純粋な戦い方
ようやく分かった。テオドラさんがラクシュミの装甲を薄くしているのは剛剣を持つと重量制限に引っ掛かってしまうからだ。
剣、刀にも種類はあるけれど、剛剣は斬るのではなく拉ぎ折るための剣身だ。
重い上に振りが大きく扱い辛い。閃刀よりも玄人好み。
そして特殊な武装の展開方式となると、剛剣の中でも特に改造に手間の掛かる『ダイダロス』だ。
やっぱりテオドラさんは馬鹿なんじゃないだろうか。特に協力が求められる2vs2で、剛剣を選ぶか普通。僕なら選ばない。じゃぁ、あの剛剣はパッチペッカーと同じく、彼の拘りだ。同じ拘りなら向こうの閃刀にしておいてくれよ。
勘弁して欲しい。扱いやすさでは閃刀が圧倒的に優位だ。なにより剛剣よりも隙が少ないので、ラクシュミの剛剣が一回振るわれる間に、ウィンムルドは二回以上は閃刀を振るうことができる。
ラクシュミは剛剣で空を切り、そのまま右腕を後方へと持って行き、合わせて、接近するウィンムルドへとブーストによるダッシュを行う。
ウェイト――機械的事後動作を殺した。システムアシストによって剛剣を振ったあと、数秒はどのような操縦も受け付けない。しかし、振り切る前に別の動作を入れることでこのウェイトをカットすることが出来る。いわゆるウェイト殺しというものだが、これができるということは恐らく、テオドラさんはディレイ――機械的事前動作も殺せる。
ウェイトを殺したラクシュミはそのままブーストの勢いを付けたまま剛剣の振り動作に移行し、ディレイを殺す。それをウィンムルドが閃刀で受けながら、横へと力を流す。そしてその後に来るはずの硬直をラクシュミが再びブーストダッシュを行うことで消し去り、ウィンムルドの反撃を避ける。
セミオート……いや、マニュアルか。剛剣による一撃離脱をあそこまで正確にやれるのは、マニュアル操作だけだ。
「……凄く上手い」
思わず操縦するのを忘れてしまうくらいに剛剣を構えてから振り切り、離脱するまでの流れが綺麗過ぎた。そんなテオドラさんの驚異的な操縦技術によって動かされるラクシュミは宙を自由自在に舞い踊り、ウィンムルドの斬撃を寄せ付けない。
僕に逃げ回るだけで良いと言ったのは、これほどのプレイヤースキルがあるからか。変に疑った僕が反省しなきゃならないな。
マップ画面を眺め、パッチペッカーのフレンド機を探し、その動向を探りながらもラクシュミとウィンムルドの斬り合いを眺める。援護射撃の一つでもするべきところなのかも知れないが、それでウィンムルドがこっちに来てしまうと、迷惑を掛けてしまう。
どうやら両者揃って近接戦闘が大好きなようなので、その行方をこのまま見守ってしまっても構わないだろう。幸い、向こうのもう一機も動き出していない。
それが不穏に思えるところだが、動き出したならば即座に逃げるぐらいの気の張り方ぐらいはやっている。
続くラクシュミの剣戟に対して、ウィンムルドがラクシュミの右側にブーストを掛けて避けようとした。
避けるのは正しいけれど、そっちは不正解だ。
この時、かわすならば左側が正解。なんとなく、“直感的”に思った。
その直感が的中し、ラクシュミはウィンムルドを逃さまいと右腕を精一杯伸ばして、横一閃――大薙ぎに振り抜いた。左側に逃げていれば到達のタイミングが少しは遅れる。でも右腕側に寄ったせいで逆に到達を早めたことになる。これは誰でも避けられない。
『おっと!』
決まったな、と思ったがウィンムルドが直後、バックダッシュでもしたのかラクシュミの攻撃範囲から逃れ出ていた。テオドラさんも不審に思ったのか、即座にウェイトを殺して一旦、ウィンムルドにエネルギーライフルで引き射ちしつつ、距離を取った。
「今のは、おかしいな」
『今の、なにかしましたか?』
僕とテオドラさんはほぼ同時に疑問を口にしていた。ただし、僕の声は通信をしていないので、向こうには届いてはいないけれど。
《なにがおかしいの?》
代わりにルーティの個人チャットには届いたらしい。開きっ放しにしていたのは許可を出したからだけど、独り言まで送られていないかちょっと心配になった。
もしも届いているのならば、死にたい、なんだか物凄く死にたい気持ちになった。自分が意識的に口にしたのは、操縦が上手いことだけだけど無意識の内に他のことも口走っていた可能性もあるのだ。それがルーティに聞かれていたとしたら、あとで茶化されるのが目に見えている。
けれど、平静を装ってルーティの質問には早々と答えてしまおう。
「横にブーストを掛けて、硬直も無しにバックダッシュができるかなって話だよ。特定の動作でウェイトを殺したようにも見えないし。確かにバーニアとスラスターの性能が高いなら、うねるような避け方はできるけど」
《でも、ウィンムルド? だっけ。直角に避けたよね?》
「一度、ブーストを切ってからバックダッシュを掛けたみたいだっただろ? 直角の避け方はさすがにウェイトが生まれるよ。なのに、それが無かった。ブーストのウェイト殺しなら幾らでも見たことはあっても、ブーストを掛けた状態からの直角避けなんて見たことも聞いたこともない」
『お前の目が悪いだけだよ!』
ビックリした、自分に言われたかと思ったじゃないか。そういや、テオドラさんはパッチペッカーに訊ねていたからその返答か……。
ウィンムルドは距離を一気に詰めて、閃刀がラクシュミに奔る。ちゃっかりとエネルギーライフルを連射した直後の硬直を狙って来た。戦法自体はよくあるものだけど、パッチペッカーの抜け目の無さが窺い知れる。
『そんな一撃!』
姿勢を崩す形ではあっても閃刀を避ける。ここは地上戦では無く空中戦だ。バランスを崩したところで、追い討ちをきっちりと凌ぎ、そして最低高度に至らない限りは幾らでも立て直しが利く。
ラクシュミはブーストダッシュを掛けた際に残る慣性の法則で更に前方へと進みながら、弧を描いて下降して行く。そして振り返り、そしてバーニアからガスを噴射させ、バランスを維持して、ウィンムルドと向き直った。
厄介だな。
『厄介ですね』
下降したせいで二度目はない。僕なら一旦、上昇することを考えるけど、ここですぐさまその判断を下すのは得策じゃない。だから、動けなくなる。
ラクシュミもまた動いていなかった。あのウィンムルドの奇妙な避け方に気付いた点から、今に至るまでの僕とテオドラさんの思考はほぼ一緒だ。ここまで思考が重なると、イケメン相手でも親近感を抱かずにはいられなくなってしまう。
「テオドラさん、ミサイル迎撃が来ます」
『分かりました。初心者には難しいかも知れませんが、どうにか避けて下さい』
ボーッとしていられるのもどうやらここまでらしい。マップギミックである空母によるミサイル迎撃が始まった。しばらくはこのミサイルを撃ち落とすことに気を向けることになるので、これでラクシュミとウィンムルドのやり取りは振り出しに戻るはずだ。
「え?」
『なっ!?』
空母から発射されたミサイルの全てが、僕の乗るオルナとラクシュミに向かって来ている。割合で言えば8:2だ。馬鹿げた量のミサイルがArmorである僕の機体へと向かっていることになる。
ホーミング性能を備えたミサイルだ。これは動かざるを得ないが……どこまで初心者振れば良いんだ? ちょっと困ったな。
確率論なるものを僕はこれっぽっちも専攻してはいないが、このマップにおける空母のミサイル迎撃は完全なる中立の立場からのもので、一発二発が敵味方のどちらかによけいに向かうことはあっても、全てが片方にばかり向くなんてことは無かったはずだ。
「まさか、武装にギミックハックを取り入れて……だからあっちのArmorは動いていなかったのか。僕と同じで二人の戦いに見入っているとばかり……いや、確かにこのマップじゃ有効だけどさぁ」
そんなもの選ぶか普通。選ばないよ、選ばない。正々堂々と戦う大会で、そんなものを装備する必要性を感じない。『空母上空』マップだから選んだにしても、これはブーイングの嵐を浴びること前提じゃないか。せめてミッションで使えよ。ミッションですら有用なギミックハックできるマップは限られるけどさぁ。
『くっ、僕は避けられてもスズさんは』
『さっきからあんまり動いていねぇところを見ると、そのArmor乗りは初心者だろ? このままミサイルで撃墜されりゃ、俺たちの勝ちだ!』
嫌いだ。
確かにギミックによって有利不利が生まれることはある。勝負は時の運とも言う。だから、運が良かったや悪かったで済ますことが大概だ。
でも、パッチペッカーとそのフレンドの戦法は少々、運ゲーが過ぎる。
なにより、プレイヤースキルで勝負しようとしていない。それで大会に出て、勝利を収めようなんて、姑息な真似にもほどがある。
「嫌いです嫌いです嫌いです嫌いです」
『スズさん?』
「そういう勝ち方をする人は、大嫌いです」
だから僕は、純粋にプレイヤースキルで勝ちに行こうとしているテオドラさんを勝たせることにした。ちょっとだけあった「負けても良いや」という感情はもう、僕の中から消え失せた。
ブーストを掛けて、まずその場から離脱する。続いて翻り、エネルギーランチャーを肩に起こして充電を開始させつつ、ミサイルの一つ一つをエネルギーライフルによるビームで撃ち落とす。狙うのは密集した直後だ。一つを爆発すれば、それがそのまま誘爆に繋がる。
更に高度を上昇させ、十数秒の時間、残っているミサイルに追い掛け回されたところで充電が終わったところでエネルギーランチャーの一発を放出する。再び密集していたミサイルを、これで全て撃ち落とした。




