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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第一章 -Encounter-
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勝負あり

「全力で行きますから、ウィンムルドを止めておいてください」

『……面白い子だなぁ、スズさんは』

 低ランクプレイヤーが高ランクプレイヤーに指示を出すという様は、観客にもおかしさを与えてしまっていないだろうか。

《あの子すげーって叫んでいるだけだから大丈夫だよ》

「だから心を読むなよ」

 ルーティは読心術の使い手であるという僕の仮説が現実のものになってしまいそうじゃないか。


 ウィンムルドはラクシュミが、“ちゃんと抑えてくれること”を期待して、あとはなんにも考える必要は無い。


 腰に差していたエネルギーライフルでホルンを牽制しつつ、仕返しとばかりに放たれるビームを一発浴びるも速度を落とさずに突き進み、ソードを引き抜く。


 やっとホルンをクリティカル距離に収めた。このまま左回りに機体を動かし、ホルンを右側から横薙ぎに斬り抜こう。


『スズさん!』


 通信に続いて、コクピット内にアラートが鳴り響く。モニターの右側の端に赤いマーカーが点滅し、右方向から攻撃が来ることを伝えている。


 アラートが鳴ったあとに動くと、予測していなかった場合、ほとんどが手遅れだ。


 人間の反応速度と操縦する速度は釣り合いが取れていない。頭では避けようと思っても、操縦桿を握っている両腕、そして移動や体勢を維持するための両足のペダル操作は考えた直後には働かない。


 純粋に僕の反応速度と反射神経、そして運動神経が劣っているという見方もできる。


 それでもがむしゃらにオルナを動かした結果、右方向から奔ったビームはオルナの右腕を貫くだけに留まり、撃墜からはギリギリ逃れることができた。代わりにジョイントを外さざるを得なくなり、右腕を失ってしまった。ソードは左腕で持っていたので、近接戦闘の武装を失わなかったのが幸いか。


『あんまり、暴れると先に弄んじまうぞ?』


 ホルンは射撃体勢に無かったし、視界外から攻撃が来るなら、ウィンムルドしかあり得ない。


 テオドラさんを相手取りながら僕に一瞬ではあっても狙いを向けられるなんて、意外と周りが見えているのか?


 いや、これは単純に――

「……下手くそ」

 小さく呟いてしまった。

《聞こえてるよー。そのまま毒舌にならないように抑えてねー》


 ルーティに言われ、怒りを堪えるも頭の中ではテオドラさんへの悪口や罵声ばかりが飛び交っている。


 テオドラさんは抑えるのが下手過ぎる。何度、ウィンムルドに抜かれているんだよ。剛剣の使い方は上手いのに、それ以外はサッパリなのかよ。


『大丈夫でしたか?』

「ええ、問題ありません」


 問題大有りだ、と言いたい。もっと早くにウィンムルドの動きを僕に伝えてくれればこんな一撃は喰らわずに済んだ。戦況把握があまりにも未熟だ。マップ画面はなんのためにあるんだよ。僕に気を向けているからそんなことになるんだ。気掛かりなら、僕に逐一、ウィンムルドの動きを通信で伝えて来い。


 そう捲くし立ててしまっても良いのだけど、それだと初心者じゃないってバレてしまうから、我慢するしかない。


「あー……僕の下手くそ、下手くそ、下手くそ。死んでしまえよ」


 更に小さく、自身に向けて呟く。


 不意を突かれたからってオルナの右腕の破壊を許してしまうなんて最低最悪だ。テオドラさんが抑えられなくても、僕が予測していればこの右腕の破壊はされずに済んだ。なんて僕は操縦が下手なんだ。なんて僕はダメなんだ。


 こんなだから、パッチペッカーにもナメられるんだ。


 項垂れたのち、顔を上げる。視線の先――モニターがホルンを捉えている。ホルンのエネルギーライフルによるビームを避ける。オルナの残された左腕でソードを握り直し、先ほどよりも更に速く、そして分かりやすいくらい大胆に真正面から距離を詰める。ジグザグには動かない。ただ、ホルンのビームを撃つタイミングに合わせて右に、そして左に避ける。マップ画面にも目を向けウィンムルドの位置も確認する。


 テオドラさんの注意は遅すぎる。もう自分で注意するしかない。

 装甲の損傷率は? 機体の耐久力は? 全てに目を向け、“まだ行ける”と判断を下す。


 逃げ出したホルンを左回りに追い掛けて、ソードのクリティカル距離に入った。このあとの操縦にはシステムアシストが弱めだが掛かる。オルナは僕の操縦を無視してホルンまでの距離を勝手に詰めてくれる。

 逆にホルンは、オルナの剣戟をシステムアシストに頼らず避けなければならない。しかし、そのような動きはどこからも見受けられなかった。

 一撃目は左肩から左足にまで至る袈裟斬り。ソードでホルンの装甲を引き裂きながらブーストを掛けてウェイトを殺し、すぐさま二撃目の逆袈裟斬りを繰り出す。ソードを振り切る前にバックダッシュを加えて、直後の硬直を殺して、ホルンから離れる。


 まだ少し足りない。


「でも、手遅れだ」

 ホルンへと投げたソードは、胸部を刺し貫いた。破裂音と電流が奔り、続いて大きな爆発エフェクトが起こる。


『勝負あり! 勝者、テオド、』

『まだ終わってねぇ!!』


 ウィンムルドがオルナへと突っ込んで来る。

「不可解なバックダッシュには慣れました? なら、あとは隙を作るんで、お願いします」

『え……はい』

 マップ画面を注視していたのでウィンムルドの位置は把握している。アラート音は左斜め後方からの攻撃を伝えて来る。


 左の肩部パーツのパージを行う。一秒にも満たない無敵時間を左肩近辺に展開させる。ウィンムルドの閃刀はオルナではなく、パージによって弾けた装甲を無意味に斬り裂く。

 パッチペッカーはなにが起こったのかも分かっていないのだろう。だから閃刀を振り切ってしまった。これではウェイトは殺せない。


 つまり、上空から今まさに叩き付けられようとしている剛剣は避けられない。


 しかし、悪足掻きとばかりにウェイトを無視したバックダッシュをウィンムルドは行う。

『そう来ると思っていました。だから!』

 だから、ラクシュミの剛剣はウィンムルドのやや後方目掛けて振り下ろされていた。アラート音だけでは距離感は掴めない。それも頭上ともなると避ける場合は最大の注意を払わなければならない。けれど、パッチペッカーはそれも分からずにウェイトを無視したバックダッシュを使った結果、自分で剛剣の攻撃範囲に入った。

 恐らくは、そのまま硬直が解けるまで待っていたならば、掠りもしなかったその剛剣に、ウィンムルドは頭部から叩き潰され、激しく明滅し、オルナとラクシュミが離れたところで爆発エフェクトが起こる。

『認めねぇ! こんなのは認めねぇからな!!』

 パッチペッカーさんの叫びが耳に入ったが、面倒臭いので返答はしないでおく。


「疲れた」

 それが率直な感想だった。


 きっと、ネカマプレイを始めてからルーティ以外と組んだことが無いからだ。彼女と培った阿吽(あうん)の呼吸、情報共有の速度に慣れてしまっていたので、テオドラさんとのチームプレイは、どうにもやり辛いことこの上なかった。なにより、ルーティは僕のことを分かっている。分かってくれているから、僕もそれに応えようと頑張れるのだ。そういった違いが、そのまま疲労に出たのだろう。


『しょ、勝負あり! 勝者はテオドラさんです!!』


 主催者の宣言もあり、ようやくモニターに『You Win!』の文字が浮かび上がり、『30秒後にルームへ戻ります』と表示されてカウントダウンが始まった。


『勝ちました! スズさんのおかげです!』

「私も楽しめたので、ありがとうございます」


 社交辞令的にお礼を言ったのではなく、本心だ。悪口や罵声が頭の中を満たしていたが、結局、ラクシュミとの連携が上手く行かなかったのは僕の操縦の甘さ、そしてテオドラさんとの作戦を立てる時間の少なさが原因だ。

 確かにウィンムルドを抑えられないという点でイラッとはしたが、そもそも護衛される側のArmorが、護衛されているArmorを撃破しに行っている時点で、色々と間違っているので、彼が戸惑ってしまったとも受け取れる。

 そうやって、最終的には相手は悪くないと結論付けようと努力する。しかし、テオドラさんに対する苛立ちは消えてくれそうにない。


 そもそも僕、とんでもない嘘をついているからなぁ。


 そう思うことで、テオドラさんへの申し訳なさで脳内を満たすことにした。これで苛立ちは少しは薄まってくれるだろう。


 30秒経って、僕は観戦サーバーに戻された。フレンドリストでルーティの接続状態を確認するが、もう空中闘技場から出てログアウトしてしまったようだ。結末を見て満足したんだろう。

「はぁ、私もログアウトしようかな」

 ルーティが居ない、そして人目の多いところなので一人称を『私』にして、呟きつつ観戦サーバーからアズールサーバーへの転送を行おうとコンソール画面に指を滑らせる。


「ありがとねー」

 そんな最中に、背中に声を掛けられたので振り返る。


「あなたのおかげで、『スリークラウン』の面目は守られたっぽいね。みんなはきっと、テオドラの強さと、あなたを選んだ冷静な判断力を謳うだろうけど、それは大きな間違いだと思うんだよねー」

「はじめまして、『雷狼』さん」

「あ、うん。はじめましてー」


 はじめましてじゃないんだよなぁ。


 こういうときに限って、会いたくないプレイヤーと出会ってしまった。

「まさか『雷狼』さんに声を掛けてもらえるなんて、思いませんでしたー。でも、こういった大会には興味が無いと噂では聞いていたんですけど」

「興味はあるよー。ただログイン時間に制限があって、今は普通はログインしちゃダメって言われてるだけ。まー、その約束を破っちゃって怒られることになりそうなんだけどねー。怒られることよりも、『スリークラウン』の面目の方が大切かなーって。あなたが居なかったらあたしが出てたかなー」

「……嘘を言わないでください」

「あれー嘘だって分かっちゃったー? おっかしーなー、どこかで会ってる?」


 会っているというか、遭っているというか。


 『雷狼』は異名であって、プレイヤーネームではない。この子供っぽいプレイヤーキャラクターの名前は『にゃお』。『スリークラウン』のサブギルドマスターだ。

「目立ちたがり屋ではないと、聞いていますので」

「今回はさー、テオドラのお披露目会みたいなものだったんだよー。でもさ、あんなことがあったから、結局、失敗に終わりそうなところだった。それをどうにかこうにか乗り切ったけどー、次はどうかなー?」

「テオドラさんは強いと思います」

 僕のテキトーに言い放った「隙を作りますから」という言葉に全幅の信頼を寄せた。メールを送っただけの僕を、信用した。それは簡単にできることじゃない……と思う。うん、多分。

「そっかー。まー、強いことは分かってんだけどねー」

「もう、良いですか? 急いでいますので」

「うん、ありがとー」

 立ち去ろうとする僕の背中に、にゃおが一言だけ付け加える。

「あたしを一目で『雷狼』だって見抜くなんて、どこかで会ってる?」

「まっさかー」


「あたしのことを、『にゃお』として知っている人は居るけど、『雷狼』だって分かる人は極少数だよー? 次からは気を付けないと、勘繰ってしまうからねー。“リ・ョ・ウさ・ん”」


 僕は逃げるように大会サーバーをあとにした。

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