二限目 回想
「以下のものの、本校への入学を許可する」
……何度読んでもうれしくて、目頭が熱くなる。
正直、数学の試験で得意のベクトルが異常に難しかった時点で半分あきらめていたのだ。
しかも面接でもあまり好印象を持たれなかったみたいだし……。
しかし、今僕が手に持っているこの紙が示しているのは僕の「合格」である。
「まさか、本当に受かっちゃうなんてなぁ……」
自分の部屋で一人だからといって、つい独り言をつぶやいてしまう。
だけど、本当にそれくらいうれしかったのだ。
もちろん第一志望校だった。
だから、ってのもあるけれどそれより何よりうれしいのが……。
僕は机のわきに置きっぱなしの学園案内パンフレットをてんにした。そして、受験生へと書かれたページをめくる。
そう、この学校にしたのはもちろんちゃんと理由がある。
校舎が綺麗だからとか、制服がかわいいからとかじゃない。もっと切実で、現実的な理由だ。
なんとこの学校、授業費が無茶苦茶安いのだ。それこそ公立高校なみの安さ。
どうももともと大富豪の道楽みたいにはじめられた学校みたいで、資金は潤沢にあるらしい。
ん?
それじゃあ安いだけで、公立高校と変わらない?
もちろん、僕がこの学校に受かりたかった理由はもう一つある。
まあ、そんなに引っ張る話でもないので簡潔に言うならここは学園の寮なのだ。普通のアパートぐらいの広さがあるこの部屋を、しかし無料で使えるというのは貧乏学生の僕にとっては非常にあるがたかったのだ。家賃、水道代、電気代etc. すべてが無料ただになるわけじゃないけれど、でもこの制度があるのとないのでは全く違う。具体的には一週間当たりのバイトのシフト量がちがう。
まあ、細かくいえばバイトも許可さえ取れば大丈夫だったり? そう言った他の要素が積もりに積もって、もはやこの学校以外には通えないくらいの奇跡的条件を兼ね備えていたのである。
……なんとなーく、いつもの「運」に助けられた気がしなくもないが。
この学校のパンフレットを拾ったのは本当に偶然だったしな。
とにもかくにも僕、日野ひの 正悟しょうごは今日天樹院私立高等学園に入学するのだ。
そして僕は入学式に出席するため体育館の前にやってきていた。
白く清潔感あふれる建物の前に、大きな白いボードがおいてあった。僕は受験の合否をネットで確かめたのだけれども、もしかしたらあそこに張り出していたのかもしれない。
体育館の周りは桜の並木道になっていて、なかなかに壮大だ。
敷地の中に山一個を構えるこの天樹院私立高等学園全体からみれば、大したものではないのかもしれないけれど。
そんなことを考えていたら受付のお姉さんに呼ばれた。
「ご入学、おめでとうございます。カードはもう登録しましたか?」
カード? 何のことかわからないが、少なくとも何かに登録した覚えはない。
だからとりあえず首を横に振る。
「そうですか……。もう間もなく入学式が始まりますので、式の後担任の教師に詳しくは聞いてください」
そしたら、軽く流されてしまった。
まあ、確かに時間はぎりぎり。お姉さんは僕に入学式のプログラムを渡すと、まだ受付を済ませていない生徒の方へといってしまった。
よくわからなかったけど、カードのことを担任に聞けばいいんだな。
よし、体育館へ移こう!
ドン。
……なんともどんくさい話だけど、振り返って拍子に後ろにいた少年に肩があたってしまった。
「あ、ごめん」
そう言って少年のほうを見る。少年も僕に背中を向けていて全く気が付かなかったみたいだ。
彼は人懐っこい笑顔で「気にスンナ!」と言ってくれた。
……少し、発音が気になったけれど少年を見て納得する。
少年は目の覚めるような金髪、健康的な小麦色の肌をしていて、そして何より目を奪われたのはその透き通るような青い瞳だった。
これで実は髪はそめてて肌は日焼け、目はカラーコンタクトとかだったら別の意味で驚くけれど。
僕が驚いた顔をしているのをみて、少年は不思議そうに首をかしげた。
思わず、「君は中等部の生徒?」と尋ねそうになってやめた。
そういえば、この学園は国際交流にも力を入れていて海外からの留学生を積極的に受け入れていると聞いた気がする。そして、向こうでは年齢ではなく実力に応じた学年、つまり飛び級制度が日本よりはるかに進んでいる。みたいな話だった気がする。
よくよく見れば、少年が来ている制服は僕と同じ新一年生の物だった。襟のカラーがブルーで、ネクタイに一本だけラインが入っている。
学年が上がれば増えていくシステムだ。
「僕は、正悟しょうごっていうんだ。君の名前は?」
「ショーゴ? 俺ハ、アダムだ。よろしクナ! そーいや、ショーゴはクラス何組だった?」
さすがに「クラス」の発音が良いアダムは、どうもまったく人見知りしない性格のようだ。
ん?
クラスってもう発表されてたっけ?
「そんなのどこかにかいてた?」
「ハハハハハ、ショーゴはおもしれーナ!」
わからなかったから聞いたら、爆笑された。
「そこにデカデカ書いてるじゃねーカ」
そう言って、アダムは何も書いていない・・・・・・大きな白い板を指さした。
先ほど少しだけ気になったボードである。
そしてまた僕の方をみてニカッと笑う。
「ショーゴのファミリーネームってナんなんダ?」
「え、えっと……。日野。 太陽の日に野原の野で日野っていうんだけど……」
一瞬、ファミリーネームがどっちか考えてしまった。
ってそうじゃなくて。
だから、どこにも書いてないじゃないか。とアダムを問いただすより前にアダムが僕の右手を叩きながら笑いかける。
「あれダロ? なンだ、俺と同じ三組ジャねーか。よろしくな! ショーゴ!」
そう言って、用事を思い出したとだけつぶやきあっというまにどこかに走り去ってしまった。
僕はもう一度、アダムが指さしてくれた白いボードをよく見てみた。
しかし、そこには何も書かれていない。
……もしかしてめちゃくちゃ小さな字で書かれているみたいな?
無いな。あるわけがない。
そうおもいつつも、もしかしてと僕はボードに近づいていく。
が、当然そんな小さな文字などなかった。
当たり前だよなー。でもじゃあアダムは何を見ていたんだろう。
僕は一人で考える。
いたずら、あるいはあてずっぽう?
そんな感じじゃなった。まだ知り合って数分の中だけど、何となく彼はそんなことをしそうな感じじゃない。
「待てよ? そういえば……」
先ほど受付のおねーさんにもらった、しおりがあった。
もしかしてこの中に書いてあったのでは、とそう思ったのだ。
はたして、その推察は大外れだった。
中には何も書かれていなかったのだ。
いや、あまりも簡潔に言いすぎたけれどそれ以外に説明がつけられない。だって本当に何も書いていないのだから。
クラス名簿もどころか、入学式のプログラムでさえ。
つまり、プログラムだと渡されたこの紙は、まっさらなただの白紙だったのだ。
……さあて、いよいよ本格的に意味が分からなくなってきた。
これは学園側のジョークなのか?
僕は周りの生徒の会話に耳を傾ける。
普段ならこういう時の、自分の臆病な性格が嫌になる。
あきらかにおかしくても、周りが何も言わなかったら強く言えない意気地のないこと……。
しかし、今回ばかしはその臆病さが身を救ったともいえる。
まあ前向きにとらえるのなら、ではあるけれど。
「今回の入学式はすっげえ張り切ってるよな!」
「たしかに! エーテルをしみこませた紙なんて、わざわざめんどくさいことするぐらいだもんな」
「そういえば聞いた? 一年生は魔術師見習いの扱いなんだって。私もうライセンス持ってるのに、最悪!」
「そうなんだ!? えっ? 何級を持ってるの?」
「魔力量だけなら先輩にもまけないぜ!」
「でもおまえ魔術式の構築下手だもんなー」
「るっせえ!」
そうして聞こえてきたのは、次から次にフィクションの単語。
もしかして、全校生|(僕以外)がみんなで嘘をつこうとしているのか?
それとも最近どこかの会社が、ミリオン級ファンタジーゲームでも発売したのだろうか?
僕はいくつかの予想を立てる。
もはや予想っていうより希望に近いけれど。
妙に現実味のある非現実的な話をする生徒たち。
あれ? もしかして……。
僕ってすっごい場違いなんじゃないだろうか?
だけどいまさら周りの人に「魔術って何?」と聞ける勇気もなく……。
僕が、手に持ったプログラムの表表紙に「天樹院私立魔・法・高等学園」と書かれていることに気が付いたのは式が始まった直後のことだった。