自己主張しない方針
「それより涼の兄貴、焼きそば買って来いよ」
「ふざけんなよ、唐突にパシらせようとするな」
三人に文句を言おうと決めて、よし顔を見て言うぞ、と意気込んでいたところで奈緒に声を掛けられ、完全にタイミングを逃した。そうとも知らずに三人は僕をやや不思議そうに眺めたのち、なにやら話しつつ海の方へと走って行った。若干、倉敷さんは挙動不審だったが、僕と同じでこういったアウトドアの遊びに慣れていないだけで、理沙や望月がサポートすれば、僕はともかくとして外で遊ぶ楽しさに気付いてくれるんじゃないだろうか。
「あー! あたしも行くー!」
僕の相手をするのが面倒臭いと判断し、奈緒は身を翻すかの如く、三人を追い掛けるべく海へと向かって行った。
「女が騒いでいる様を見るのは楽しいもんだ。まぁ、狙っている女は居ねぇがそれでも癒されるってな」
「それ、本気で言ってます? 僕、帰って良いですか?」
「お前はなんとも思わねぇのかよ……」
「思う思わない以前に、割に合わないかと」
「だったらテメェもワーワーキャーキャー騒いで来い」
「女の子の輪に男を一人放り込む気ですか? そりゃ酷いことになりますよ、鬼ですか?」
複数の女の子と遊んでいる時点で周囲の男に意味も無く恨まれそうじゃないか。それに、男が一人だけ入るとなんか微妙な空気が流れそうだし。基本的に、同性同士で遊んだ方が楽しいことだって世の中にはある。海水浴は……まぁ男女で遊ぶイメージの大きいところがあるけど。
「君は泳ぎが得意なんだろう?」
「海で泳ぐのと高校のプールで泳ぐのとは別ですよ。波がありますし、レーンで区切られていませんし、人とぶつかることだってあります。泳ぐのが得意な人でも溺れる可能性がある。それが海なんです。だから海は嫌いなんです。だからって山が好きってわけでもありませんけど」
大樹さんの質問に、やや攻撃的に答える。
「ええと、テメェは運動がそれなりに出来て、筋トレを少しやっていて、勉強も真面目にやっていて、読書もするんだよな? そのついでにパソコン機器に少しだけ精通していて、ゲームの知識は深すぎるくらいに頭の中に入っている。なのに、基本スペック高いクセに人付き合いが苦手っつーのと性格が捻じ曲がっているので、全て台無しなんだな」
「ハイスペックなパソコンなら、それに見合った使い方もあるというものだと思うが」
「自己主張はしない主義なんです」
「いや、しろよ。そこまでハイスペックなんだからひけらかせよ。妬み嫉みの的になれよ。そっちの方がモテていただろうに」
「現状を見て下さい。モテるモテていないはともかくとして、幼馴染みと友人と妹の友達と信頼できる人が女の子なので、これ以上、なにかしらの理由で女の子が増えると僕は発狂します」
自身のキャパシティがもう既に限界である。これ以上、異性とは関わりたくない。
ただでさえ、変な妄想にやられつつあって、奈緒を除いた一人一人への対応に困り果てているのだ。
もしもの話だ。仮の話であって、確定ではない話だ。みんなが僕に好意を示していたとしても、三股するような最低最悪な決断はしない。なんでもかんでも二次元に喩えることが多いけど、ハーレムもまた二次元だから許される。現実でやったら刃傷沙汰か事件が起こる。それでもハーレムがある国は確かに存在するわけだけど、それは文化の違いだ。日本でも通用するわけじゃない。日本で暮らしている以上は、一人と真剣交際するのが真っ当な判断である。
なら、昔の日本人は一人だけと交際していたかというと、大奥やらなんやらと出て来て、これまた別の話になるわけだが、とにかく仮定として三人が僕に好意を持っていたとしても、物凄く上から目線な感じになってしまうが必ず一人を選ばなければならない。
まず、この妄想があり得ないんだけど。なんでこんな馬鹿なことを考えているんだか……それも真剣に考えている。まず前提条件が間違っているのに、色々と考えている。頭が痛くなりそうなレベルで考えている。本当にこれは、恋愛絡みの悩みなんだろうか。ただの妄想癖が悪化しただけにしか僕は受け取れないんだけど。
「君は本当、頼りないのか頼り甲斐があるのか分からないところがあるな。それを魅力と捉えることはすまないが出来そうにない。それは君のデメリットだ」
「分かってますけど、頼りにされるって負担になるじゃないですか。僕、メンタルが弱いんでそういうのはカリスマ性のある人に任せておこうと思って」
「あーウゼェウゼェ。テメェ、面倒臭いから泳いで来い。話しているとこっちまで根が腐って行く。女と遊べないんなら一人で泳いでおけ。それでも一応は海水浴だ」
啓二さんがキレるかキレないかぐらいのレベルで苛立っていたので、僕は重い腰を上げて、仕方無く海へと向かう。やはり周りは騒がし過ぎて落ち着かないので、真っ直ぐに海へと直行し、浅瀬から足元を確認しつつやや深めのところで全身を水中へと沈める。
空気の泡をゴポゴポと少しずつ鼻から放出しつつ、その小気味良い音に気持ちを落ち着かせてから水から顔を出し、呼吸を行う。それから水に浮かび、波に揺られながらクロールへと移る。それでも安全のために張られているロープギリギリまでは向かわず、やや浜辺に近いところで遊泳を繰り返す。遠くまで泳いだら、戻る分の体力が同等に必要になる。そうなると途中で足でも攣ったりしたら溺れてしまう。自分自身の体力以上の無茶はせず、楽しめる範囲で楽しむ。僕の場合、一人で泳いでいるから溺れた際に気付いてもらえない可能性も高い。想定できる危険性には近付かない。それはゲームであっても同じことだ。高レベルのモンスターが出現するエリアには近付かず、相応の実力になってから挑む。ゲームで危険なエリアを避けて通るのに、現実でも同じように避けようとしないのは好奇心でも冒険心でもない、愚考や愚行と呼ぶんだ。
「水に入って、暑さもちょっと紛れたかな。人に気を遣って泳ぐのは、辛いけど」
ブツブツと呟きつつ、再び泳ぐ。体を動かしていると難しいことを片時であれ忘れることが出来る。だから啓二さんは泳いで来いと言ったのかも知れない。それでも絶対に感謝なんてしてやらない。なんか負けた気がするから。
「立花君、泳ぐの得意だったんだ?」
小休止を挟もうと海から上がったところで倉敷さんに声を掛けられた。
「パレオは?」
「ぐっ……泳ぐ時、邪魔になるから、桜井さんに預かってもらったのよ……」
足……長いなぁ。それになんだか眩しい。やや痩せ型のモデル体型でも、腰回りから膝までのラインはなんかこう、肉感? がありそうで……ああ、マズいな。僕は煩悩に支配され始めている。
「君は泳げるの?」
「私は水泳部だから」
自信満々で返答された。長く艶やかな黒髪はポニーテールに纏められてはいるが水気を帯びてより一層、彼女の魅力を引き立てている。髪だけでなく体も水気を帯びているので、泳いだってことは分かるんだけど、ちゃんと泳いだかどうかは見ていないから分からない。浅瀬で遊んでいたならこれぐらいは濡れるだろうし。
「……初耳なんだけど? その白い肌で、水泳部? ふぅん、ほんとに?」
「私の高校は屋内プールなの! 女子高だから外から盗み見られたり、盗撮されるのを防ぐために!」
それでも採光するための窓はあるだろうから、日焼けはするだろう。理沙は見事に日焼けしていて、陸上部のユニフォームで太陽に見せていたところと見せていなかったところで白と小麦色に分かれていたし……それも今日か明日ぐらいには綺麗に小麦色だけになるだろう。水着で隠しているところ以外……ああ、またなんか僕は煩悩に従って、見るところは見てしまっていたのか……死にたい。
なんなんだろう、この恥ずかしさは? 別に異性の裸を間近で見ているわけじゃないのに、水着姿で頭の中がグチャグチャになる。なんて、お子ちゃまな思考回路なんだろうか。ひょっとして、恋愛以前に僕は性的な面でお子ちゃまなんだろうか。パソコン内の画像には興奮しているのに? 目の前の女の子を見ると性的に見ようとせずに努めていて、性的に見てしまったことを恥ずかしく思う? 男として合っているようで間違っているような、間違っているようで合っているような。
「日焼けは?」
「桜井さんと違って、私はあんまり日焼けしない方なのよ」
アルビノ……は言い過ぎか。色素の生成が弱いのかな。
「それなら紫外線には気を付けないと」
「だから日焼け止めを塗ったんでしょ。泳いだら全部、流されるかも知れないけど!」
「最近のは水にも強いようになっているから、大丈夫じゃない?」
「だったら、勝負する?」
「なんの?」
「水泳の」
「え、やらないけど?」
梯子を外されたかのように倉敷さんが転びそうになっていた。
「この流れでどうして勝負から逃げるのか分からないわ」
「だって本気で泳いだら本気で泳いだ分だけ疲れるじゃないか。海だとプールと違って波もあるし、思うように泳げないことだってあるから、往復勝負だと往路だけで一杯一杯になったりするんだよ。そうなったら溺れるかも知れない。溺れたら大変だ。そうなったら、もしものことがある。だからやらない。やるなら泳ぐ距離を決める。目測だと分かりにくいから、軽く泳ぎつつ、“この辺り”という部分を決める。そうじゃないと絶対にやらない」
「……そうね。簡単に言って御免なさい」
僕たちの中には共通に抱えている問題がある。それは、僕の父さんは川で溺れている子供を助けようとして足を痛め、自分自身が溺れ掛けてしまったこと。彼女の母親は、同じく子供を助けるため彼女の父親が川に飛び込もうとしたところを、引き止めている。
つまり、『水』と『溺れる』という単語で、問題を抱えている。彼女には知らないと言ったけど、それは嘘だし、黙ったままだから彼女の中では共通の問題とは思っていないだろうけど、それでも母親から聞かされたことが頭の中にある以上、僕の言葉はとても重い物になっただろう。
決して、決して面倒臭いからテキトーに口走ったわけじゃない。ここだけは、ホントのホントに気を遣った。
「じゃぁ一緒に泳がない?」
「へにゃっ!?」
なんで? なんでこの話は無しの方向に進んでいたのに、予想外のことを言って来るの? 変な声が出ただろ。もうこういう声は出さないように出さないように注意しているのに、なんで倉敷さんだけに留まらず理沙も望月も僕の予想しないことを言って驚かせるんだよ。
「そんな可愛い声を出さなくても」
「可愛い言うな!」
「競争は危ないから、一緒にお互いが見える範囲でゆったり泳ぐだけなのに」
それが嫌――じゃなくて、反応に困るから驚いたんだよ。その誘いは怖すぎる。倉敷さんの泳いでいるところなんて見てしまったら人魚に魅入られたが如く、ほんの僅かな不注意で溺れかねない。
「それさー、理沙や望月だけじゃなくて奈緒も一緒で良い?」
「なんで?」
ちょっと怒ってない?
「二人だけで泳ぐと……あらぬ誤解を受けそうで」
受けたら、倉敷さんが困るだろうなって。なんで僕なんかと一緒に泳いでいるんだって思われそう。
ただ、幾らなんでも、ここまで来てこれほど自分を卑下するのもそろそろやめるべきな気もする。思われたら思われたで幾らでも話は出来るんだから……頑張って話をするんだから、ちょっとぐらい誘いを受けても構わない、はず。これはたまたま倉敷さんだったってだけだ。僕の判断や決断力の無さから考えて、理沙や望月、奈緒に限らず大樹さんや啓二さんに誘われていたなら同じような対処を取っているに違いない。
「少し、だけなら」
「ほんとに?」
「ただ、ちょっと休憩させて。あと水分補給したい」
海を泳いでいても、喉は渇く。ジュースなら海の家で売っているだろうし、休憩ついでに奈緒に焼きそばも奢ってやっても良い。
「分かった。なら私もみんなのところでちょっとだけ休もうかな」
「なら、決まりってことで」
そこから上手く二人切りで海に行けるかどうかは定かでは無い。彼女から誘って来てくれたことなので、出来得る限りで叶えたいが、僕がそこまで開き直れる状態にあるかどうかに掛かって来そうだ。




