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0時1分の欠落  作者: リョーシリキガク
午前編 本能

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2/24

2時 命の洗濯

12月19日

連邦首都レイグラード、国家保安省本部


 財閥当主の命を受け、超能力者と非能力者の架け橋として、連邦の国家保安省、超能力捜査官に赴任。

 12月18日、レイグラード郊外にて幻影の悪魔を討伐。悪魔の欠けた能力を求める性質を利用した。対象は読心によって死者の幻を見せる能力を保持。

 ここから「死者が心の中に存在するならば、読心能力者を用いて自分の心を読ませ、漣の再現が可能」との仮説を立案した。

 漣の遺言は代わりを探せであるが、他の誰にも何も感じないため、彼を再現する方針に切り替える。



「……報告書に個人的な話は書くな。それから、財閥当主様、偉大なる当主様とお呼びしろ」


 報告相手の上官は、手袋をはめた指で机をとんとんと軽く叩いた。

 小柄で、丸まった背中をした初老の男。目尻には油断のない皺が深く刻まれ、まるで老いた狸のようだ。

 恐怖の象徴である黒の制服を身にまとい、机の上には女性と子供の写真が飾られている。脳内のデータによれば、二人は既に銃殺されていた。密告したのは、この上官自身。

 国家の犬ならぬ狸である。


「はい」


 神宮は無言で頷いた。


MYEAR(ミーア)のチェック…も問題なしか」


 神宮は壁の財閥当主“様”の大きな肖像画を一瞥し、白く無骨な端末に手をかざした。

 心の監視装置(ミーア)。国民の精神を記録し、映像とともに保管する国家の猫。心は読めないが、強い反逆の兆候は感知できるらしい。最近は能力の解析が進み、読心能力に近い能力が使われているとのことだ。


「……相変わらず、完全な無反応だな」


 装置は純白のまま沈黙していた。


西側の思想汚染なし。反逆の兆候もなし……

 上官は書類にメモを走らせた。


 神宮は静かに口を開く。


「読心能力者を探しています。目撃情報は?」


 上官は書類の束を手繰り寄せ、数枚を神宮の前に差し出した。彼の手袋が目に入る。


「穀倉地帯で飢饉と反乱の兆候がある。粛清だ。汚れを落としてこい。あぁ、公開処刑をするから首謀者は生かして連れ帰るようにな」


 神宮はわずかに眉をひそめた。


「僕は、読心能力者を探したいのですが」


 上官はそこでようやく目線を上げ、口元だけで笑った。


「最近能力者狩りが流行ってるだろう?この反乱の裏でも反能力者の集団が動いている。薔薇の団――やつらが何か情報を握っているかもしれん」



 誰もいない薄暗い地下。膨大な映像データの中に、数多の叫びがこびりついていた。


「俺にはあるよ。命に変えても、守らなければならないものが」


 ある男の瞳は氷のように冷たく、ある男の瞳は、獣のようにギラついていた。


「全てをこの国に捧げる覚悟! この意味がわかるか? 自分の命だけではない、家族もろともだ……この巨大な国家を背負うとは、自ら悪魔になることだ!」


「一体いつから、私は手袋を外せなくなった?」



「穀物の生産は順調ですよ、輸出も問題ありません」


 駅のホームで駅員が陽気に繰り返す。

 瞬間移動で来れば列車もいらないが、切符が残らないから宿泊の出張費が出ないのだ。そんな滑稽な規則に従いながら、神宮は駅を出た。


「保安省の職員が……何のご用で?」


「国庫から輸出用の小麦が大量に盗まれたそうで。その犯人探しを」


「…!いや、警備に不備はありませんでした。まるで魔法…きっと超能力者が盗んだんです!」


 国の倉庫で、地下部分にあった小麦が盗まれ、代わりに身元不明の死体が倉庫内で見つかった。


 薔薇の団は反超能力の団体だと聞いた。犯人が能力者なら薔薇の団とは無関係に、別にいることになるが、真面目に犯人探しをする必要はない。薔薇の団をさっさと捕らえて情報を吐かせれば仕舞いだ。


 駅員の口調とは裏腹に、村の空気は死んでいた。


 飢餓輸出――。

 道端には、袋をかぶせられた死体が山のように積まれている。疫病で息絶えた者たちだ。雪がその顔を覆い隠すことだけが、この地に残された唯一の慈悲だった。

 痩せこけた子どもが、道の脇にしゃがみ込んでいる。黒ずんだ氷を削っては舐め、土の中から掘り起こした腐った根菜を手繰り寄せる。


 神宮は歩きながら、能力で村中の“声”を拾った。


「偉大なる当主様……」

「西側を打ち倒せ……」


 誰もが作り笑いを浮かべ、台本通りに言葉をなぞっている。“心の監視”のもとでは、本音など発露のしようもない。


「連邦評議会で、当主様は“自然は真空を嫌う”と仰った。空白を埋めるよう、能力者を知ろうと歩み寄るべきだと……」


 テレビからは演説が響き、雷鳴のような拍手が流れている。

 だが、国民が能力者へ向ける視線は、この国の冬よりも冷ややかだ。


 この冷たさが、君を溶かしてしまったというの。


 その心の声は、どんな監視システムにも届かなかった。



ゴーン――


 重々しい鐘の音が、夜の村を震わせる。

 12時を告げるその音は、冷え切った窓ガラスさえ微かに震わせた。


ゴーン、ゴーン―


 神宮は静かに、宿の部屋で耳を澄ます。


 ――日付がずれる、0時1分。

 強力な監視システムもこの1分だけは、同期のために沈黙する。12時の鐘で魔法が解け落ちてようやく、国民は自分を出せるのだ。


「助けて……」


 闇の中から、掠れた声が浮かぶ。


「この国は間違ってる……」


「能力者を重用するなんて!」


「薔薇の団がいなきゃ、とっくに餓死者が……」


「石鹸もない……このままじゃ疫病で……」


 普段は決して表に出ない本音が囁かれる。


 家々の奥で、隠されていた心の声が、0時1分の空白に滲み出す。だが監視装置がなかったところで、この言葉が本心なのか。それは誰にもわからない。

 神宮は静かに立ち上がり、能力を切った。


 そして丘の上で、誰かがつぶやいた。


「漣先輩……もし1分本心を出せるなら、周りが望む自分を演じなくていいとしたら」


 彼女は微笑む男の写真を見ていた。


「貴方は何を語りますか?」



 ドンドン――。


 重く冷たい鉄扉を叩く音が、眠る住民の鼓膜を切り裂くように貫く。


 家族全員の血の気が引いた。毎晩の粛清。我が家だけは大丈夫――そんな淡い幻想は、泡のように消えた。


「荷物をまとめて待ってなさい……愛してるよ」


 父親は寝巻のまま、決意をにじませて玄関へ向かった。扉の向こうに立つ黒い影――国家保安省。絶対の権力と死を告げる黒衣だった。


「ど、どうされました。こんな夜更けに……」


 声は震え、肩が小刻みに揺れている。


「話を聞きに来た。あなたが呟いた“薔薇の団”について」


「……知りません。何も、聞いたことは……」


 男は反射的に否定し、顔を強張らせた。


 そのとき、神宮が静かに懐へ手を伸ばす。男は恐怖から身を引いたが――


 神宮の掌には、ふわりと湯気を立てるパンが現れていた。


「食べる?」


「……っ! 能力者!?」


 創造能力――。能力者の中でも希少で、無から何かを生み出すことは燃費の悪さゆえ、不可能に近かった。

 だが神宮は、それを平然と、呼吸のように使ってみせる。


 男の喉が、ごくりと鳴った。


 そして、空腹が恐怖を呑み込み、男は無言でパンを受け取る。


「……村に来て、俺たちを飢えから救ってくれた男が……その……いい人でした」


「いい人?」


「パンをくれて……」


 神宮は静かに首を傾げる。


「なら僕もいい人か?」


「……」


「知りたいのは、そいつの居場所だけだ」


 男は迷いながらも、首を横に振った。


 飢えた本能が理性を揺るがすなか、まだ最後の一線を守っている。


 俺はお前らとは違う。人間なのだと目が訴えている。滑稽だ。こいつと僕、そこにどれほどの違いがあると言うのだろう。


 神宮は無言でテーブルを指差し、次の瞬間、カゴいっぱいのパンを無造作に創り出した。

部屋中に、香ばしい匂いが広がる。


 だが、男は唇を噛み締め、なおも首を横に振る。


 神宮の笑みが、すっと消える。無言のまま男の額に指を当てると、男の背を冷たい汗がつたう。


 ――サイコメトリー。


 過去の記憶を読み取る異能。神宮の脳内に、パンを渡す誰か、仮面をつけた大柄な男の映像が流れ込む。


 しかし面倒なことになった。

 "まさかパンを連れ帰って公開処刑するわけにもいかない"


 神宮はもう片方の手を宙にかざし、念写によって紙の上に、パンを配る男の姿を浮かび上がらせる。


「隠しても無駄だ。命は惜しいだろう?」


 紙を見せられた男の顔に、さらに脂が滲む。


 生存本能――男は選択を迫られていた。


「……丘の上に、反超能力者の団体がいる。そいつらが昔は小麦を徴収して飢饉になってたが、最近になって突然パンを配り出した」


 腹の音が、ひとつ鳴った。



 丘の上の廃屋。

 壁一面には赤文字の叫びが乱雑に刻まれていた。


『超能力者に死を』

『自然は真空を嫌う』

『超能力者は異物、排除せよ』


 その隙間に、なぜかスケート大会のチケットが一枚、挟まれている。


「……」


 自分と違うものを拒絶する。それもまた、人間の本能なのだろう。


 神宮は透視で内部を覗いた。

 着膨れた男が一人、椅子に腰かけている。仮面は外されていた。いや、一人ではない。一匹と呼ぶべきか。


 神宮はドアを乱暴に蹴り破り、淡々と声をかける。


「おい、悪魔。お前の能力は? 物体を入れ替えるだけか?」


 物体の入れ替えるにもエネルギーが要る。だから丘の上から質量を持ったもの同士を交換するわけだ。


「わざわざ死体を入れ替えたのは、お前の能力が位置を交換するものではなく、その場所にあるまま、作り替える能力だからか?」


 場所はそのまま、AをBに、BをAに。そうして交換されたと同じ状態を作っている。しかしそれならあのパンは実質……

 その推測に男、いや悪魔は目を見開いた。白目のない、赤黒い眼がぎらついた。

 反応から察するに、能力はひとつだけ。複数の力を持つ者など、ごくわずかだ。


 神宮はさらに問いを重ねた。


「まぁ能力はどうでもいい。元の住人、薔薇の団の男は生きているのか?」


 悪魔は沈黙した。その答えは、No。


 神宮は無表情のまま歩み寄る。

 悪魔は、神宮の意図を悟ったのだろう。自らを“薔薇の団”として仕立て上げ、公開処刑のノルマを果たそうとしているのだ。


「……話がある!」


 悪魔は叫び、震える手でこめかみに鋭い爪を押し当てた。

 血の滲む気配とともに、荒い息が洩れる。


「情報をやる! 拷問の手間を省く代わり、この村を救ってくれ! 食料はどうにかなるかもしれんが、薬がない。特に石鹸だ……!」


 爪をさらに深く押し込みながら、悪魔は神宮を睨み返した。


「石鹸があれば……!なぁ?子供が、肌が溶ける病気にかかってる!」


 悪魔からは自死への覚悟が読み取れた。


「…」


 お前にはあるのか?命に変えても、守らなければならないものが


 彼の手は震えていた。死への恐怖を確実に持ちながらも、他者を選んだ。

 生命は時として本能を凌駕するのだと。


「わかった」


 神宮は静かに応じた。


 彼の目が、神宮の顔をじっと見据える。嘘か本当か――だが、信じるしか選択肢はなかった。


「安心しろ。アクマは契約を守る」



 村人たちは次々と真っ白な石鹸を受け取り、誰ともなく安堵の吐息をもらした。


 神宮は踵を返し、悪魔のもとへ歩み寄る。悪魔を後ろ手に縛り上げ、二人は列車へと乗り込んだ。

 首都の本部に着けば、待っているのは粛清だ。それでも悪魔は、窓越しに救われた村へと、優しい目を向けていた。


 この悪魔の心を、もし“監視装置”にかざしたなら――自分の純白より、美しい何かが浮かぶのだろうか。


「契約だ、話せ。読心能力者を知らないか? 元の住民である薔薇の団の男から、得られた情報があるだろう」


 悪魔は口を開いた。


「……薔薇の団の能力者狩りについて、心が読める振付師がどうとか。チケットが挟まれていた」


 あのフィギュアスケートのチケットか。


 列車の発車ベルが遠くで鳴り響く中、彼がふいに低い声で尋ねた。


「……こんな量の石鹸、どうやって手に入れた?」


 彼は窓越しに、線路の外の死体を見た。村には死体だけは豊富だ――


「石鹸は動物性の油脂からできてる……」


 神宮はしばし黙って、窓の外の雪景色に目をやる。


「僕の創造能力なら“変化”じゃなく、“無”から生み出せる。お前が考えているようなことはない」


 そう言いながら、神宮はふと自分の掌を見下ろした。


 ――しかし、何が違うというのだろう。


 死体から作られた石鹸が血塗られていないと言いたいのではない。

 救いを生み出したこの手も、決して落とせないほど汚れているのだから。


 列車が村から遠ざかる。

 倉庫にあった死体は、消えていた。

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