第十二話「招かれざるものたち(後)」
翌週、さくらからVINEメッセージが来た。
時折ネコチャンやゴマたちの写真を送るために、連絡先としてIDを交換をすることになったのだった。
『祖母から聞いたんですが、先週、集落の入口に車が何台か来て、うろうろしていたそうです。若い人たちで、スマホで撮影していたと。祖母が声をかけたら逃げるように帰っていったそうで』
諒は読んで返信した。
『教えてくれてありがとうございます。田中さんにご迷惑をおかけしました。ライブで話しておきます』
その夜のライブで諒は話した。
「集落の入口まで来てうろうろしていた方たちがいたそうです。地域の方にご迷惑をかけています。この場所、集落の入口より先は地域の方の生活圏なので。野次馬目的で来られても対応できないです」
コメントが流れた。
『すみませんでした、ちょっと考えたクチです』
『集落の人に迷惑かけちゃダメだよな』
『ネコチャンたちは画面越しに愛でるに限るでぇ』
一通り話してから、ライブを続けようとしたとき、コメントが一件流れた。
流れて、消えた。
速度が速かったので読み切れなかった。
録画を巻き戻して確認した。
『石碑に触れましたか。表面の文字を解読しないことを勧めます』
アカウント名は「yashiro_k」だった。
諒は少し画面を見た。
先週、怪奇探偵ナイトメアのコメント欄で見たアカウントだった。
「触れましたか」ではなく「触れましたか。」と句点がついていた。
つまり、疑問ではなく観測事実の提示。
そして「解読しないことを勧めます」。
忠告なのか、牽制なのか、読み方によってどちらにも取れた。
諒はコメントを読み上げようとして、やめた。
なんとなく、ライブで取り上げない方がいい気がした。
理由は説明できなかった。
スマートフォンを置いて、縁側を見た。
ネコチャンがいた。
いつもは山の方を向いているのに、今日は諒のスマートフォンの方を向いていた。
金色の目が、じっとそこを見ていた。
「ネコチャン」
ネコチャンは視線を上げて、諒を見た。
「このコメント、知ってますか」
尻尾が、四本、静かに揺れた。
揺れ方がいつもと違った。
パタン、という軽い揺れではなかった。
もっとゆっくりとした、考えるような揺れだった。
諒はしばらくネコチャンを見てから、スマートフォンをしまった。
その夜遅く、ライブを終えてから、諒は一人で縁側に座っていた。
「yashiro_k」のコメントをもう一度開いた。
アカウントをクリックすると、投稿履歴は先週の一件と今夜の一件、合計二件だけだった。
登録日は、先週だった。
怪奇探偵ナイトメアの動画が上がったのと、同じ日だった。
偶然かもしれなかった。
でも、ナイトメアの動画を見てから登録したにしては、コメントの内容が違いすぎた。
野次馬のコメントではなかった。
石碑のことを、最初から知っていたのではないか。
「以前から存在は把握していました、ね」
諒は空を見た。
春の夜だった。星が出ていた。
「……あんたら、前からここに目をつけてたのか」
誰に言うでもなく、つぶやいた。
ネコチャンが横に来て、座った。
諒の方は見なかった。
山の、奥の方を向いていた。
四本の尻尾が、静かに、揺れていた。
腕にあたる尻尾の先が、少しくすぐったかった。
その翌朝、諒が祠に供物を持って上がると、石段の途中に見慣れないものが置いてあった。
小さかった。
紙を折ったものだった。
白い紙を何度か折り重ねて、細長い形にしたものだった。
神社で見る紙垂に似ていたが、形が微妙に違った。
諒はしゃがんで、触らずに眺めた。
カメラを向けた。
「これ、誰が置いたんですかね。昨日はなかったはずなんですが」
風もないのに、紙がわずかに揺れた。
諒はしばらくそれを見てから、立ち上がった。
「…触らない方がいい気がするな、なんか」
そのまま上がって、いつも通り供物を置いて手を合わせた。
下りるときにもう一度見た。
紙は、さっきと同じ場所にあった。
でも向きが、変わっていた気がした。
祠の方を向いていたのが、奥の方を向いていた。
気のせいかもしれなかった。
後日アップした動画のコメント欄に、これがついた。
『その紙、忌み封じに使う形に似てます。何かを「呼び寄せる」ためのものだと思います』
アカウントは、別の人間だった。
古参の視聴者で、神道や民俗学に詳しい人だった。
続けてこうあった。
『意図的に置いたとしたら、祠と石碑の位置を把握している人間がやったことになります。気をつけてください』
諒はそのコメントを読んで、ライブで取り上げた。
「こういうコメントが来ているんですが、みなさんどう思いますか」
コメントが流れた。
『嫌な感じがする』
『ネコチャンは気づいてたんじゃないか』
『石碑を知ってる人間が置いたってこと?』
『yashiro_kってアカウント、関係ある?』
諒は少し間を置いた。
「わかんないですけど、祠には報告しておきます」
その夜、供物を持って裏山に上がった。
例の紙は、もうなかった。
代わりに、石段の端に、猫の爪痕のような傷があった。
石に、深く刻まれていた。
諒は爪痕を見て、それからネコチャンを見た。
ネコチャンはいつの間にか来ていた。
祠の前に座って、奥の方を向いていた。
四本の尻尾が一本も揺れずに、立っていた。
「……ネコチャン」
振り返らなかった。
でも耳だけが、こちらに向いた。
「気をつけてください」
自分でも何を言っているのかわからなかった。
強いのはネコチャンで、守られているのは諒の方だった。
それでも、言わずにはいられなかった。
しばらくして、ネコチャンの尻尾が一本、ゆっくり揺れた。
わかっている、とも、任せておけ、とも取れる揺れ方だった。
諒はそれを見てから、山を下りた。
集落の外れに、今年から新しい家族が越してきた。
都市圏で行われている移住セミナーに参加し、移住を決めた夫婦だった。
諒も参加したことがあるが、やはり参加者には葉族連れが多く、少し居心地が悪かったことを覚えている。
旦那さんが週末に外壁を塗っているのを諒は時々見た。声をかけると「諒さんの動画で覚えました」と言っていた。
視聴者さんだったとは、と同時に、来れる人もいるんだなあ、と驚いた。ネコチャンなりの選定基準があるのだろう。
その夫婦が先週、こんなことを言っていた。
「ここ、蚊がいないですよね。移住前に調べたら山間は虫が多いって書いてあったんですが」
諒は少し笑った。
「そうなんですよ。なぜかいないんです」
「害獣も来ないし。隣の集落の人に聞いたら、あのエリアだけなんですよねって言ってました」
「なぜか、ですね」
なぜか、だった。
でも理由は、だいたいわかっていた。
縁側の方から、尻尾が揺れる気配がした。
ただ今は、その「なぜか」の恩恵の範囲より、少し別のことが気になっていた。
yashiro_k。
石碑を知っている、誰か。
意図的に紙を置いていった、誰か。
奥の山に根を張った何かと、その誰かの間に、線があるような気がしていた。
根拠はなかった。
ただ、そういう気がした。




