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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第一章 -Encounter-
20/645

正体を明かす

【-3-】


 テオドラさんはあのあと、残りの対戦も全戦全勝し、大会で優勝したらしい。むしろ初戦が一番危うかったという情報をネットで見たくらいだ。

 観戦サーバーから自身の視覚を通じて試合を録画していた主催者のサポーターがアップした動画を一つ一つ視聴して行ったが、確かに一回戦のパッチペッカーとの戦い以降、テオドラさんの操るラクシュミは僕と組んでいた時とは思えないほど自由に動き回り、そして見事に対戦相手の機体を沈めていた。

 どうやらテオドラさんは、僕と同じでワンマンプレイが得意らしい。ただ、組んだ相手が僕であったことと、あれが大会初戦であったから、という理由でも納得してしまえるが、なんの縛りも受けていないラクシュミの動きは動画で見ても生き生きとしていた。


 やはり、僕がもっとテオドラさんと上手くコミュニケーションを取っていれば良かったんだろうな。


 こうして結果が出てしまうと、なにより一回戦に危うさを感じたという他者の意見も加わると、どれだけ自分勝手に動いてしまっていたのだろうかと反省する。

 あれだけの罵声を頭の中で浴びせてしまったが、それは全て僕自身がもたらした状況だったと仮定するならば、テオドラさんの優勝は当然であり、そして素直にその実力を認めなければならない。ただ強いだけの人ならば僕もここまで反省しない。

 テオドラさんは良い人であり、実力もあり、少しの違和感ですら流してくれる懐の深さまで持っている。ただのイケメンだから人気なのではなく、その出来た人間である点から来る人気なのだ。僕が男でなければ、ひょっとしたら惚れていたかも知れないレベルで。


 しかし、それはともかくとして困ったことになった。


 優勝したことには素直に「おめでとう」と賞賛を送りたい。しかし、初戦の動画のタイトルに『大型ルーキー現る?!』という動画説明文が入れられていたせいで、『スズ』の名が瞬く間に広がってしまった。

 幾つかのギルドからは勧誘のメールが送り付けられ、そしてそれらを無視してログインすれば大量のフレンド申請の雨霰に遭う。

 非常に、非常に、非常に、非常に、残念だが、苦渋の決断だが、僕は理沙と共に『Armor Knight』を自粛することにした。別に理沙まで自粛する必要は無いのだが、『涼と一緒にやりたいんだよね』というメールを見てからは、『理沙は普通にプレイしなよ』と送れなくなってしまった。けれど、そう言ってくれるのはありがたいというか、なんだか温かい気持ちになったので、彼女の気持ちを汲むことにし、以降はゲームとは関係無いメールのやり取りにシフトした。

 これぐらいの問題なら良い。プレイヤーネームを非公開にしてログインすることもしようと思えばできるし、大会の高揚が薄れて来た頃合いであれば、『スズ』のことなんて過去のプレイヤーになっている。


 けれど、これ以上の困ったことが発生した。


 言うまでもなく、テオドラさんのことだ。

 メールを送り返すと、テオドラさんは住所とスマホのメルアドを載せたメールを寄越した。まさか個人情報をすんなりと僕に公開するとは思わなかったんだ。でも、相手が連絡先を送って来たのだから、礼儀として自身も住所と携帯電話のメルアドを送らなければという、いらない気遣いが発動してしまった。さすがに住所だけはどうしても記すことができなかったので、日本のどこに住んでいるかを抽象的に表現し、そこにスマホのメルアドを載せて送り返した。


 その結果、スマホでメールのやり取りをすること数百回。予想以上に知識が豊富なテオドラさんとのそれは、正直なところ、理沙とメールをするよりも楽しいものだった。武装の一つ一つについてしっかりと研究するタイプであるらしく、それらの長所と短所についてメールでやり取りする時間は最も充実していたとも言い切ることができる。


 だが、この辺りで僕は、“その可能性があったこと”に気付かなければならなかったのだ。


 昨日の夜、テオドラさんからのメールを見て僕は飲んでいたスポーツ飲料を吹き零すことになった。『会って話がしたい』という文面だった。ゲーム内におけるイケメンキャラから、まさかのラブコールだ。非常にまずいことになってしまったのだ。

 もはやネカマであることに対して後ろめたい気持ちがほとんど無くなり掛けていたが、こればっかりは後悔せざるを得なかった。テオドラさんは男で、恐らく僕のことを女性と思い込んでいる。『会って話がしたい』というのはつまり、デート的なものがしたいということと同義である。まずいのだ。それはとても、まずいのだ。

 どうにか会わずに済むように話を持って行けないだろうかと思い、色々と粘ってみたのだが、無理だった。僕とテオドラさんの住んでいるところは意外と近いらしく、しかも同じ県の同じ市内であることが発覚したことが、会うことになってしまった最大の決定打だったに違いない。


 あっと言う間に翌日に会うことになり、あっと言う間に二人だけのオフ会という殻を被ったデートの約束が成されてしまった。そして、あっと言う間に翌日――つまり今日になってしまったのだ。時間はここまで非情であったかと疑うくらいに淡々と流れて行った。

 もはや、切腹ものである。死にたい。男なのに男から誘われるとか、一生の恥だ。僕にそっちの趣味は無い。ついでに、相手が話の分かる男じゃなければ、殴り飛ばされるかも知れないし、もしかしたら警察沙汰にまで発展するかも知れない。

 かくなるうえは、リアルでテオドラさんと会ったときに「女性だと思うとか、馬鹿だろ」と吐き捨てて立ち去るしかない。それしか身を守る術がない。それしかないのだが、僕はそこまで気丈な(たち)ではないし、啖呵を切れるほどの度胸を持つわけでもない。

 きっと緊張して舌が回らず、台詞を噛んでしまう。噛んでしまったら、逆に恥ずかしいのはこっちである。いや、もう既に恥ずかしいことは散々やってしまっているので、なにを迷う必要があるんだとは思っているんだけど。


 もう、打つ手はないのだ。罵られるか殴られるか蹴飛ばされるか。それぐらいしか選択肢がない。


 しかし、テオドラさんと共闘したときに感じた違和感が本物だとするならば、僕はひょっとすると罵られるだけで済むかも知れない、とも思うのだ。殴られたり蹴飛ばされるより罵られる方がまだマシである。これは僕の考えでしかなく、全ての男が罵られる方を選ぶかと言われるとこれまた別の話だが、とにかく嫌なことっていうのは物理的な痛みよりも精神的痛みにしてくれと思うのが僕なのだ。


 散々、脳内で罵った相手に罵られるということにプライドは無いのか? と問われれば「そんなものは時と場合による」と答えるぐらいに僕は人間性が欠片(かけら)もない出来損ないである。


「――駅最寄りの喫茶店の、入って左手最奥。窓際から数えて二番目の席。午後二時半にそこに集合」

 昨日の約束を反芻するかのように唱えて、口腔内に溜まった唾を深く飲み込む。果たして、二人の場合、これを「集合」という言葉でまとめてしまって良いのかどうか激しく疑問だったが、そんな国語の疑問点を調査している場合ではないのだ。

 時刻は現在午後二時二十五分。そして、もう喫茶店の前に居る。なにを注文するか、と入らずに決めあぐねている客の振りをしつつ、入るべきか入らざるべきかを現在、五分ほど続けている。


 でも、会わなきゃいつまでもテオドラさんを騙し続けることになる。


 あんな良い人を騙していて良いのか。ここで真実を明るみにして、あとはそれで終わり。そっちの方が、テオドラさんとの関係が綺麗に終わるというものだ。半端に騙し続けて罪悪感を抱き続けながら、『Armor Knight』をプレイする必要もない。

 もう一度、口腔内に溜まった唾を飲み込んで、喫茶店に入る。店員に「何名様ですか?」と訊ねられるが「待ち合わせてますので」と答えて下がってもらう。


 入って左手側最奥。窓際から数えて二番目の席。


 店内を見渡したのち、自身が座るべき席を見つけ、直進する。恐らく、指定された席に既に着いている人こそがテオドラさんだろう。

「あぁ、やっぱり」

 窓際から二番目の席に近付き、しかし僕が座りあぐねていることに気付いたテオドラさんは、まるでスズを演じていた中の人が男であったことを知っていたかのように声を漏らす。


 そして僕もまた、その声と顔からテオドラさんの正体を知ることになった。


「それで、どっちから謝ります?」

 苦笑を浮かべながら対面するように僕は席に着いた。そんな僕を一瞥したのち、テオドラさんは頬杖をついて、明らかに不満気な表情を作っていた。

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