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西暦2087年6月4日、晴れ。最低気温18℃。最高気温26℃。
そんな情報を家を出る前にテレビで見た。天気など、別にどうでもよかったが。
ふと空を見上げてみる。見上げた際に、雲の割合が何割から何割までだったら晴れだと学校で習った気もするが、別にどうでもいい事だからだいぶ前に忘れた。
雲は良い。決まった形はなく、風に流されるだけだ。雲になりたいと思った事は指を折って数えられる数ではない。
視線を前に戻す。車窓が割れ、車内に脳漿をぶちまけた男性が乗っているトラックが街灯に突っ込んで止まっている。
一瞥して横を通り、当てもなく街をフラフラ歩いていると、ゾンビが襲いかかってきた。ゲームでよく見るような、血の気がない肌をしているゾンビだ。千鳥足でハラワタをずるずると引きずっている。ふと、あれを引っこ抜いたらどうなるのかという考えが頭をよぎった。
「……はあ」
面倒くさい。誰か代わりに引っこ抜いてくれたらいいのに。
そう声に出すのは面倒だから心の中で小さく呟くと、ゾンビの動きが止まった。徐に自分のハラワタを掴むと、引っこ抜き始めたではないか。そして、引っこ抜き終わると、その場に倒れて動かなくなった。
「……ふぅん」
ゾンビは内臓がなくなると、動かなくなる。そう結論が出たところで、再びフラフラと歩き始めた。
さっきからポケットに入れたケータイのバイブ音が止まらない。妹からだろうか。平日は毎日起こしにくるような、邪魔な妹ならありえる。
「……はあ」
このままだと鬱陶しいから、ポケットからケータイを出す。俗にいうガラケーだ。ケータイなんて必要としないが、家族から持っておけと押し付けられたやつだ。自ら触ったことはない。
『やっと出た! お兄ちゃん今どこにいるの?!』
『こっちは市立体育館に避難していて、他にもいっぱい人がいるの! それでね、……』と、聞いてもいないのにペラペラと話しかけてくる。鬱陶しいこと極まりない。
「……はあ」
『あ、ごめんねお兄ちゃん! マイが悪かったから切らないで!』
マイとは誰なのだろうか。もしかすると、妹の名前かもしれない。
「……で、何の用だ? お兄ちゃんは忙しいんだけど」
『そうそう、お兄ちゃんはどこにいるの?』
「んーと……どこかな?」
『そんなことだろうと思ったよ。ちょっと待ってね』と呆れた声が聞こえてくる。GPSとやらでこちらの位置を調べているのだろうか。スマホは様々な機能が付いていて便利だとは思うが、そんなにケータイは使わないし、充電が減るのが早いらしいし、落としたら画面がヒビだらけになって使えないんじゃないかと考えるとガラケーのほうが良い。
学校で何でガラケーなのかと聞かれた際に、そう答えるとジジイみたいと笑われたような事があった気がしないこともない。
『……あ! お兄ちゃん意外と近いとこにいるじゃん!』
迎えに行くから、と妹が言おうとした瞬間、窓ガラスが割れるような音と、それに続いて悲鳴が聞こえてきた。
『嘘!? ここって安全じゃないの!?
とにかく、迎えに行くからそこ動かないでじゅ』
骨が砕ける音と柔らかいものが破ける音がした。妹の声も聞こえなくなった。
「……はあ」
ケータイをポケットにしまい、歩く。そういば、何故自分は歩いているのだろうか。何故こんな面倒くさいことを続けているのだろうか。とふと思いつき、歩くのを止めた。
その場に仰向けになり、ポケーっと空を眺める。やはり雲は良い。どうしたら雲になれるのだろうか。
「くそっ、やってられないぜ。何でオレがこんなとこ来なきゃいけないんだよ」
声がしたほうを目だけ動かして見てみると、不機嫌そうな表情の化物がいた。おとぎ話や神話にでてきそうなやつだ。人に蝙蝠のような羽と長く伸びた尻尾を付け加えて、体表を黒で染めたような化物。悪魔とかいうやつなのだろう。
「……ん? 何で道の真ん中で人が寝そべってんだ? まあいいや。憂さ晴らしに遊んでやるよぉ」
青年と目が合った悪魔は独り言を呟き、嬉々として襲いかかってきた。
「……はあ、面倒くさい。消えればいいのに」
青年がそう呟いた瞬間、消えた。半径300メートル内にあった全てが。
当然地面も消えたので、自由落下が始まる。その間でふと思い出したことを口にした。
「ゾンビって内臓引っこ抜いたらどうなるんだっけ……?」