テオドラ
「手、繋いで帰ったこととか憶えてる?」
「へ?」
特等席はどこか無いものだろうかと二人して観戦席を探していると、不意にルーティが訊ねて来た。
「ほら、ずっと昔だけど」
「幼馴染みなんだから手を繋いで帰るとか普通じゃん?」
おどけて見せたが、ルーティはジト目で僕を見つめて来る。ああ、完璧に見抜かれてる。にしても、そんな昔の話を持ち出すなんて、心境の変化でもあったのだろうか。
「なんか、遠くの高校に入ったのは私から離れたかったから、みたいなところがあったりしなかった?」
「無い無い。そんなのは全然無いから」
むしろ、僕は理沙と離れてしまっても生きて行けるかなと不安になったぐらいだし。
「今、こうやってゲームの中とは言え、ルーティと会えるのはとてもありがたいし」
素の自分を出せる相手が傍に居てくれるだけで落ち着けるのだ。だから、理沙がこのゲームをやるようになってくれて感謝しているのは本当だ。
……ただ、僕が思っている以上にゲームの知識は入ってしまったみたいだけど。
「それなら良いけど」
段々と赤裸々なことを暴露することになってしまいそうなので話題を変えてしまおう。
「ルーティも立ち見が嫌だったら、席を早く探してよ。試合が始まっちゃうよ」
「だけど、ルール決めや準備時間もあるし、実際の試合開始はあと五分後くらいじゃない?」
「こういう時だけマイペースだよね、ルーティって」
時間はちゃんと守るのに、なんでだろう。
僕は項垂れつつ、ルーティと一緒に見晴らしの良い席を見つけ、どうにか腰を降ろすことができた。
『アズールサーバープレイヤーの親睦大会』。これが今回の大会名である。安直すぎるが、難しい言葉を並べ立てられるよりずっと良い。こういうのは分かりやすいのが一番なのだ。
地上戦は選べず、空中戦のマップはランダム。ルールは試合開始前にじゃんけんで勝った側のプレイヤーがくじを引いて決められる。ストック制か制限時間有りのポイント制か、はたまた制限時間無しのデスマッチか。
こういったルールやマップの自由度は、開催日時、終了日時などが決められている公式大会と異なる点が、プレイヤー主催の大会の醍醐味とも言える。
また、トーナメント式ではなく、総当たり戦だ。これは参加するプレイヤーがより多く、試合をしたいという希望のため変更となった部分らしい。詳しいことは主催者のブログに書いてあった。
観戦席は空中闘技場。席そのものが宙に浮いていて、足元はまるで硝子張りの如く、無色透明である。足場という概念に、透過率を100%にでもして作ってあるのだろう。高所恐怖症の人が居たら真っ青になるほどに空の上である。もっとも、『Armor Knight』をプレイしている人に高所恐怖症の人が居るとも思えないけれど。
とは言え、これ……場所によっては女性キャラのスカートの中を覗けてしまうんじゃないだろうか。下から覗く場合のみ、透過率が変わる処置でもなんでもしてくれていれば良いけど。
「スズって、プレイヤー主催の大会のほとんどに興味無しって感じだったけど、今回は喰い付きが良かったね。どうして?」
「僕らが居るサーバー名は?」
「アズールサーバーだっけ? 通称、対人ガチ勢しか居ないサーバー」
「うん、後ろのはよけいじゃないかな」
「スズが居るんだから当たってると思うんだよねぇ」
やっぱりそんな風に思っていたのか。しかし、適当な返しが思い浮かばない。ここはもう話を続けて流してしまおう。
「大会に出る人って名を売りたいだけの目立ちたがり屋ばかりだと思っていたんだけど、ここ最近のネットにアップされている大会動画を見てみると、意外と腕前も確かな人が多いみたいで、こうして間近で見たら、盗めるものが無いかなぁと考えたわけ」
ルーティは「なにそれ」と呟きながら、「うーん」と唸る。
「でも、見て学ぶものがあったりするのかなぁ? 結局、動かすのは自分なわけだし」
「少なくとも立ち回りは学べるから」
「そっか……真似できる技術があるかどうかは別だけど」
「最終的には自分の物になるよ。上手い人の操縦技術は、本当に見る価値があるから」
なんでここまで僕がオススメしているみたいな流れになっているんだろう。最初に大会を観戦したいと言って来たのはルーティの方だった気がするんだけど。
「あっ、でもでも、BBSのスレッドで見たけど、テオドラさんが出るんだよね?」
その名前が出た途端、僕は急激に冷める。
「へー」
「なにその興味の無さそうな反応」
ギルド『スリークラウン』のテオドラ。その名前を聞いて、こういった反応をしない男は恐らく居ない。
僕は今、表面上は女だけども。
「だって、テオドラってイケメンキャラだし。リアルでもイケメンとは限らないのに女性人気が高くて嫌いだ」
「僻みはそれくらいにしなさい」
「え、なに? ルーティはイケメンが好きなわけ?」
半ばヤケクソになっていた。どうしてイケメンキャラ相手に自分は張り合っているのか、馬鹿馬鹿しいくらいに謎だった。
「ゲーム内では」
「じゃぁリアルでは?」
「あー、まぁ教えない」
僕もよく言葉を濁して逃げるけど、ルーティから逃げるなんて珍しいこともあるもんだ。
「一回戦目がテオドラさんで良かったねー、お願いだから節度のある応援ぐらいにしてよー」
棒読みで注意を促す。隣で黄色い歓声を上げられては、こっちはこっちでたまらない。
「だから僻まないでよ。それに、知っているだけでファンじゃないし。それで、テオドラさんの対戦相手は?」
僻んでいるのだろうか。僕は僕の感情を上手く説明できないので、ルーティがそう言うのであればやはり僻んでいるのだろう。
さすがに「イケメン死ね」とまでは言わないけど、ネットでくらいそういった妬み僻みといった感情を抱かせないで欲しいものだ、という勝手な押し付けがましい気持ちをどうにか抑え付ける。
「テオドラさんの対戦相手は……パッチペッカーか」
「知り合い?」
「以前に少しだけ話をしたことがある程度、かな」
逆にテオドラさんとは会ったこともない。僕が『Armor Knight』をやっていなかった時期に始めたプレイヤーだろうか。それに、あの『スリークラウン』に所属しているなんて、それはもう相当な実力者に違いない。
宙に指を滑らせてコンソールを開き、大会参加者の情報を確認する。
「テオドラさんの機体名はラクシュミ、か。女神を駆るイケメン……なんか、ムカつくな。鼻に突くって言うか」
機体名についてはプレイヤーが独自に付けることができる。可愛さを取ったり、格好良さを取ったり、或いは神話やその辺りから引っ張って来る人が多い。テオドラさんも例に漏れず、といったところか。プレイヤー名すらそっちから持って来ている。テオドラは、昔の女帝の名前だ。
あれ? でも、男なんだよな? どうして女帝の名前なんか付けたんだろう。
午後六時となり、開会式が始まる。
恐らくは今回の大会の主催者であるプレイヤーが空中闘技場に設けられた壇上に立ち、観客に向かって開催の旨と諸注意などを告げて行く。
「こういう催し物は、なんだかワクワクする」
「楽しいよね。リアルでもサッカー中継とか面白いし」
ルーティは体を上下に揺らしながら主催者の話に耳を傾けていた。よくあんな堅苦しい話に集中できるよな、とやや感心したのは内緒である。
「サッカーの仕組みが分かる人なら面白いだろうね」
理沙は陸上部所属の運動神経抜群の女の子だ。僕は平々凡々だから、そういったスポーツに対して物凄く興味が薄い。
「スズだってセンスはあるんだから、ちゃんと部活動に入って基礎体力を付ければ、スタメンに入れそうなんだけどなぁ」
これが本当の意味での慰めなのかも知れない。幼馴染みにすら気を遣われるとは、やはり僕の身体能力は平々凡々ですらないのかもと一層、不安になってしまう。
「リアルもRPGみたいに能力値を確認できて、レベルアップでステータスが伸びれば良いのに」
ステータスの可視化ぐらいできるようになれば、僕だって足りないものを補うように努力するかも知れない。
「それ、ゲーム廃人の言い訳だよ……」
ルーティは呆れて溜め息をついていた。
へぇ、じゃぁやっぱり、リアルはクソゲーじゃないか。ステータスが見えないんじゃ、やる気も起きない。そもそも恋愛イベント、又はお見合いイベントを起こさないと結婚できないというのが厄介だ。そしてそれを起こす条件は不明、或いは人それぞれだなんて、攻略法すら見つけられないじゃないか。
すっかりとゲーム脳に毒されていた僕が鬱々と文句を頭の中で並べ立てている内に主催者の挨拶も終わったらしい。壇上には第一回戦のカードであるテオドラさんとパッチペッカーが立ち、じゃんけんをする。
勝ったパッチペッカーがくじを引いている最中に、空中闘技場の左端と右端に両者の機体が転送されて来る。




