3時 ショートプログラム
意地悪な猫にドレスを破かれ、灰を被ったシンデレラ。舞踏会にはもう行けないと泣いていると、超能力者が現れました。
超能力者は
薔薇を仮面に
たぬきを金に
蝶をドレスに
かぼちゃを馬車に
ネズミを馬に
カメレオンを従者に
犬を護衛に
深海魚をランプに変え
白鳥からガラスの靴を受け取りました。
「12時を過ぎれば幻は解けてしまう。12時の鐘が鳴る前に、戻って来なさい」
それが、ただひとつの契約でした。
舞踏会で、王子は美しいシンデレラに心を奪われます。まるで夢のような夜でした。
やがて12時の鐘が鳴り、シンデレラはひとつのガラスの靴を残して、姿を消しました。
王子は、あの舞踏会の夜が忘れられず、彼女を探します。
しかし国中を探しても、ガラスの靴は誰の足にも合いません。
「そんな女性いなかったのでは?」
そう誰かがささやきました。
王子以外、誰も彼女を覚えていないのです。
確かにいたはずの美しい女性。
王子は探し続けました。
もう戻らない夜の形を、誰かの足に押し当てて。
王子が求めたのは、シンデレラなのでしょうか。欠けた理想の過去なのでしょうか。
ついにガラスの靴が割れ、答えは永遠にわからなくなりました。
【検閲により削除】 国家保安省
*
フィギュアスケート世界大会の会場は、熱気に包まれていた。連邦と西側諸国の旗がひるがえり、さまざまな言語が入り混じる。
神宮は読心能力者を探しに、この国際大会へ来ていた。
今日は目立たぬよう保安省の制服を脱ぎ、私服のままベンチに腰掛け、入口の様子を伺っている。未来予知の能力で、この時間、この場所に現れる“切り口”をすでに知っていた。
――今から2分後、とある女性が警備員に呼び止められる。
理由は「フィギュアスケーター①のスケート靴を届けに来たが、中へ入れてもらえない」というもの。
保安省の手帳を見せれば、警備員を従わせることなど造作もない。記憶を改竄する術だってあるのだから、行き当たりばったりでも切り抜けられる。そんなことを考えていると、予知の通り一人の女性が警備員と揉め始めた。
透視で彼女の袋をのぞくと、中には銀のスケート靴。
ビンゴだ。
神宮はベンチから立ち上がり、ゆったりと歩き出した。
*
「①選手は、凍った川で練習するなど、苦難の幼少期を乗り越えた、まさにシンデレラストーリー!」
レポーターの声が響く。
「一つ失敗したジャンプは、①選手しか飛べない4回転サルコウでしたね。最大の武器で落としたことについて、どうお考えですか?」
「あの時、あのジャンプが成功していれば、そう思うことはあります。でも、一度きりだからこそ、フィギュアは美しいと考えています。明日のFPに集中するだけです」
「素晴らしいメンタルですね。SPは惜しくも二位通過でしたが、15歳での最年少優勝への期待も――乗り越えられますか?」
「ガラスのハートじゃ、選手はやれませんから」
全ては台本通りの回答だ。
本心では、人の心は皆ガラスだと知っている。ガラスは一度壊れてしまえば、二度と元には戻らない。
「今日の白鳥の湖、開始が少し遅れましたが、何か順番に問題があったのでしょうか?」
唯一、台本にない質問が飛ぶ。
「……いいえ、何でもありません」
インタビューを終え、会場を後にする。
国際大会ともなれば、保安省の連中も監視に来ている。
薄汚い奴らの“心の声”が聞こえてくる。
私は舌打ちしそうになるのを堪えた。
シンデレラストーリー?私の地獄は、お前らが両親を殺したから始まったんだ。
道中、大柄な男……確か神宮と名乗った男が見え、声をかけた。
「あの、先ほどはスケート靴を届けていただきありがとうございました」
彼には違和感があった。声が、聞こえない。
生まれた時から、私は“声”を聴いてきた。人々の欲望や怒り、嫉妬、そして両親が死んだ時の悲痛な声までも。だが、この男からは何も聞こえない。ただの空白。――それが、不思議と心地よかった。
俳優のように整った容姿。無駄のない筋肉。そして下心すらない空虚。
ふと、彼が私の肩越しに視線を向けているのに気づいた。誰を見ているのだろう?――まさか、あの振付師……?
私の不審そうな表情に気づいたのだろう。神宮は短く付け加える。
「そんな能力もあるのかと思って。いや、なんでもありません」
*
深夜。ホテルの一室。
窓の外には、首都レイグラードの夜景が雪と共に煌めいている。
神宮はベッドの足元に立ち、部屋の片隅に置かれた鏡をじっと見つめていた。
ゴーン
12時の鐘が鳴る。
人々が唯一“本心”を許される一分、神宮もまた、自らの“本性”と向き合わざるを得なかった。
悪魔は眠る必要がない。
悪魔の欲求はただ一つだ。
彼は鏡の前にゆっくりと立つ。
目を閉じ、ゆるやかに呼吸を整え、今日、いや昨日見た能力を思い起こす。
――変身。
黒い髪が白銀へ、赤い瞳は青へ変わる。
「……はは……全然似てないや」
*
国際大会の最中、一つの死体が発見された。手がかりは、現場に残された片方のスケート靴であった。




