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エロティックバイオレンス

 夜間に佇むコンビニに、一人の女子高生が入っていった。

 彼女の名前は嘉村蘭(あだ名はかむらん)。今現在の嘉村は、外見を男物の服で固め、マスクと深めの帽子を装着して目元も隠れてしまっているので、女子高生かはおろか、最早女性か男性かも区別がつかない状態である。何故そんな恰好しているのか。その答えは、彼女が一直線に向かっていた商品棚に存在していた。

 

(むっふふふ、お目当ての物はっけーん!)


 ほくそ笑む嘉村の視線の先には、『成人向け雑誌』という仕切りで区切られた雑誌群があった。他の商品棚とは一線を画した雰囲気に包まれている何やらアダルティなエリアの中で、女体が踊る淫靡な表紙を前に興奮を抑えきれなくなった嘉村は、お目当てのものを手に取るとすぐさまレジの方へと向かっていく。


(うっひひたまらんっ! しっかし私が女じゃなければ堂々と買えるのになー。 てか男は男の方ででなんでエロ本買うの躊躇うんだろ。 やっぱり周りの目が気になるのかねー)

 

 そもそも、アダルト雑誌をレジに持っていた所で店員は大して気にしていないのである。むしろ、売り上げに繋がるので店員側としても喜ばしい事でもあるし、一日に数多くの客を相手にするのに態々個々の客の事など気にも留めていないだろう。そう考えている嘉村だからこそ、変装してるとはいえアダルト雑誌を片手に少しも恥じらう様子もなく、堂々と購入する事ができるのである。

 ただし、その店員にも例外がいる訳であり――


「いらっしゃいませぇ!……ひゃっ……えっ……あのこ、こここここここれ」


 置かれたア.ダルト雑誌を見て、異様に声を裏返らせるレジの店員。

 おいおいどんなウブな奴だよ……っと半ば呆れた様子で嘉村が店員の顔へと視線を移すと、そこにはとても見知った顔があった。


(げぇっ! まこちゃん!)


 そう、悲しい事に、そこにいたのは嘉村の親友である桜木マコト(あだ名はまこちゃん)であった。


「えぇと……あのぉ……そそのぉ!」


 震える手でガシリとアダルト雑誌をつかみ、顔をこれでもかと言うほど紅潮させているマコト。彼女は恥ずかしさのあまり焦点の定まっていない目を嘉村の方へと向けると、呂律が回らない口を無理やり動かして、


「ああああああたためますか」

(温めねーよ!) 

 

 そう全力でツッコミそうになる嘉村だったが、今現在の自分は変装しているという事を再度認識して、冷静に「いえ、結構です」と断る事に成功する。


(こんな所でバイトしてるなんて……っというか、まこちゃんがこんなに免疫ないとは思わなかった)


 未だにオロオロとしている親友の意外な側面を見て思わず微笑んでしまう嘉村。しかし、マコトがとある台詞を独り言のように呟き始めた事をかわきりに、嘉村にとって笑えない事態に発展していく事となる。


「人○……○妻……人○……○妻……」

「え? あれ? ちょっとどこいくのー!?」


 アダルト雑誌の表紙に洗脳されたかの様に、マコトは同じ言葉を唱えながら、近くで商品の品出しをしてた他の店員の元へとふらふらと歩き始めたのだ。そして、こんな事を口にした。


「て、てんちょーっ! ああああああの人が、ひひひひひ○妻を買いに!」

(ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉ!)


 大きな語弊がある言い方で、マコトが店長と思われるおじさんに助けを求め始めたのだ。彼女が指差す方向へと視線を向けて、「えー……」っと若干引いているのは他の客。そして何故か笑っている店長のおじさん。

 誤解を解こうと二人に詰め寄ろうとした嘉村だったが、先に店長が人が良さそうな笑みを浮かべながら此方の方へと駆けつけてきた。恐らく、マコトの不自然な言動と、レジに置かれているアダルト雑誌を見て事情を把握したのだろう。


「すみませんねーお客さん。 この娘ちょっと変わってましてね」

(うん……知ってる)

「ささ、私がお会計を……おお、これはいささかあの娘には刺激が強すぎましたな! ハッハッハァ!」

「いや、あの」

「お客さんは人○系が好みですか! 私はもう少し、いやもっと若い娘が好きでしてなぁ! これを言っちゃうと大抵白い目で見られちゃうんですが、ほら、あれですよあれ」

「は、はははははそうなんですか」

 

 アレですよアレ、っと謎のウィンクをかます店長がかなり鬱陶しい。まずい、ここでキレては自分の正体がばれてしまう。そう自分を必死に保とうとしている嘉村の元に、更に不可解な光景が飛び込んでくる。


「ああああの、おお兄さんも○妻が好きだったりすすすするんですか? そ、それとももっと年上の方が……ひゃーっ!」


 っと全く無関係な人間に卑猥な疑問を投げ掛け、両手を頬に当て身悶えているマコトを見て、嘉村の中で何かがぶちっと切れた。

 その瞬間、ダァンっと何かが爆ぜる音が辺りに響き渡り、驚いた人間が音源の方へと目を向けても、既にそこには何もなく――


「お前は何しとんじゃァァァァァァァァ!」

「いったぁぁぁぁぁぁ!」


 気づいた時には、マコトの脳天を後方から迫ってきていた嘉村のチョップが捉えていた。

 しかしその衝撃で、嘉村が被っていた帽子がとれ、マスクは大きくズレた挙句、何事かと振り返ったマコトからは、一番聞きたくなかった台詞が吐き出されたのだった。


「え、かむ……らん……?」

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