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第11話:次なる布石と、初陣への道

扇町公園の地下から地上へと這い上がると、大阪の夏の茹だるような熱気が容赦なく俺の肌を包み込んだ。蝉の鳴き声がうるさいほどに響く公園のベンチに腰掛け、俺はまず、先ほど手に入れたばかりの戦利品を確かめることにした。

「おい、ケイ。こいつはかなりの大物だぞ」

「カァ」

ポケットから取り出したのは、レベル12のフロアボス『ケイブラットラー』が遺した紫色の魔石だ。

通常のゴブリンやスライムから取れる濁った米粒のような結晶とは、文字通り桁が違っていた。夕暮れの街灯に照らされたその魔石は、まるで深海の奥底を覗き込んでいるかのように妖しく、深い輝きを放っている。サイズも鶏の卵ほどもあり、掌に乗せると、物理的な重さとは異なるズッシリとした魔力の質量を感じさせた。

俺はその足で、扇町公園に隣接するギルドの臨時換金カウンターへと向かった。

「……お待たせしました。訓練所第3階層、フロアボスの魔石ですね」

窓口の女性職員が専用の測定器に魔石を乗せた瞬間、機械がピピッと高い電子音を鳴らす。職員は端末に表示された数値を見て、驚いたように目を丸くした。

「レベル12相当の純度を確認しました。現在、蜘蛛型モンスターの魔石は防具用の強化素材として市場での需要が高騰しておりまして……。買い取り価格は、ボス討伐の特別ボーナス込みで**7万5000円**になります。こちら、漣さんのギルドカードに直接振り込ませていただきますね」

「ありがとうございます」

7万5000円。

あのタングステン刀を買って残り2万5600円まで冷え込んでいた俺の財布に、一気に莫大な息吹が吹き返した。合計で約10万円。高校生の現金としては大金だし、これだけあれば、生駒山へ再挑戦するための高級な回復薬ポーションや、ケイの進化後の肉体を維持するための高エネルギーな魔獣用ジャーキーを大量に買い込むことができる。

換金と必要な消耗品の買い出しを終え、俺は阪急線に揺られながら、大阪北部にある初級公認ダンジョンへと移動を始めた。

ガタゴトと規則正しく揺れる電車の車窓を見つめながら、意識を内面へと集中させ、俺自身のステータス画面を脳内に呼び出す。

レベル10という節目を迎えた俺の身体には、明らかな変化が起きていた。

====================================

* **個体識別:** レン

* **現在のレベル:** Lv.10

* **筋力:** 29 → 38

* **敏捷:** 34 → 45

* **魔力:** 15 → 18

* **所持スキル:**

* 【隠密歩法・中級】

* 【精密刺突・初級】

* **【剛力・初級】(NEW)**

====================================

「……【剛力】がついたか」

画面に新しく刻まれた二文字を見て、俺は車内の片隅で思わず口元を緩めた。

あの通常の2.5倍の重量を持つ炭化タングステン刀を、扇町公園の訓練所、そしてあの剛田さんとの昇級試験で死に物狂いで振り回し続けた結果だ。レベルが10に達したことで、俺の骨格と筋肉がその重さに完全に適応し、システムが正式な戦闘スキルとして認めたのだろう。

吊り革を握る右手に力を込めると、筋肉の密度が以前とは明らかに違うのが分かる。この【剛力・初級】があれば、あの生駒山の土蜘蛛が誇る強固な黒い外骨格に対しても、弾かれることなく、さらに深い一撃を強引に叩き込めるはずだ。

「そして……ケイ、お前の番だな」

肩の上でじっと大人しくしている相棒に視線を送る。

周りの乗客たちには、ただの「大人しくて奇妙な飼い烏」にしか見えていないだろう。だが、進化して『星宿烏セイシュクガラス』となったケイの羽の奥には、星屑のような銀の粒子が静かに息づいており、その戦闘力はそこらの野生の魔獣を遥かに凌駕している。

脳内で、ケイの新しいスキルの詳細をもう一度、文字として読み解いていく。

====================================

* **【星の導き・フェイズ2】**:隠し通路の視認に加え、敵の『肉体の構造的弱点(急所)』をリアルタイムで光の線として追尾・表示する。

* **【夜鳴き】**:精神・音響属性。対象の聴覚を刺激し、瞬間的な動揺や行動阻害を引き起こす。

* **【星の欺瞞ディセプション・スター】**:対象の知覚・五感を一時的に誤認させる。格上の魔物に対しても、数秒間の『認識のズレ』を引き起こすことが可能。

====================================

「弱点を見つけ、鳴き声で動きを止め、星の光で認識を狂わせる……」

完璧な三連コンボだ。

テイマーでありながら魔法の火力を持たない俺たちが、格上の命を確実に、そして冷徹に暗殺するために用意されたかのような、恐ろしい布陣。

だが、これらはまだ頭の中のシミュレーションに過ぎない。

本物のダンジョンに潜む、訓練所のようにプログラムされていない「生きた魔物」を相手に、この【星の欺瞞】がどれほどのタイムラグを生み出すのか。そして、俺の新しい【剛力】の威力がどこまで通用するのか。それをこの身体に叩き込まなければ、生駒山の変異種には勝てない。

「まもなく、目的地です」

車内アナウンスが流れ、俺は静かに席を立った。

駅の改札を出ると、街灯の届かない鬱蒼とした森の奥に、初級ダンジョンの青白いゲートが姿を現した。訓練所とは違う、本物のダンジョン特有の、肌を刺すような濃密な魔力の匂いが風に乗って漂ってくる。

夕闇が完全に辺りを支配する中、俺は胸元の緑色のEランクバッジを強く握り締め、進化した相棒と共に、新たな戦場へと一歩を踏み出した。


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