乙女ゲームの世界に転生したモブ令嬢の事情
拙い文章ですが楽しんで頂けたら幸いです。
私は死んで乙女ゲームの世界に転生した。
それはいい、よくある事だ。
乙女ゲーム『スヴァローグの導き』は、資産家の男爵のご落胤だったヒロイン父が、ある日突然後継者に指名され貴族となり、男爵令嬢になったヒロインのルサールカが、生粋のお嬢様お坊ちゃま達の中で成長し、愛を育んでいく物語。ベタである。
お決まりで悪役も存在する。
公爵令嬢で王孫で王子の婚約者で、宰相令息の従妹で騎士団長と父が親友で、公爵家から離れ豪商となった大叔父がおり、学園教師は元家庭教師で……と全攻略対象者イベントでフラグを立てるヴァンダだ。
そして私は、そのヒロインでも悪役令嬢でも無い。
時々画面に映り込み、「彼ならあちらで見かけましたよ」と、クリックしたら喋るだけのモブ令嬢モコシである。
これもまた良くある事である。
モブではあるが、生家は歴代の騎士団長を輩出してきた名門騎士伯爵家であり、兄は攻略対象者のひとり、若き騎士スタールだ。
好きだったゲームの世界を堪能するには、なかなかいいポジションではないか。
だがしかし、そんな呑気な流れに乗ってはいられなかった。
乙女ゲームの世界に転生したのはモコシだけでは無かった。
ヒロインも悪役令嬢も転生者だったのである。
よくある事だ。よくある事だ。
それも別にいい。
悪役令嬢なんて、バッドエンドは女に産まれてきた事を後悔する、尊厳破壊ルートである。きっと断罪回避の為に奔走するに違いない。
そしてヒロインは、余程アホのあっぱらぱーでない限り、そんな悪役令嬢の姿を見て己の立場を察し、安全で健全なルートを選ぶに違いない―――。
「そんな事を考えていた時期が、私にもありました」
モコシは遠い目で喧騒を眺めている。
「平民育ちの泥臭い田舎者が!わたくしの婚約者達に色目を使うなんて!この尻軽あばずれ!」
「婚約者達?イケメンはみんな自分の物のつもり?傲慢性格ブスはさっさと死んでくださ~い」
比較的ひと気が少ない場所だったとは言え、貴族学園の庭園でそんな罵り合いを悪役令嬢と話題の男爵令嬢が繰り広げていたら、否応なしに注目を集める。
柱の陰、建物の二階三階の窓、通りすがりを装ってと、続々と野次馬が集まる中、モコシはふたりからバッチリ見える近さで虚無っていた。
モブが虚無るとステルスでも発動するのか、誰一人モコシを気にする者はいなかった。
ヒロイン・ルサールカと悪役令嬢ヴァンダ。この二人は犬猿の仲でお互いを蛇蝎の如く嫌っている。
ニュー〇イプなの?と、初対面時でふたりはお互いが転生者である事を察したようだ。
更に僅かな会話で、お互いの思惑を正確に読み取ってしまった。
死因・乙女ゲームのやり過ぎ。その世界に転生した以上、前世の命分まで楽しまなければ浮かばれない。攻略対象者達全員から愛されたいし、最難関エンドのハーレムエンドを達成したい。
乙女ゲームで死んだのだから、その世界で誰よりも幸せにならなければ、転生した意味などないと。
「ヒロインだからって舐めプしてんじゃねーよカマトト女。婚約者がいる男に媚び売ってさ、頭の軽すぎ風船かよ。ピチピチの若々しい顔面が武器ってか?恥ずかしくねえの?自分見た目しか取り柄ありませーんって言ってるようなもんじゃん」
「ぷぷぷ。死亡エンド確定セミファイナルお嬢様必死ワロスw、勝ち確してるあたしに吠えるしか出来なくて、カワイソス。無能滑稽腹筋崩壊!ねえどんな気持ち?地位も権力もあるのに死因くらいしか選択肢ない現実どんな気持ち?卒塔婆には成仏してクレメンスとか書いてあげよかw」
「黙れよ脳足りん!今すぐお前の家族諸共破滅させてやれんだぞ!」
「破滅wwwwwwwwwお前が言うなしwwwwwwwww」
何なのだろうか。
転生先でヒロインと悪役令嬢が敵対しているのもまたベタである。
その場合、ゲームのシナリオ通りに進めようとして「あなたは現実をゲームと同じと捉え、彼らの本質を見ようとしていない!」的な、どっちかは改心してるヤツじゃないの?
差はあれど、ヒロインも悪役令嬢もバッドエンドは回避したい筈なのに。
(自分の欲望を一切妥協せず、宿敵を絶対に屈服させてやる。それこそ完全勝利と言う強い意志…!)
お嬢様を取り繕う事もできずに、ふたりはお互いを罵り合う。
ヒートアップしていて周囲の視線もどこ吹く風だ。
観衆も初めての光景でなく「普段はご令嬢然とした淑女なのに、何が気に入らないのか嫌い合ってるのにやたら絡む。あれがふたりの本性なのか」と、目撃される度に噂され、モブ生徒は引きはじめている。
そして、断罪回避の為に多少なりとも行動していた悪役令嬢も、ヒロイン補正とゲームの強制力があるヒロインも、それが漏れ伝わったり、目撃してしまった攻略対象者達にも人間性を疑われている。
とりあえず避けられているようだ。
(どうなるの……これ……)
モコシはモブの本領を発揮して背景と同化した。
「公爵令嬢と編入生にスタールが言い寄られていた」
そんな話が耳に入り、モコシは帰宅するなり兄に掴みかからん勢いで詰め寄った。
「兄さん!ドラ〇エ5状態になってるってドユコト⁈リメイク版だと三択だけど!実質一択じゃない。ゴージャス腹黒かプリティ腹黒の違いじゃない。とっち選んでもミル〇ラースよ!残念な結果よ!」
「モコシ、何を言っているか分からないから落ち着け」
攻略対象者である、王子・公爵令息・宰相令息・豪商子息・学園教師から既に距離を置かれているヒロインと悪役令嬢。
焦ったふたりは自分にあからさまな悪感情を示していない、スタールならイケルと思ったのか、
「スタール様ってと~~ても男らしくてステキ♡ルサールカこんなに逞しい人初めて見た~。凄い筋肉、触っていいですか?きゃあ!かた~いすご~い!ルサールカと全然ちが~う!ねえほら触ってみて?」
「スタール様。あなた婚約者はいらっしゃらなかったわね?では今度の晩餐会はわたくしをエスコートなさい。将来王妃となるわたくしは、今から臣下と親睦を深めておく必要があるのです。ですからわたくしと揃いの衣装を用意して、当日は屋敷まで迎えに来るのですよ」
とまあ無茶苦茶を言っているのだそうだ。
普通なら、寝言なら永眠してから言えで済むが、この兄スタールはド天然だった。
「男の俺に男らしいとは。よく意味が分からない。一度触ったら満足したか?女性の筋肉が男より柔軟なのは承知しているから必要ない」
「その晩餐会は殿下の護衛があるので。仕事なので無理です。わたしと仕事どっちが大事?仕事です。あたなのエスコートは仕事ではないので」
と、どストレートど正直ど正論をぶちかまし、それが秋波だとまったく気付いていないまま一蹴していたのである。
ゲームではド真面目でド誠実ドお堅い青年だったスタール。それを庶民育ちのヒロインが、春の日差しの様な温もりで包んでゆき、やがて恋へと発展していく。
現本人は将来の妻以外と恋愛なんてと思っているし、可能性のあるヒロインは前述の通り、主の婚約者の悪役令嬢など語るでもなく。
ヒロインと悪役令嬢は、真面目故の行動であり、好悪に至っていないと考え、まだ勝機はあると目を光らせている。
「兄さん……。これだから天然は……。普段からもっとしかつめらしい顔して、近寄りがたい雰囲気出してて、でも困っている所を助けた人には陰ながら信頼を得ていて、そんでもって健気で純情な可愛い子から、某野球アニメのお姉ちゃんスタイルで陰ながら慕われててよ!もっと分かりにくく魅力的でいて!」
「やはりなんの話なのか分からないが、お前が俺を心配しているのは分かった」
神妙に頷くが、その表情は石のように動かない。整った顔立ちもあってモコシが言ったように、そのままなら近寄りがたい雰囲気だろう。
たがしかし、追い詰められている悪役令嬢とヒロインには通じないし、最悪命が懸かっているふたりが、大切な兄に何をしでかすかモコシは心配でならないのだ。
「分かったじゃないのよ!兄さんは危機感が足りないのよ!いくら剣術に長けているとは言え、内臓は鍛えられないでしょ!」
「何故内臓」
「媚薬盛られたら一発で既成事実でしょ!知らない人から怪しそうに見えなくても、飲食物は貰っちゃダメだからね!」
「性的興奮を促し、行為を意思と関係無くさせる意味での媚薬は無いそうだぞ。あと、俺は知らない人から食べ物は貰わない」
貴族令嬢らしからぬ発言をする妹。
少年のような瞳の輝きで答える兄。
その様子を、両親と使用人が微笑んで見ていた。
また始まったと。
モコシはスタールを、騎士としては申し分ないがド天然だと思っている。が、周りから見ればお前が言うなと言う話だ。
そもそも、スタールがこの様な性格になったのはモコシの影響だ。
「あっ!ハトさん!ちょっとストーキングしてくる!」
「あっ!ネコさん!お絵描きさせて!うふふ肖像権の侵害ね!」
「あっ!お馬さん!乗ってよし賭けてよし食べてよし!最強生物ね!」
と、幼少期から我が道を蛇行運転で進んでいた。
春になれば冬眠明けの蛙を掴み獲り、夏になれば公園の鯉を大繁殖させ、秋になればリスの越冬蓄蔵を強奪し、冬になれば霜柱の名所と言って、ヤのつく違法業のお宅へ忍び込む。
いくつ魂があっても足りない。
何度もお空に魂を飛ばしていた両親家人達に変わり、モコシの迷(惑)走に追走していたのはスタールだった。
「ハトさんにも都合があるからストーキングは遠慮しとこうな。ネコさん妹が絵を描いてもいいだろうか?みゃーだってモコシ。お馬さん、妹のあらゆる感性を刺激してくれてありがとうございます。これからもどうぞよろしく」
ぺこりと動物たちに頭を下げるスタール。
両親達は色々諦めた。
春になれば遠征先の地形調査に役立つと、蛙を狩る妹に付き合い、夏になればこうやって食料受給をさせるのかと頷き鯉に餌をやり、秋になればリスの備蓄を見て植生を把握し、冬になればヤのつく違法業に何やら教授されている。
魂、来世分のまで前借できないだろうか。
可愛い妹であり、自分では思いつきもしない発想をして新しい発見をくれる。
スタールは、妹を全肯定するスキルを習得していた。してしまった……。
「兄さん牛乳を常に携帯しましょう。毒盛られて倒れた花嫁に、牛乳飲ませて応急処置してた名探偵がいたの!ただ飲んでいても健康になって丈夫になる。いい事づくめよ!」
「良質なたんぱく質は筋肉に必須だ。ただ携帯するには、鮮度を維持するのが難しいな。チーズや加工品では駄目かな?」
話がずれている事に気付いているのだろうか。
違うそうじゃないと、どんどん違う方向に飛んで行って、新しい迷(惑)走先へ行ってしまう。だが、それに付き合える体力も気力も我々には無いのだ。
「それで母さんや。あのふたりは一体何の話をしてるのかな?私では理解が及ばなくて」
「まあ、あなた。それが出来たらこの胃薬は必要なくてよ」
妻の持つえぐい大瓶を見て、夫はうんうんと目を細めた。
「元気であればそれでいいんだ。怪我も病気もせず、元気でいてくれさえすれば」
大変慈愛に満ちた、そして色々諦めている目だ。
「モコシお前こそどうなんだ。風の噂では、お前面白い女だなと口説く男に、女は弱いと聞く。そんな強引で傲慢な男に迫られたら、か弱いお前はひとたまりもないぞ」
どこの風の噂だ。
ベニテングダケを「旨味の宝石箱や~」言って、パウダーにしてふりかけにしている娘がか弱い?
「兄さんこそ、騎士道精神につけ込まれて、ああどうしましょう足を挫いてしまったわ、ああそこの殿方家まで連れ帰って、有難うございます一杯お茶でも…、あらお目覚め?昨晩は盛り上がったわね、なんてパターンよくあるじゃない!」
よくあってたまるか。
兄妹の話は続く。
両親頑張れ帰ってこい。そっちはお空だ。
私が頑張らないとモコシは燃える。
大好きな兄、新しい自分の人生を守る為に。
乙女ゲームのシナリオとか、悲劇を迎えるかも知れないヒロインや、悪役令嬢の事情なんて構ってやれない。
自分の大切なものは自分で守れ。
自分の人生には自分で責任を取れ。
自分の信念を貫くとか聞こえはいいが、自分の思い通りで無ければ受け入れられないとか、それがなまじ権力やらチートを装備しているとか、その他大勢にはたまったものではない。
「でも私は、乙女ゲームの何の変哲もないモブ令嬢だけど、私の大切な人達と幸せになってやるんだから!」
モコシはそう、鳥綱ダチョウ目ダチョウ科ダチョウ属の巨大かつ純白な鳥に繋がれたリードを握り染めながら誓ったのだった。
後方では、大真面目な顔で、しかし実はよく分かっていない状態のスタールが、うんうんと頷いているのだった。
今日も今日とて、ルサールカとヴァンダが化け猫ファイトを繰り広げていた。
美女同士のいがみ合い罵り合いは迫力があり、一種の舞台演出のように見応えがあったが、二人ともすっかり興奮しきり、時に唾を飛ばし、時に日本語まで飛び出すと、周囲は怖いもの見たさを通り越して、ただただ恐怖であった。
教師側は、ヴァンダの元家庭教師が無理なのに自分達が、王孫で公爵令嬢で王子の婚約者で、宰相令息の従妹で騎士団長と父が親友で、公爵家から離れ豪商となった大叔父がいるご令嬢を止めるなど不可能だと目を背けている。
王子達は、逃げるが勝ちだと立場を放棄した。
誰も止められない混沌。
「二人とも冷静におなりなさい!皆さんがどん引きなさってますことよ!」
そこに高らかな少女の声が響いた。
一体どんな強心臓だと、怯えきっていた周囲や、ルサールカとヴァンダも争いを一旦止め、声の方向を一斉に向く。
逆光が眩しい。
目を細め、腕や掌で影を作って目が慣れて見えたものは……。
白いダチョウに跨ったモコシの姿であった。
((なんでやねん‼))
今ここに、モコシ以外の全員の心がひとつになった。
「お互いがお互いの主張を突き通すだけでは何も変わりませんよ!」
手綱を握りキリリとダチョウに跨ったまま言い放つ。ダチョウが長い首を膨らませてボオオオオと鳴く。
「いきなり珍獣に乗って現れて、いきなり説教かましてんじゃないわよ!何なのよそのデガイ、白い、鳥?無駄に神々しいのよ!」
「いやあああああ!何ですの何なんですの?こっちに近寄らせないで!どうしてさも当然としてますの!白馬のように乗りこなしてるんですの⁈」
ぽくぽくと何拍か間が空いて、我に返ったルサールカとヴァンダが半狂乱になる。
ダチョウが長い首を傾けて、大きな瞳を向けられるのが怖いらしい。こんなに可愛いのに。
よちよちと首を撫でて、モコシは続ける。
「あなた方が誰とどんなイチャイチャパラダイスをエンジョイしようが勝手ですが」
「この流れで、普通に会話するあんたのメンタルどうなってるの⁈」
「うちのピュア兄者にとうとう一服盛りましたね!あれLD50の危険薬物ですよ!パムっても時間経ってたら効かないんですからね!」
「分からないですわ。あなたが言っている事も、あなたが何をしたいのも。何もかも分からなくて恐ろしいですわ!」
「心を奪いたいのか命奪いたいのかはっきりしてよね!」
「「私達の心を壊しにきたのか何しに来たのかはっきりしてよね!」」
白ダチョウに乗った少女。それに怯えながら噛み付く美女二人。
―――我々は一体何を目撃しているのだ。
観衆の思考が少し再起動する。
しかし理解できるような状況は、眼前には展開されていないのだ。
「さあ、ち〇お・り〇ん・なか〇しをお手本に、人付き合いとは何たるかのレッスンを始めましょうか!」
「高い所からって言うけど、シチュエーションが奇抜すぎて、こっちの思考の方が遥か高みに上って帰って来なくなるわ!」
「近寄らないで下さいまし!それに乗ったまま近寄らないで下さいな!足えぐいですわ!恐竜ですわ!」
じりじりと後ずさるルサールカとヴァンダ。じりじりとそれを詰めるモコシとダチョウ。
―――我々は一体何を目撃しているのか。
均衡を破ったのは、ダチョウの身震いだ。
それに驚き緊張に耐えられなくなったルサールカとヴァンダが、脱兎の如く逃げ出す。
「あ!どこへ行こうというのかね!」
ダチョウが身震いしようが走り出そうが、モコシは驚きの体幹で歴戦の騎士の如く乗りこなす。
なんでだ。仮にも貴族のご令嬢がどうしてダチョウを乗りこなせるんだ。
そもそも何処から連れて来たんだ。
ダチョウて捕まえていいのか。飼っていいのか。
唖然とする生徒達の後方、校舎の柱を背凭れにスタールがモコシを見送っていた。
「さすがモコシ。俺にやってのけない事を易々とやってのける」
ふっと笑う。俺は数メートルが精々だが、モコシは自分の肉体のようにダチョウを乗りこなすのだ。
違う、そうじゃない。と、どこからともなくツッコミが……。
「ふう、建物の中に隠れられたらどうしようも無いわね」
モコシはダチョウから降りると、やれやれと額を拭う。
「手のかかるお嬢様方だわ。私は何処にでもいる何の変哲もないモブだってのに」
何の変哲もないってどう言う意味だっけと、ダチョウを預けられた馭者が遠い目をしている。
モコシはどこが誇らしげに空を見上げ、誰に語るでもなく宣誓した。
「モブはモブらしく、陰日向に隠れて縁の下の力持ちになって、乙女ゲーム『スヴァローグの導き』を我が家都合のハッピーエンドに導いてやるわ!」
―――俺達の戦いはこれからだ!
いずこから木霊する悲鳴を背に、モコシは力強く拳を突き上げるのだった。
とりあえず、ダチョウに絡まれてる馭者さんは助けて差し上げて。
おわり
ここまで読んで下さってありがとうございます。
2026/7/26
誤字を訂正しました。ご報告ありがとうございました。
2026/7/30
誤字を訂正しました。ご報告ありがとうございました。




