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一話  入学式前

だるい……


本日快晴なり。くそったれが槍でも降りやがれ。格式ばった白地の制服のネクタイを緩め、ポケットから取り出したしわくちゃ入学のしおりをもう一度読み直すと、ため息しか出ない。絞首刑台に送られる囚人の如く重い足取りで進む俺を歓迎しているのであろう無駄に広く長い遊歩道も、今の俺にとっては嫌がらせ以外の何物でもない。なんせ、この1キロ近くある道も目の前に堂々と居座る校舎の敷地内なのだ。


流石、師走学園しわすがくえん。国立のエリート校め、どるんだけ金もってるんだよ。 


もっとも、エリートと言っても頭がいいわけではない。正式名、師走ウィザード成育学園。つまり、一定以上の魔力を持つ者を一流のウィザードに育てるために作られた学園だ。一昔前では物語の中にしか存在しなかったらしいが、今となっては人口の六割が大なり小なり魔力を持つ時代である。その中でもGグレード50以上という、高魔導士候補のみが入学できるできるのがエリート校であるここである。


そして、俺も高いG(グレード)をもって生まれたせいで……


「私がなにをした!」


凛とした少女の美しい声に、思考を遮られた。


「ッチ。メンドクセェ」 


紅色の髪した少女を明らかに不良な連中に囲まれていた。真昼間から盛りやがって、今時中2でももっと落ち着きがあるぞ。ハッキリ言ってメンドクサイ。とは言っても、俺にも多少なりとも良心はあるし何より一人の少女を複数の人間で囲むのはいただけない。


「そこをどいてくれないか。入学式に遅れてしまう」


へぇ~、やるなこの女。普通囲まれると怯えるものだが、逆に睨みつけてやがる。紅色の髪をリボンでポニーテールにし、気の強そうな琥珀色の綺麗な瞳。端正なつくりをした美貌である。


「なんもしてねぇだと……。しらきってんじゃねぇぞ!」


「人にぶつかっといて、詫びの一つもなしか!あぁん!」


「だから、それは其方の不注意によるものだろうが。こちらに非はないハズだが?」


「このアマ…舐めやがって……」

 

顔を真っ赤にする不良A。まあ、正論だな。傍からみても不良連中が言いがかりをつけているようにしかみえない。


「どうする才蔵?こいつ殺っちまうか」


「……その制服、師走学園新入生ですね」


一歩下がって騒ぎを眺めていたリーダーらしい男が少女を上から下へ値踏みするように見つめる。顎に手をあて見下している姿がやけに様になってまるで頭の足りない貴族をみているようである。


「だとしたら、どうなのだ?」


「ふ、…丁度いい。退屈な入学式前の余興だ。上級生の力を教えてあげましょう」


にやりと殺気立った笑みを浮かべ、ワインレッドのオーラが体から立ち上がり始めた。


「ほら、才蔵が本気出す前にさっさと頭さげろよ。今なら痛い目に合わずにすむぜ」


「断る!このようなくだらない事に魔力を使うような者に、誰が頭など下げるものか!」


「完全に頭にきた。この女、殺す!」


「舐めてんじゃねえぞオラァ!」


Aはオリーブグリーン、Bはクリームイエローのオーラを同様に立ち昇らせた。流石にこれ以上はヤバいか。


「おい、その辺にしとけ。野郎三人で女囲んで女々しくねぇのか」


女を庇うように前にたちふさがる。我ながらなにをやってるんだか。こんなことなら後十分早く家を出るべきだったな


「誰ですか貴方は?部外者は引っ込んでおいてくれませんか?殺しますよ」


「才蔵、こいつあれじゃねぇ。ヒーロー気取りのバカ」


「もしくは、自分からなぶられに来たマゾ野郎」


クスクス、ゲラゲラと勝手盛り上がる不良共にかなりの殺意が湧いてきた。殺していい?ころしていいよなぁ。俺もまた、凶悪な笑みを浮かべているのだろう。無意識に口元が吊り上がり、目元が細くなっているような気がする。 

  

「おい、キミ。相手は上級生だぞ!何を考えている」


制服の袖を引っ張ってきた女は、先程とは違い不安気な表情を浮かべていた。おそらくこっちが素なのだろう。と、言うかマジやめてくれ。涙目+上目づかいとか反則だろ。思わず告りそうになったぞ。


「キミじゃねぇよ。俺には斬島魁斗きりしまかいと名前があんだよ」

  

「お別れはすみましたか?それでは、いきますよ!!」

 

「「「instruere(展開)」」」


三人のオーラが右腕に纏われた。まさかこいつら全員……


焔双竜ほむらそうりゅう


金剛力鉄こんごうりきてつ

 

娑羅樹鞭さらじゅべん


魔聖具ませいぐ保持者か。魔聖具、個々の持つ魔力の根源と言われているもので、精神の最深部に存在する己の起源を認識することで展開装備できる常識を塗り替える唯一無二現実。師走学園の入学条件の一つだが、こんな子供喧嘩に展開してくるとはおもわなかった。


「おい、それを出すってことはもう後には引けねぇぞ。女、テメェは下がってろ。邪魔だ」


正直言って、俺も見た目はこいつらと同じだ。虚勢を張って周囲をバカにして見下して、そうでもしていなければ生きていかなければやってられない世界で生きてきた。だからか、穏便に済ます気持ちはあった。だが、もう関係ない。こいつらはやってはいけないことをやりやがった。


「無茶だ!いくらなんでも3対1では分が悪い。私も展開くらいならできる。3対2の方が勝つ可能性が高いハズだ!」

  

「貴女は見ない方がいいですよ。これからするのは、一方的な暴力ですからね。ほらキミ、早く魔聖具を展開しなさい。少しは抵抗してくれないとせっかくの余興が楽しくありませんからね」


「いわれなくてもやってやるよ。後悔しやがれ。俺の前で魔聖具を展開したことをな!」

 

体から鉄黒色のオーラが噴き出した。俺の怒りを表すかの如く力強く脈打ち、体全体をすっぽりと覆いチラリと覗いた瞳は血のように赫かった。


「instruere」



                 ☆★☆★  


斬島魁斗と名乗り、勝手に話をややこしくした黒髪長身の男。着崩した制服や目付きの悪さからあいつらと同類かと思ったが、どうやら違うらしい。口が悪く頭も悪そうだが、善意をもって私を助けようとしてくれている。そこには好意がもてるし、感謝もしている。ハッキリ言って一人で上級生に挑むのは心細かった私には、柄にもなく乙女心をくすぶられる出会い方であった。彼の魔聖具……いや、魔力をみるまでは………


「instruere」


彼の鉄黒色のオーラが右腕に集まる。その時点で他とは一線を超えた何かを感じさせた。飲み込まれしまうかと思う程の深く濃い、普通なら体から滲み出る程度のハズにも関わらず全身を覆い隠すオーラ。そして何より思わず息を飲んででしまう程に巨大な、彼の持つ大剣。180はある背丈と変わらない幅広い刀身は峰側が櫛状になっているところから、ソードブレイカーに分類されるのだろう。


「なんだよ…なんだよそれは!」

 

理不尽といいたいのだろう。焔双竜と呼ばれた双剣よりも、金剛力鉄と呼ばれた斧よりも、娑羅樹鞭と呼ばれた鞭などよりも遥に強い何か感じさせるそれに。自分の起源、存在などその程度のものなどいいたげなそれに。


魅劫不滅之神鬼刄丸みごうふめつのしんきじんまるこいつを相手にする覚悟があるならかかってきな。命の保証はしないがな」


軽々と片手で大剣を持ち上げ肩に担ぐ。たったそれだけの動作で凄さが伝わってきた。おそらく彼は嘘を言っていない。もし、不良達が彼の威嚇を無視しそれでも挑んでくるようなら問答無用であの大剣を振るうだろう。もちろん、それこそ命を奪うつもりで……


「ふざけるな!ふざけるんじゃない!そんな馬鹿な、なんで貴様のような男が僕よりも上にいる!僕を見下す!認めない認めないみとめないミトメナイ!!」


発狂した様に魔聖具をもったまま頭をかきむしり始めた。


「おい才蔵、しっかりしろ!」


「ッチ、今日は見逃してやる。感謝するんだな」


展開していた魔聖具を元のオーラに戻すと才蔵と呼ばれた男を担いで足早に校舎の方にかけていった。彼はそれを追うこともなく、ただどこか哀しげな表情で見送ると大剣を解除した。


「おい」


「は、はい」


いきなり声をかけられたせいで思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。


「ケガはないか?」


「はい。おかげさまで助かりましたありがとうございます」


「気にすんじゃねぇ。気まぐれで助けただけだ」


「気まぐれでも行動に移せたこと自体が賞賛させることです」


これはお世辞でも何でもない本心だ。今の時代、自分に利益がなければ力があってもそれを振るおうとしないものばかりにも関わらず、彼は無関係な私の為に力を振るってくれた。それだけでも嬉しかった。


「貴方と会えて本当に嬉しい」


思わず零れた笑みと共にそう伝えると、彼はなぜか呆れ顔した。


「はあぁ、お前天然の男殺しだな。注意しろよ、俺じゃなかったら勘違いしてるぞ…」


「?言ってる意味が解らないが、さっきから女性に対して女やお前とは少し失礼じゃないか」


「失礼もなにも名前知らねぇし、他にどう呼べと?」


「私の名前は姫宮薫里ひめみやかおり


「さっきも言ったが斬島魁斗だ。…それじゃあな」


「あっ!」


校舎の方を向き片手を上げると、だるそうに去っていった。同じ師走の生徒なのだから、一緒にいけばいのに……。トクン、普通とは違うなにか熱く強い鼓動が体の中を走った。風邪でも引いたのか顔はほんのり紅色に染まっているし、少し胸が苦しい。何だろうこれは……。


「……斬島…魁斗。また会えるといいな」


本日快晴なり。澄み切った青空の下、まだ気づかない恋心をもった少女はもう随分と放されてしまった男に追いつくべく小走りで走り出した。

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