゃ行けないのに、いっつも悩んでばっかりだ」
考えて考えて考えて、そして失敗する。というか失敗した。だから次は失敗しないようにと考えるせいで、よけいに委縮している。そんなことじゃ成功には辿り着けない。分かっている。頭の中ではちゃんと自分を貶すだけじゃなくちゃんと励ましている。でも、なんとも上手く僕の頭はグルグルと同じことを考えて、誰にとっても当たり前のはずの正解にすら気付けない。
「涼は悩み過ぎ。もっと気楽に行こうよ。ほら、ゲームのことを考えるとか」
「ゲーム……ゲームか。『Armor Knight』の特殊ミッションは単調でつまらないし、Knightへの乗り換えはあんまり作戦を立てなくてもなんとかなると思う」
「え、立花君……調べてないの?」
「なにが?」
「この前の大規模アップデートで特殊ミッションの内容、変わったのよ? 天骸ゼフォン及びグザファンの破壊っていうミッションだから、以前の知識は使えないわ。今はそういう気分になれないと思うけど、」
「なにそれ詳しく!」
「……ゲームの新しい話題になった途端に、顔色が良くなったんだけど立花君っていつもこうなの?」
「いつもではないけど、落ち込んでいる時にゲームの話題を出すとちょっとだけ元気になるよ」
倉敷さんと理沙の間でよく分からない共通認識が作られそうになっているが、ドMとかロリコンとか思われるよりはまだマシなものだと思うので、スルーする。
「天骸って、ラムエルと同じ感じ?」
大隊ミッションで天骸というものとは初めて戦った。僕のせいでゴタゴタしてしまったミッションと同じ種類の機体を相手にするということで、話し辛いだろうから、早々に僕から切り出す。
嫌なイメージは確かにあるけれど、それのせいで足を引っ張りたくはない。
「ラムエルよりは小型だけど、普段戦っている機体よりは大型だから……中型ぐらい? って攻略情報サイトでは載っていたわ」
「それがゼフォン?」
「そう。ただ、これにもセクションがあるらしくて、ゼフォンを中盤まで相手して行動不能まで陥らせたところで、グザファンという天骸が出て来るらしいの。これは私たちが乗る機体と同じ大きさ。で、これも攻略情報サイトに載っていたことだから実際に確かめたわけじゃないんだけど、グザファンはチームの人数分出て来る。それも、チームの機体の完全コピー。パッチペッカーはコピーしておきながら幾つか自分のオリジナリティを出していたけど、これは白と半透明で機体や武装を統一しつつ、それらは全て私たちと同じものを使う」
ゼフォンは釜の火を吹き続ける罰を負った堕天使なのだけど、その辺りは機体の特徴としては現れないってことかな。そもそも世界観として機械仕掛けの天使が最初に存在したというところから堕天使の名前を引っ張り出しているのだろう。ゼフォンとグザファンは呼び方の違いだけで同一の堕天使名でもあるし。RPGで天使の話を放り込みつつ、その名前も使っているのに神話の通りに扱われていなかったら違和感が凄まじいけど、『Armor Knight』の場合、内部の歴史自体は断片的でプレイヤーに任せている部分が大きいからそれほど気にはならない。ただ、天使や堕天使が好きな人には批判されそうではある。そこまで天使と堕天使が好きなら、文句を言うよりもその手のRPGを探す方が手っ取り早いので、出来ることならそうして欲しい。
バイトをしている時にたまに、そういうよく分からないクレームがある。ゲームを開発した企業に送って欲しいのに、買った店に言って来るもんなぁ。ほんと、極稀にだけど。
「ゼフォンが行動不能になったあとにグザファンが……ってことは、同時に相手にすることはない感じ?」
「だから攻略情報サイトで見た限りでは、だから。実際にやってみないと分かんないわよ」
「コピーするって言っても、どこまでコピーなんだろ。こっちの行動パターンを学習した状態のを引っ張り出して来るのか、それともいつも通りの機械的なCPU的な行動パターンなのか……」
不意に『百機組み手』で相手をした、あの“半透明”の行動パターンが頭をよぎった。あの“半透明”は怖ろしいほど、人間らしい動きをしていた。戦っている間に、なにやら学習しているようにも受け取れた。あれと同じようなCPUをミッションの機体に搭載するのなら、厄介かも知れない。運営側としては、もう“半透明”レベルのCPUを開発できているのだから、それをミッション内に組み込むのは難しくないはずだ。
「なにか不安なことでもあるの?」
理沙が僕の顔をジッと見つめて来る。
「ちょっとね……今まではやり込んで来たミッションをこなして来たから、慣れていないミッションってなると、緊張するなぁって」
緊張と同時に少しばかりウズウズしている。早く家に帰って、その特殊ミッションをプレイしたい。そういうゲーマーな部分が、首をもたげて来た。
「ちょっとは元気になった?」
「これで元気になるなら、立花君って相当、扱いやすいんだけど」
「酷いな。扱いやすい方が良いだろ。前は扱いにくい上に性格も悪かったんだから」
「暗に性格が良くなったみたいに聞こえるんだけど、涼?」
「まさか自分で捻くれた性格って公言しておきながら、性格が良くなったみたいな雰囲気を出すのはやめてもらえる?」
酷いバッシングである。でも、自分も少し傲慢だった。傲慢になっている部分を容赦なく突付いて来るのだから、この二人は容赦が無い。いや、望月もだけど。
「それじゃ、涼も元気になったことだしみんなに連絡入れて露天風呂に行こうよ。それから部屋で時間潰して、食堂で夕食を摂りつつ作戦会議」
「夕食と露天風呂を逆にすることは出来ない?」
「なんで?」
なんでって……お風呂上がりの二人とまともに話が出来るか分からないからなんだけど…………絶対に言いたくないな、こんなこと。




