三限目 失笑
というわけだ。
うん。
……ゆっくり、今日あったことを思い返してみた。
そしたら出るわ出るわ、明らかに「あれ? なんかそれおかしくないか?」という出来事。
この学校の偏差値はさほど高くない。
僕みたいなやつでも無理して勉強すれば最低ラインは超えることができるくらいだ。
だけど、大半の学生が落ちる。それもペーパーテストを終えた後の、最後の最後の面接で。
その時は、なるほど! 単純な学力だけではなくて人柄とかを重視してるんだろうなー。なんてバカなことを考えていたけれど。
今なら分かる。
おそらくこの学校に入学できるのは……魔術師と呼ばれる存在だけだということだ。
教師陣が壇上に立ち、話し出すまでの間僕はひたすら情報収集に努めた。
その結果わかったのは、誰一人として「魔法って……何?」みたいなやつがいなかったのである。
……僕一人を除いて。
僕一人を除いて!!
特に他意はないけど、二回言ってやった。
ちなみに今はホームルーム中だ。
入学式のあと、僕らはそれぞれのクラスごとに分けられ自分たちのクラスに初めて入っていった。
皆、顔をほころばせこれから始まる新生活に期待を寄せいろいろな話をしている。魔法とか、魔法とか、魔法とかの話だ!
ええいっ! もう自棄だ! このやろー!!!
と叫びたくなる気持ちを必死に抑えつつ僕は作り笑いだけをしてさりげなーく集団から逃げ続けた。
下手に何か尋ねられて、頓珍漢な答えでも言ってしまったら……。
あくまでもイメージなんだけど、今の状況ってスポーツ推薦高校に間違って合格してしまったさえないもやし野郎だと思うんだ。
気まずさが半端ない。
「さて、これから皆さんは一年間を過ごすクラスメイトとなったわけですが……」
黒髪の超絶美人教師が黒板を背にして喋っている。
さすが魔法。クオリティが中学とまるっきり違う。
そうそう、自己紹介はすでに済ませてある。
正直今日一番の山場だった。
何をトチ狂ったのか最初のほうの奴が「得意な魔術は~」だとか意味の分からないことを言い出しやがったのだ。
まあなんとか乗り切れたわけだけど。
てか言い出したのはアダムだった。
あの野郎……。
「……というわけでだな、もし万が一一般人に学園の内部を知られたら速やかに教師に連絡するように。もしそういう事態になったら、教師が速やかに記憶を消しに行くからな。まちがっても自分たちで解決しようとするなよ」
教壇では禁止事項というか、学園内での禁止行為の説明をしていた。
……え?
「記憶を消す?!」
シーン。
叫んでしまってから、気が付いた。
周りを見渡すと突き刺さる視線の数々。
明らかにみんな不思議そうな顔でこっちを覗き込んでくる。
だって、記憶だよ? 記憶消すんだよ? なにを当たり前みたいなかおで聞いているんだよ。
……もしかしてこっち側ではそれは、当たり前のことなのか?
そして、もしかしてコレはばれてしまったのか?
つまり、僕が魔法を使えないってことが。
……使えないどころの話じゃなくて、そうまさしく先生が今言っていた記憶を消すべき「一般人」だと。
「……日野ぉ」
先生がめちゃくちゃ怖い顔して睨んできてる。
可愛い顔が台無しですよって言ったら殺されるだろうか?
「お前……もしかして」
だめだ。すでに頭はパニック状態でくだらないことしか思いつかない。
先生が教壇から降りて僕の方へやってきた。
皆の視線が僕から先生へと移り、そしてまた僕に帰ってきた。
そして先生はゆっくりと手を伸ばし、僕の肩において……こう言った。
「もしかして、めちゃくちゃ予習してきてるだろ?」
「すみませんでしたっ!」
……ん?
「何を謝っているんだ? 日野、私は感動しているんだ。一年でありながら今のところに疑問を持つとは……なかなかに魔術に精通しているなぁ。ふふん、やるじゃないか。皆、彼を見習うように」
んん?
「せ、先生? えっとどういう意味でしょうか?」
僕があっけにとられている中、まじめな委員長っぽい三つ編み少女が手を挙げて質問した。
あれ? なんで僕褒められているんだ?
わからん。
わからないけど、もしかして助かっ……!
「仕方がないな……。あー、日野以外でわかるやつ! いないなら日野に答えてもらうが」
……てない!?
ウソだろ、と周りを見渡すとアダムと目があった。
しばらくきょとんとこちらを見ていたアダムだったが、不意にニヤッと笑うとまっすぐピーンと手を挙げた。
「ん。アダム」
「簡単ダ。記憶消去には、消去限界時間があル。ツマリ便利だガ不確かな方法で、隠蔽魔術としては二流と言わざるヲえない……。なのにこの学園はそれを正規採用シテル。そういうことダロ?」
「正解だ。さすがだな。しかし、アダム。教師には敬語を使え」
どうやら今度こそ助かったみたいだ。
アダムはこっちに向けて、にやにや笑い続けている。
「まあ、つまりだ。この学園の記憶消去法は一般的な魔術のそれと大きく異なっている。だからこそ、記憶消去なてものが正式採用されるってわけだ」
「じゃあ先生! この学校で時々、三歳児並みの脳しかもたない一般人が発見されるのって何か関係あるんですかー?」
「さぁ? なんだったら確かめてみるか、高杉?」
クラスのお調子者風の奴がからかい交じりの声で担任に尋ねる。
それに対して、教師も冗談交じりの声で答えっクラスは爆笑に包まれた。
って、笑えるわけねーだろっ!!!??