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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第五章 -Advance-
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***


 海水浴のシーズンなんてこれまで一度も意識したことは無かったが――海開きのたびに女性の水着姿がテレビで拝めるという部分でしか感謝したことは無いのだが、しかし本当にこんな暑い時期に海水浴に来ている人というのは実在するらしい。だって目の前の砂浜にはビーチパラソルやシート、ビーチチェアなどが広げられ、ワイワイガヤガヤとあらゆる方向から騒がしい声が聞こえて来る。それでも、砂浜全てがレジャーシートに埋め尽くされているわけでは無かったので、僕たちは問題無く自分たちのスペースを確保することが出来た。


 問題があるとするならば、その確保を僕たち男性陣がやらされたという点ぐらいだろうか。レジャーシートはともかく、ビーチパラソルは荷物を預け、水着に着替えた旅館で借りられたが、どうしてそういった重い物や場所取りは男性陣の役割みたいなイメージの押し付けがあるんだろうか。そりゃ女性陣だけで行けば分担作業にはなるだろうけど、男女で来ていてもそういったことは分担作業で良いじゃないか。なぁにが「水着に着替えるのに時間が掛かる」だ。なぁにが「日焼け止めを塗るのに時間が掛かる」だ、なぁにが「水で落ちにくい化粧に時間が掛かる」だ。暑いんだよ、暑いところに我先に行きたいと思うか? 暑いところでレジャーシートを引いたりビーチパラソルを立てたりしたいか? 暑いところで人を待っていたいか? 僕は嫌だ。嫌だからこそ、待機時間を短縮したい。だから女性陣が水着に着替えるまで梃子(てこ)でも旅館から動かないという案を出したのだが、まさかの啓二さんはともかく大樹さんにまで却下され「男としてテメェはクズ過ぎないか?」とようやく啓二さんは僕のクズさ加減が人並みではないということに気付き始め、しかし問答無用で水着に着替えたのち僕は砂浜に駆り出され、こうして現在、場所取りと準備を終えて女性陣を待っている次第である。


「男ってなんだろう」

「意味不明なこと言ってんじゃねぇ」

 啓二さんが舌打ち混じりの今からでも口喧嘩する気満々の挑発にも取れる台詞を吐いた。

「まぁ、なにが男かは知らねぇが、テメェのブツが凶悪って面では男を張れよ」

「頭おかしいんですか? 男の着替えを見るなんてそっちなんですか、そっち系なんですか? それなら早めにカミングアウトしておいて下さい。否定はしませんが、付き合い方を話し合う場は設けたいと思いますから」

 着替えている隙に人の股間を見るのはやめてもらいたい。本当の本当に、やめてもらいたい。

「そういう言い方が、そっち系の輩を馬鹿にしているように俺は思うがな。それに、露天風呂に入るんだったら結局は見るハメになるだろうが。一々、細かいことを気にしてんじゃねぇよ。デカいクセに」

「言葉遣いについてはそれほど矯正を求めたりはしないが、お前はもう少し公私を弁えるべきだ。場合によってはセクハラだ」

「はっ、それもそうだが、そもそもはコイツが『暑い、外に出たくない。準備が終わったら呼んで』って言いやがったせいだろうが。それに対する少しばかりの嫌がらせという名の恥辱にぐらい耐えてもらわねぇとこっちの気が済まねぇなぁ」

 大樹さんに対しても啓二さんはかわらず喰って掛かる。いつの間にこの二人は顔見知りになったんだろう。奈緒だって啓二さんについては予め知っているような反応だったし。それを言うなら、望月や倉敷さんも一度は擦れ違っているけれど奈緒とはほぼ初対面だったはずなのに、打ち解けていたし……僕が下宿先に帰ったあと、夏休みの宿題を片付けている間に、その辺りは既に終わらせてしまっていたらしい。


 なのに、望月が僕に「霧崎の妹さんってどんな人?」と訊いて来たのはどうしてだ? あれかな、なにかしら試されていたんだろうか。そういうの、抜き打ちでやられるのは嫌だから先に言っておいて欲しい。


 この辺りがコミュニケーション能力の高い人たちの、いやコミュニケーション能力が平均的に持ち合わせている人たちの当たり前の行動力のようだ。人伝(ひとづて)に聞いた人と接触を試みようなんて僕には無理だね。だって怖いし、脅されるかも知れないし、最悪、殺されるかも知れないし。


 そう考えると、倉敷さんと現実で会おうと思ったあの時の僕の行動力は一体なんだったんだろう。いや、行動力じゃないな。あれはただ単にネカマをしていることが申し訳ないから、謝ろうと思っただけだ。悪いことをしているという自覚と、謝らなければならないという気持ちが原動力になっていただけだから、会いたくて会ったわけじゃないし、実際、殺されるかも知れないという怯えは変わらずあったはずだ。


「しっかし、線が細い割に腹筋は割れてんのな。鍛えてんのか?」

「VRゲーム――特に機械に全ての意識や感覚を預けるゲームって、一時間や二時間くらいは椅子に座っている、或いはベッドに横たわっている間は体が動かないでしょう? ずっと同じ姿勢で居るのは骨格だけでなく体にも負荷が大きいかも知れないので、体を鍛えることはこれっぽっちもしたくは無いんですが、最低限の腕立て伏せと腹筋、背筋はしているんです。あとバイトでバックヤードから製品を出したり、陳列棚の整理をしたりもしますし、レジを任されている間は椅子に座らず基本、立ちっ放しですんで、足もそれなりに鍛えられているんじゃないでしょうか」

 それでも工場勤務で働いている啓二さんや、昔から運動や柔道にも全力で取り組み、そして杉山さんによって鍛えざるを得なくなっている大樹さんには劣る。まぁ、それは当たり前のこと過ぎて劣等感も抱かない。だって僕のやっている運動なんてほんと、一般的な高校生がやっている量よりも少ないぐらいだし。それでも腹筋が割れているのは啓二さんの言った線が細い――要するに若干、ガリっているからだ……体が細いことを『ガリっている』と遣うのは果たして合っているかどうかは措いておく。


「涼の兄貴、お待たせ―」

「待たせ過ぎなんだよ、一発、殴らせろ」

「涼の兄貴らしからぬ殺気を感じるのはどうしてだー!?」

 問答無用の暴力を振るおうとしたところで、冷静になり握り拳を(ほど)いた。子供に暴力を振るう男性という構図は、公の場では目立ち過ぎる。そもそも、言葉では言ったけれど実際に殴ることができていたかどうかは定かじゃないが、かなり怯えている様子なので優しい言葉を投げ掛けよう。

「あと一分遅かったら腹パンしていた」

 ガキのクセにマセて青と白のボーダーのビキニなんて着やがって。大樹さんが悲しむだろ。


「兄貴ー! ヘルプヘルプー!」

 一呼吸置いたのにも関わらず、僕の言葉はあまりにも暴力的だったらしい。おかしいな、かなりかなり不満を呑み込んだはずなのに。


「奈緒ちゃんを怖がらせるなんて、相変わらず涼は涼というか」

「うるさ、っい。飴と鞭は使い分けが必要なんだよ」

 一瞬、理沙の赤いビキニ姿に目を奪われそうになったが、陸上部のユニフォーム姿で目が肥えているので言葉は詰まりはしたが、言いたいことは言えた。でも、陸上部のユニフォーム以上に露出は当然高い。なんて言うんだっけ、こういうの……紐ビキニ? いや、確かこういうのは三角ビキニって言われたりするんだっけ? 男性用水着をネットで調べたらついでに出て来て頭の中におぼろげながら残ってしまっている。

 思うんだけど、紐で結ぶタイプって、海で泳ぐのに果てしなく向いていないような。解けないの? 解けないようにしている? なんか凄い不安なんだけど。


「子供を怖がらせるのに子供に表面上は好かれるって、どういうこと?」

「僕だって知らないよ、そんなの」

 続いて視界に入って来た望月の水着姿にはさすがに視線を逸らす。ガン見は良くないと思う。かと言って、チラ見も良くない。そして「ちゃんと見て」と言われても、それは断る。何故って、横で啓二さんに睨まれているから。

 望月は黒のビキニだった。ただ、トップスがホルターネックになっている。首の後ろで結ぶものを確かそう呼ぶ。胸に目が吸い込まれて行かないようにだけは注意したい。不可抗力とはいえ、衣服越しに触ってしまった過去はあっても、それが許される間柄ではないのだ。


「……暑い、恥ずかしい、死にたい」

 幽鬼の如く、揺らめきながら望月の後ろから現れたのは倉敷さんだった。当然、こっちもまともに見ることはできない。一般的な薄い水色のビキニ。腰にはパレオを巻いていてボトムスも理沙のように紐で結ぶタイプのものではない。驚くのはビキニ姿やらパレオを巻いていることよりも、キメ細やかな肌とその白さだろう。この人、ほんとに僕の知り合いで良いんだろうか、許されるんだろうか? あと、パレオからチラリと見える、いつもは隠しているそのスラリと伸びた足を見て思うことは、「やっと見せてくれた」という達成感だった。ちっとも変態染みた興奮を覚えない。あれ? でも、“達成感”はそれはそれで変態染みている気もする。こういう気持ちはあまり表に出さないようにしよう。気持ち悪がられる、絶対に。


「涼の兄貴はなにか言うことがあると思う」

「は?」

「あたしたちの水着姿が拝めるなんて、幸せ者なんだよなー」

「……砂浜で待たされている方が辛かったんだよなー」

 奈緒にいつも通りの対応をする。こういうのって、その場その時にはあまり興奮しないと思う。むしろ全て終わってから、思い出す時に――駄目だ、思考がそっちに傾いている。

 けれど、男として勿体無いという感情が先を行く。こんな眼福とも呼べるような状況はこれ以降の人生の中で訪れるか分からない。だったら今の内に、記憶できるだけ記憶してしまいたくなってしまう。


 先行きが不安だからこそ、今、味わえる感動を噛み締めるべきではないのか……なんだろう、迷言になってしまっている。親しい間柄の女の子の水着姿に思考がおかしくなるなんてことは今まで無かった、と思うんだけど……なぁ。


「それにしても、数字が合わないな。なんでだろう……あっ、そっか」

 僕はブツブツと呟きながら、一つの答えに至りポンッと手を打った。

「着ている枚数と布地が少ない分、より正確な数字がっ!?」

 一言も声を掛けることもなく、望月に後頭部を殴られた。

()ったいなぁ! ゴンッて音がした! 気絶でもしたらどうしていたんだよ!」

「立花君のためを思っての一撃だから」

「え、君ってそうやって人のためとか言って、殴るの? なにそれ、酷くない?」

「“それ”をはっきりと声にしてしまったら、一体、どういう目に遭うか想像できない? 私は、そうなる前に止めてあげたのに」

 女性の秘密は、知ってはならない。知っても口にしてはならない。

 僕は望月にその秘密の数字についてサラッと頭に入って来ると明かしたことがあったけど、その時に重々注意されていたことを思い出した。

「僕を殴ってくれてありがとうございます、望月さん」

「涼が香苗に叩かれたのにお礼を言っている」

「やっぱり立花君は……」


 ところで、友人以外にも僕がドMという共通認識が生まれてしまっていることについて、そろそろ文句を言って良い?

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