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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第一章 -Encounter-
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ゲームで人生が壊れ掛けた話

***


 中学一年生の冬。冬美(ふゆみ)姉さんについて家族会議が開かれたときのことを今でも憶えている。


 冬美姉さんは当時、高校三年生で、指定校推薦で入学できるほど頭は良くなく、けれどAO入試と推薦入試においては間違いなく合格することができるくらいの学力は持っていた。


 けれど冬美姉さんはそれら一切の入試をスルーした。スルーというより、ど忘れした。ど忘れというよりも、捨てたと言っても良い。

 あの人は、AO入試のための書類を送る〆切日を知っておきながらその〆切を守ることはなく、推薦入試に至っては入試当日において試験場に足を運ばなかった。

 当時は冬美姉さんが親に反発して敢えて試験を受けに行かなかったんだろうと、そんな全ての子供に平等に訪れるという反抗期なんだろうと思っていた。


 でも違ったのだ。聞けば聞くほど、冬美姉さんのヤバさというか、バカさ加減に僕は目を回しそうになった。


 それもこれも全て、ゲームのせいだった。書類を送らなかったのはVRFPSにおけるクランメンバーとの約束があったためだったし、推薦入試で試験場に足を運ばなかったのはその日に大規模アップデートがあって、いち早く、そのアップデートによる仕様変更を楽しみたかったからだとか。


 当時は「クランメンバー?」、「大規模アップデート?」、ついでに「VRFPSってなに?」みたいな状態だった僕には、なにがなんだかさっぱりだったわけだけど、さすがに親――父さんは初めて冬美姉さんの頬を平手で打ったし、母さんは初めて僕の前で涙を流すほどに冬美姉さんに訴え掛けた。「ゲームなんかで人生を壊さないで」って。


 この言葉か、或いは父さんの平手打ちを受けてか、冬美姉さんは身の回りに置いていた全てのゲームを処分した。冬美姉さんは勿体無い病と言われる、いわゆる捨てることにおける一種の症状のような「どれもこれも勿体無くて捨てられない」みたいな思考は有していなかったらしく、捨てると決断したらとことんまで捨て去った。


 けれど、高価なVR機材は、データを削除して捨ててもツールで復元されて、元のデータを覗き見るような危なげな人たちが居るということで、家の中の押し入れに封印された。「壊すのも忍びない」とは、父さんの言葉だ。自身の娘を虜にしたゲームの機材になにを言っているのだろうかと思ったが、しかしあとになって思えば、父さんの方がどちらかと言うと勿体無い病だったのかも知れない。勿論、冬美姉さんが押し入れのどこにそれが封印されているかを教えられることはついぞ、無かった。


 その後、冬美姉さんはどうなったのかと言うと、ゲームを手放したことによる反動なのかは分からないが、猛勉強の末に一般入試で地元では有名な私大に合格を果たした。

 まぁどうせ、合格したんだからまたゲームでもやるんだろうなと僕は思っていたのだが、合格発表を終えてすぐに冬美姉さんが手を出したのはゲームとはなんにも関係の無いファッション雑誌やら化粧用品などの、非常に女性らしい物ばかりになった。


 これには驚いた。中学一年生の終業式から帰ってみれば、見違えるほどに美人になった姉が「お帰りなさい」と玄関から出て来たのだから。「冬美姉さんのお友達ですか?」と危うく訊ねてしまいそうになったことは秘密である。

 そんなわけで、中学二年生になってからはクラスメイトの男子女子問わず、「大学生のお姉さん、美人だよね」なんて言われるようにもなったのだが、人見知りに加えて優柔不断、そして臆病者の根暗である僕にとっては、この上ないほどの苦痛であった。一時期は美人になった姉を恨んだほどである。


 その苦痛から逃れるためか、僕はふと冬美姉さんがゲームをやっていたことを思い出し、そして押し入れに封印されたVR機材の幾つかを引っ張り出した。『冬美姉さん浪人の危機事件』の際はゲームなんてものには興味が無かったし、僕自身、反面教師としてゲームなんかに触れることすら無かったのだけど、まぁしかし「悪いことをしているよな」と思っているときに限って、悪いことは重なるもので、僕がVR機材を引っ張り出しているところを、鍵を開けて帰宅した冬美姉さんに見事に目撃されてしまった。

 これで僕もまた家族会議を開かれるのかと、心底、怯えたものだったが、そんな僕の頭を優しく撫でたかと思うと、姉さんは無言のままVR機材を僕の部屋に運び込むことを手伝い、そればかりか一部の機器については自身のアルバイト代から捻出して新調してくれるという謎の優しさまで発揮した。


 そして僕に一言だけ言い残した。「やるなら、加減を考えてやりなさい」と。それは本当に、自身が家族会議を開かせてしまうほどに危ない状態に陥っていた姉さんが言ってこその言葉の重みだった。


 その後、僕は冬美姉さんの言い付けを“守ることなく”、両親にとっては人生二度目の子供に対しての家族会議が開かれることになった。が、これについては、思い出したくもない。


 簡潔に言えば、このとき僕は両親に初めて殴られ、初めて泣かれたことぐらい。

 そして、冬美姉さんのあとを追うかのように僕もまた、そのときにプレイしていたVRゲームを放棄した。引退したのではない、投げ出したのだ。信じられない精神的苦痛を味わい、更には現実のなにもかもを信用できないという凄まじい疑心暗鬼に陥っていた。その後遺症は今も残っている。


 中学二年生の夏から冬まで続けていたVRゲームをやめたおかげで、中学三年生になったほぼ一年間は勉学に打ち込むことができ、無事に高校への入学を果たすことができた。高校に入学した僕は、一人暮らしをすることになった。家から高校まで遠いという理由もさることながら、両親に「人生経験の一環」という名目で一人暮らしをさせられたと言った方が合っているかも知れない。


 そして高校の入学式の前日、幼馴染みに「VRゲームをやらない? MO……MMOだっけ? まぁどっちでも良いから、前に(りょう)がやっていたやつ」と言われるまで、僕はVRゲームをまたプレイしようなどとは、塵一つとして思うことは無かったのだ。

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