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契約結婚と言い張る公爵と金貨に目がない聖女

恋人みたいに手をつなぎたいけれど、契約にないから無理だよなと落ち込む不器用公爵と、何も考えずにうっかり手を取る金貨大好き聖女

作者: りったん
掲載日:2026/10/03

恋人みたいに手をつなぎたいけれど、契約にないから無理だよなと落ち込む不器用公爵と、何も考えずにうっかり手を取る金貨大好き聖女。


 眉間にしわを寄せ、肘をついて手を組み合わせる男がいる。

 輝く銀髪に端正な顔立ちの美貌の公爵だが、いかんせんアイスブルーの眼光から放たれる気迫は、殺気めいていた。


「……手」

「手がどうかなされましたか」

 老執事のレナードが物おじせず尋ねる。慣れたものだ。


「手を寄越せ」

「はい、どうぞ」

 すっと差し出された働き者の手を、美貌の公爵、ルファス・ドラヴェンハートはその手で包む。


「もういいぞ」

「はい」

 レナードは手を引っ込め、再び壁を背にして立つ。


「どうだ。今のは自然な流れだったか」

「いえ、まったく」

「……どこがおかしい」

「それはもちろん。すべてございます」

 レナードは顔色を変えずに正直に答えた。




 ■



 グランヴェリス帝国、偉大なるドラヴェンハート公爵家の当主ルファスには美しい妻がいる。カナルと呼ばれる流浪の一団出身の黒髪の歌姫で、名前はシャロン。


 ルファスの不眠と頭痛を和らげるために召し上げた彼女と、ルファスは契約を結んで夫婦になった。



「なんで俺は契約書に『手をつなぐこと』を書かなかったんだ」

 羊皮紙に書かれている文字を穴が空きそうなほどルファスは眺め、忌々しそうに吐き捨てる。


「それはまあ、下手なことを書けば結婚してもらえないと、深くお考えになったからでしょうな」

 レナードが冷静に答える。



 契約結婚に当たり、ルファスはそれはもう一生懸命、交わす契約内容を考えた。なんとしてもシャロンからイエスを引き出したいがために、それはもう考え尽くした。


 なので契約内容はシンプルに、お金のやりとりと、公爵夫人としての責任の免除が記載されている。必要があれば別途追加料金……といった具合だ。


「金貨何枚なら、『手をつなぐ』を書き足すことは可能だろう……」

 ルファスは額を手で押さえた。


 彼がここまで悩むのは、従兄弟の皇太子レグラスのせいだ。

 初めて寝顔を見られた嬉しさを吐露したら、散々呆れられ、罵倒された。


『アカデミーの初々しいカップルでさえ手をつなぐぐらいしてるわ!!』

 と。


 そしてさらに、同時期に成婚した護衛騎士たちに尋ねると、そういうのはすべて結婚前に終わらせているという。



 それ以来、シャロンの手が気になって仕方がない。

 楽器を弾く長く白い指。握手の時に一度だけ、その柔らかさを知った。温かく包み込むような優しい手だ。



「なあに、公爵さん。馬頭琴が珍しい?」

 昼下がり。

 シャロンは中庭でゆったりと過ごす。

 都合がつけば……都合を無理やりにでもつけて、ルファスはここに来てシャロンと世間話をする。


 今日は珍しい楽器を持ち、慣れた手つきで奏でていた。


「……あ、ああ。まあな」

「それじゃあ、こっちにいらっしゃいよ。弾かせてあげる」


 長椅子に座る彼女は、すぐ横をぽんぽんと叩いて、立ち尽くしているルファスを呼んだ。

 吸い寄せられるようにルファスは彼女の隣に浅く腰を掛けた。ふわりと香るのは、シャロンが好む異国の香りだ。スパイシーでどことなく甘い。


「ほら、触って」

「あ、ああ」

 言われて手を伸ばすが、どこを触っていいかわからない。宙に浮いた手をシャロンはぎゅっと握った。


 ぱちん。

 胸の中で何かが、弾けた。


 ルファスは思わず、シャロンの手を振り払った。

 どきどきと胸が脈打つ。

 耳まで熱い。



「あ、ごめん、馴れ馴れしかったわね。つい仲間に教えていた時の癖で……。馬頭琴貸してあげるから、好きに使って。じゃあね」

 シャロンはすくっと立ち上がり、ルファスに背を向ける。その後ろ姿に、ルファスは血の気が引く。


「ま、待て!!」

 ルファスは思わず、去ろうとするシャロンの手を握った。

 

「い、いたっ!!」

「あ、すまないっ!!」

 力を入れすぎていた。

 ルファスは慌ててぱっと手を離した。


「いいわよ。私のだって痛かったんでしょ? これでお相子ね」

 けらけらっとシャロンは楽しそうに笑った。


「あ、ああ。そうだ。……痛かったんだ」

 胸が。どきどきして。


「じゃあ、優しく触れば大丈夫?」

「ああ、もちろん」

 ルファスが頷くと、シャロンはくすぐったそうに笑いながら、ガラスでも触るかのようにルファスの手を取った。それは大事に。


「あ、ペンだこができてる。これ痛いわよね」

「もう慣れたさ。剣よりマシだ」

「道理で分厚いと思った。剣も、政治もなんでもできるのよね。やっぱ、すごいわ。公爵さん」

 あははっとシャロンは笑う。


「君ほどじゃないさ」

 その笑顔が眩しくてルファスは目を細める。

 彼女が、その知恵と能力で、行政官たちを助けているのは知っている。


「おだてても何も出ないわよ」

 シャロンはちょっと照れた顔で、恥ずかしそうに笑った。

 その表情にどきりとする。

 もっと彼女に触れたくて、ルファスの手がシャロンの頬に伸ばされる。


「公爵様?」

「あ、いや!! なんでも!! む、虫がいたような気がして!!」

「あら、ありがとう」

 シャロンはきょとんとしつつ、お礼を言った。

 ルファスを見上げるシャロンは不思議そうに、こてんと首を傾げた。大人びている彼女の、どこか可愛らしい所作にどきりとする。

 

 こんなとき、恋人だったら彼女を抱き寄せ、その頬に口づけすることを許される。

 ずきりと痛む胸を、ルファスは押さえた。


「ひとつ、相談がある」

 固い声が出た。

 シャロンが警戒するように片眉を上げる。


「何かしら?」


「契約内容の……追加だ」

「追加」

 シャロンは驚いた顔をしたあと、笑った。


「いいわよ。お金儲けができるわね!」


「な、内容を聞かずにいいのか!?」

「だって、公爵様だもの」

 おかしそうにシャロンは笑った。


「それともなに、おかしなことを付け加えようとしてたの?」

 くすくすと、いたずらっ子のようにシャロンは笑う。

 そう言われてしまえば、ルファスは無言になった。


「え、なに。本当におかしなことなの?」

 シャロンは顔を引きつらせた。


「手」

「手?」

「手を、繋ぎたかった」

 ルファスは小さい声で言った。

 視線を床に落とす。


 彼女の前ではいつも勇敢になれない。臆病で、物おじしてしまう。


 ふいに風が揺れた。

 顔を上げると、シャロンの柔らかく笑む顔が目に映る。

 白い手が伸ばされ、ルファスの手を両手で優しく包み込む。



「こんなの、契約するまでもないわよ」

 けらけらっと、シャロンはどこまでも明るく笑った。



 どこまでも君は優しい。

 ルファスは泣きたくなるのを押し隠し、唇だけで笑った。



(君を好きだと言えたら、どんなにいいだろう)


 言葉にできない思いの代わりに、ルファスはシャロンの手を握り返した。

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― 新着の感想 ―
あらあら、タイトルを見てどんだけ吹っ掛けるのかと思ったら…w
〉君を好きだと言えたら、どんなにいいだろう 言いなよ、付き合っちゃえよもう~(・∀・) と既婚の貴方方に言いたい読者勢。
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