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悪役令嬢は「味方ゼロ」から一人ずつ寝返らせたい  作者: 月雅


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第3話「辺境の値段」

ヴィオレッタは荷馬車を降り、土埃の舞う町の広場を見渡した。


七日目の午後。街道の終点に、エルデンの町が広がっていた。


国境に近い交易路の要衝。石造りの建物が広場を囲み、荷を積んだ馬車が何台も停まっている。行き交う人の数は多いが、王都の喧騒とは質が違う。商人の声、荷を下ろす音、家畜の鳴き声。生活の音だった。


ヴィオレッタは広場の端に立ち、町の空気を読んだ。


路銀はほぼ底をついていた。宿代にして三日分。それが全てだ。


「ここで降ろしてもらえて助かりました。帳簿の整理、お役に立てていたなら幸いです」


振り返ると、ナハルが荷馬車の上から見下ろしていた。


「ああ、助かった。数字に強い同行者がいると楽だな」


軽い口調だった。いつもと変わらない笑顔。だが、その目がヴィオレッタの次の行動を注視しているのは明らかだった。


「俺はしばらくこの辺で仕入れ先を探す。宿は別になるだろうが、まあ、町で見かけたら声かけてくれ」


ナハルの言葉を、ヴィオレッタはそのまま受け取った。


仕入れ先を探す。それが建前であることは承知している。この男は、ヴィオレッタの動きを観察するためにこの町に留まる。


構わない。見られていることを前提に動けばいい。


「ありがとうございます。ナハルさんもお気をつけて」


一礼して背を向けた。三日分の宿代。その間に、この町で生きていく足場を見つけなければならない。


まず、歩いた。


広場を起点に町の通りを一本ずつ辿り、商店の品揃え、掲示板の告知、住民の会話に耳を傾けた。


半日で見えてきたものがある。


この町には二つの商会がある。広場の東側に構える「銀枝商会」と、西側の「鉄環商会」。看板の大きさ、店構え、出入りする商人の数。銀枝商会が町の最大勢力だった。


だが、鉄環商会も相応の力を持っている。理由は掲示板に貼られた関税の告知にあった。国境関税の適用区分が二つの商会で異なっている。鉄環商会に有利な区分が適用されており、同じ品物を国境から運んでも、鉄環商会の方が税が安い。


不自然な優遇。こうした歪みには、必ず裏がある。


通りを歩きながら、住民の会話の断片を拾った。


「代官様のお墨付きだから仕方ないさ」 「銀枝の婆さんも黙っちゃいないだろうが」 「自警団が間に入ってくれりゃいいが、あの人たちはどっちにもつかないからな」


代官。鉄環商会。銀枝商会。自警団。


町の権力は四つの軸で動いている。代官と鉄環商会が結びつき、銀枝商会がそれに対抗し、自警団は中立を保っている。


ヴィオレッタは町の地図を頭の中に描いた。前世の外交官時代、紛争地域に着任した初日と同じ作業だった。まず権力の構造を把握する。誰が何を握っていて、何を欲しているか。それが見えれば、交渉の余地が見える。


翌朝。宿代の残りは二日分になった。


ヴィオレッタは銀枝商会の扉を叩いた。


応対に出た若い店員に、会長への面会を求めた。


「ハーゼン会長にお目にかかりたいのですが」


「あんた、どちらさん? 紹介状は?」


「ありません。ただ、関税問題についてお話しできることがあります。それだけお伝えいただけますか」


店員は怪訝な顔をしたが、奥に引っ込んだ。しばらくして戻ってきた時、その表情が変わっていた。


「会長がお会いになるそうだ。こちらへ」


商会の奥の執務室。


分厚い帳簿が積まれた机の向こうに、マルグリット・ハーゼンが座っていた。


五十代の女性。白髪交じりの髪をきっちりと結い上げ、目は鋭く、口元は引き締まっている。商人としての年月が、そのまま顔に刻まれていた。


「座りな」


短い一言だった。ヴィオレッタは勧められた椅子に腰を下ろした。


マルグリットは腕を組み、ヴィオレッタを値踏みするように見た。


「若いね。で、関税問題について話せるって? あんた何者だい」


「旅の途中でこの町に立ち寄った者です。昨日半日、町を歩いて気づいたことがあります」


「半日で何がわかるってんだ」


マルグリットの声には棘があった。だが、追い返す気配はない。関税の問題は、この商会にとって切実なのだ。


「二つの商会に異なる関税区分が適用されている。鉄環商会が優遇されている構造は、代官との関係に起因しているように見えます。この不均衡が解消されれば、銀枝商会の収益構造は改善するはずです」


マルグリットの目が細まった。


「言われなくてもわかってるよ、そんなことは。問題は解消の方法だ。あんた、それを持ってるのかい」


「はい。関税問題を解決できます。対価は住居と当面の生活費をいただきたい」


沈黙が落ちた。


マルグリットはヴィオレッタの顔を見据えたまま、しばらく動かなかった。


やがて、鼻で息を吐いた。


「口だけの小娘は腐るほど見てきたよ。あんたが何者かなんて興味ないが、結果が出なけりゃ追い出す。それでいいね?」


「承知しています」


「それとな」


マルグリットは机に両手をついた。


「いきなり関税は大きすぎる。まず小さい案件を一つ片づけてみな。話はそれからだ」


ヴィオレッタは背筋を伸ばしたまま頷いた。


「案件の内容を伺えますか」


「うちの取引先の農家との揉め事だよ。契約不履行で話がこじれてる。じいさんが頭に血が上って、話し合いを拒否してる状態だ」


マルグリットは帳簿の一冊を引き出し、ヴィオレッタの前に置いた。


「農家の名前はハンス。東の集落で麦を作ってる。契約内容はここに書いてある。これを収めてみな」


ヴィオレッタは帳簿を受け取った。


「仕事場をお借りできますか。それと食事を」


「商会の空き部屋を使いな。飯は賄いがある。ただし、あくまで仕事場の提供だ。成果が出なきゃ明後日には出てもらう」


「十分です。ありがとうございます」


ヴィオレッタは立ち上がり、一礼した。


商会の空き部屋に通された。


小さな部屋だった。机と椅子が一つずつ。窓からはエルデンの屋根が見える。


ヴィオレッタは帳簿を開き、農家ハンスとの契約内容を読み始めた。


路銀はあと二日分。だが、今日から食事と仕事場は確保できた。


何も持たない状態から、交渉だけで「機会」を引き出した。信頼はまだ一切ない。マルグリットの目は厳しく、条件は明確だった。結果を出さなければ終わりだ。


だが、それでいい。


交渉で勝ち取った機会は、与えられた機会より重い。自分の実力で証明する以外に、この町で生き残る方法はない。


帳簿の数字を追いながら、ヴィオレッタはすでに調停の構造を組み立て始めていた。


農家の老人ハンスは、感情的に硬化して話し合いを拒否している。怒っている相手。それは、まだ交渉の余地があるということだ。


本当に交渉が不可能なのは、無関心になった相手だけだ。


窓の外では、夕暮れの町に灯りが点き始めていた。

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