第七話「ほな、祠にお願いしておきますね〜」
霊障の相談が来るようになったのは、段階的だった。
最初の一件はたまたまで、諒本人は半分冗談のつもりで祠に報告しに行った。それが「なぜか」解決した。その話がコメント欄で広まって、次の相談が来た。それも解決した。さらに次が来た。
夏が終わる頃には、週に一件か二件、コメント欄に「実は相談があるんですが」という書き込みが来るようになっていた。
諒のスタンスは最初から変わらなかった。
祠に報告して、供物を置いて、手を合わせる。それだけだった。特別なことは何もしなかった。作法があるわけでもなかった。「えーと、こういう相談が来ていまして、よろしくお願いします」と言って頭を下げた。
それで、なぜか、解決した。
コメント欄がその経緯を記録していた。
『霊障解決実績まとめ【随時更新】』というコメントを誰かが書き始めて、それが固定コメントみたいな扱いになっていた。諒は頼んでいなかったが、視聴者が勝手にやっていた。
九月のある夜の配信中に、相談が来た。
『古い家に引っ越してから子供が夜泣きするようになった。霊的なものかどうかわからないけど、他に思い当たることがなくて』
諒はコメントを読んで、少し考えた。
子供、という言葉に、少し慎重になった。
「えーと、まず念のため確認なんですが、体調的には問題ないですか。医者には診てもらいましたか」
『はい、小児科では特に問題ないと言われました』
「わかりました。ほな、祠にお願いしておきますね〜。明日、供物持って行ってきます」
コメント欄がすぐに反応した。
『祠定期』
『ほな祠に、が良き』
『これ言い始めたら解決するんすわ』
『信頼感がえぐいんやて』
配信を終えて、スマートフォンを置いた。
縁側にネコチャンがいた。山の方を向いて座っていた。
「ネコチャン、今日また相談来ました。子供さんが夜泣きするらしくて」
反応はなかった。
「その、いつも通りでいいですか」
尻尾が一本、パタン、と揺れた。
了解の意味だと思うことにしていた。
翌朝、諒は祠に向かった。
今日の供物は、塩と水と、それから昨日もらった栗だった。田中さんではなく、集落の別の家のおばちゃんが「うちの栗、食べて」と持ってきてくれたやつだった。
山は秋の気配に入っていた。石段の脇の草が枯れ始めていて、落ち葉が少しずつ積もり始めていた。
供物を並べて、手を合わせた。
「えーと。昨夜コメントくれた方で、お子さんが引っ越してから夜泣きするようになったっていう相談がありました。体調は問題ないそうで。よろしくお願いします」
頭を下げた。
カメラは回していた。祠参りの動画は短いがコメントがつくので、週に何度か上げていた。
下りながら振り返ると、ネコチャンがいた。
いつもそうだった。諒が供物を置いて下りると、上がってくる。まるで入れ替わりに、という感じで。何度見ても、どこから来るのかわからなかった。
金色の目が、祠を見ていた。
三本の尻尾が、ゆっくり揺れていた。
その日の夜、また配信をした。
作業動画を上げながらコメントを読んでいたら、昨夜の相談主から返信が来た。
『昼過ぎから落ち着いて、今夜はよく寝てます。ありがとうございます。本当に助かりました』
続けてスパチャの通知が来た。
諒は金額を確認して、少し目を丸くした。毎回そうなった。毎回慣れなかった。
「ありがとうございます。俺は祠に報告しに行っただけなんですが」
言いながら、コメント欄が流れた。
『毎回それ言うの好き』
『自分の手柄にしないの誠実』
『でも諒さんが行くから解決するんだよね実際』
『ネコチャンが動いてくれるのは諒さんの頼みだからでしょ絶対』
『それはそう』
諒は縁側を見た。
ネコチャンがいた。諒の隣に座って、山の方を向いていた。
「ネコチャン、またお礼言われてますよ」
尻尾が一本、パタン。
「ありがとうございます、俺からも」
尻尾が、もう一本、パタン。
コメント欄が静かにざわついた。
『2回揺れた』
『返事してる……?』
『ネコチャン、ちゃんとわかってるじゃないか』
十月に入った頃、相談の件数が少し増えた。
内容も多様になってきた。
夜中に物音がする。家に入ると気分が悪くなる。金縛りが続く。引っ越してから体調が優れない。職場の雰囲気がおかしい——これは霊的なものかどうか怪しかったが、とりあえず祠に報告した。職場の話を祠に報告するのはどうかと思ったが、他に手段がなかった。結果的にそれも「なんか落ち着いた」という報告が来た。
コメント欄の誰かが言った。
『範囲広くない?』
諒は読んで、少し笑った。
「俺に聞かれてもわからないですけど」
そのなかに一件、少し毛色の違う相談があった。
深夜のコメントだった。
『去年、引っ越す前にこのチャンネルに相談して、解決してもらったことがあります。あの時はありがとうございました。今は何事もなく元気にやっています。ご報告まで』
お礼と報告だけで、新しい相談ではなかった。
諒は返信しようとして、少し手が止まった。
去年の相談を、全部は覚えていなかった。件数が増えてから、個別に記憶しきれていなかった。でも誰かの役に立っていたのは確かだった。
それは、ネコチャンのお陰だった。
諒は返信を打った。
『ご報告ありがとうございます。元気そうで良かったです。お役に立てて、というか、祠に助けてもらえて良かったです』
送信して、コメント欄を閉じた。
ふと思って、ネコチャンを見た。
「去年助けた人からお礼が来ましたよ。元気にしてるって」
ネコチャンは山の方を向いたまま、動かなかった。
でも尻尾が三本、いつもより少しゆっくり、揺れた。
諒にはわからないことがあった。
ネコチャンが実際に何をしているのか、ということだった。
諒が祠に報告に行く。供物を置く。下りてきたらネコチャンが祠にいる。しばらくすると相談主の状況が改善する。
その間に何が起きているのか、諒には見えなかった。霊感がなかったからかもしれないし、見せてもらえていないからかもしれなかった。
ただ、ネコチャンだけでなくゴマや他の猫たちが時々どこかに行くことには気づいていた。
夕方まで縁側にいた猫が、夜に気づくといなくて、翌朝には戻っている。そういうことが、相談があった夜の翌日に限って起きていた。
「ゴマ、お出かけしてましたか」
ゴマは庭の真ん中でぺたりと座って、あくびをした。
教えてくれる気はないようだった。
十一月の配信中に、視聴者から聞かれたことがあった。
『怖くないですか。霊的なものを扱ってるのに、諒さん自身は何も感じないんですか』
諒はしばらく考えてから答えた。
「怖いかどうかで言うと、怖くないですね。俺には見えないし聞こえないし、感じもしないので。ただ、確かに何かあるんだろうなとは思ってます」
少し間があった。
「なんていうか、信頼してるので」
『誰を?』というコメントが流れた。
「祠、というか……」
諒は縁側を見た。
ネコチャンがいた。金色の目でこちらを見ていた。
「まあ、ネコチャンを」
コメント欄が静かに沸いた。
『やっぱりわかってるじゃないかw』
『霊感ないだけで、ちゃんとわかってるんだよなあw』
『さすがネコチャンだぜ』
『ネコチャン大明神』
『ねこください』
『↑答えは「バカめ」だ!』
『それに比べて霊感皆無ニキは…』
『おうおう、ニキに物申したらネコチャンが黙っちゃいないぜ』
ネコチャンは視線をゆっくり山に戻した。
尻尾が一本、パタン、と揺れた。
くわ、とひとつ、あくびをした。




