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0時1分の欠落  作者: リョーシリキガク
午後編 愛

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19/24

19時 舞踏会

 12月22日、19時。

 神宮と一ノ瀬は、後輩を探すため保安省本部へと向かっていた。

 本来ならもっと早く着いていたはずだった。遅れたのは、一ノ瀬の人格が理由である。


「……やめて! 虐殺なんて違う!」


 泣きつく一ノ瀬を横目に、神宮は思案した。


 一ノ瀬に人格があると計画に支障が出るなら、洗脳するべきか。だが心を操作した場合、読心術が変わらず使えるだろうか。

 これ以上遅らすようなら洗脳しよう、神宮はそう決めた。額を指で触れば一瞬だ。


 建物は侵入と処刑の跡をさらけ出し、廊下にはまだ煤と瓦礫が散っていた。銃声も悲鳴も、もう聞こえない。ただ、静寂だけが残っていた。


 その廊下の奥。ふらつきながら歩く一人の少女が現れた。


 髪は乱れ、瞳は焦点を結んでいなかった。フロア全体に違和感が漂っていた。


「……なんでこんなところに子供が?」


 神宮は、すぐにそれが誰かを理解した。


「完全記憶能力者だ。心の監視装置(ミーア)のデータを溜め込んでいる」


 革命の混乱で逃げ出したのだろう。データをコピーした今となっては、薔薇の団にとっても、国にとっても価値のない存在だ。


「近づかないほうがいい、もう悪魔になるところだ」


「……え?」


 近づこうとした一ノ瀬が、驚愕の表情を浮かべる。ミーアは、ただ、ゆっくりと神宮に向けて歩み寄る。


 その歩みとともに、周囲の空気が、静かに歪む。


 ――悪魔化。


 体から黒い霧が吹き出し、再び構成されていく。真っ白だった肌は褐色に、瞳は赤くぎらついていた。


 一ノ瀬は膝から崩れ落ちた。研究者たちの心を見た時から、薄々気づいてはいたのだろう。それを受け入れられなかっただけで。


「……! あ、あの子、どうにかしてあげて! 人に戻せないの!?」


 神宮は踵を返した。この本部に後輩はいない。彼にとって、ここにいる意味はなかった。


「無理だ。一度悪魔になれば、人には戻れない」


「……ひどい! 能力を利用されて閉じ込められて、要らなくなったら捨てられて!」


「他にも、酷い目に遭ってる人はいる。誰かを特別扱いするのが正しいとは限らない」


 神宮は淡々と言い、しゃがみ込む一ノ瀬を引っ張ろうとする。だが一ノ瀬は動かない。


「君は自分の境遇と重ねて可哀想に思うだけ?」


 読心術の装置としてしか見られていないことに気づき、利用価値がなくなれば捨てられることが怖い。だから同じ境遇のミーアを助けたがる。


「自分が失ったものを、他人の中に求めていないと言い切れる? それなら僕とどう違うの?」


 その言葉に、一ノ瀬は黙った。

 しかし、目は逸らさなかった。


「……正しいとかじゃない。

知らなかった頃には、もう戻れない。

ただ、目の前の人を救いたいと思うのが、人間の本能なの」


 その声は震えていたが、まっすぐだった。


「貴方と私が違うなんて思ってない。貴方もあの子を助けたいと思うでしょ……?」


 神宮はミーアの能力を観察した。

 悪魔化による能力の反転。


 彼女の完全記憶能力は、物体を引き寄せる、アポートへと変わっていた。

 全ての記録を押し込められた者は、欲しい物体を引き寄せることを望んだのだろう。

 

 悪魔化によって能力は反転し、悪魔は欠けを求める。その欠けとは、皮肉にも元の能力だ。


「いいや、僕には読心術以外の全能力が揃ってるから。あの悪魔を欲しいとは思わない」


 一ノ瀬は、目を見開いた。


「……あなたは……悪魔なの……?」


 神宮は答えた。嘘をつかない約束だから。


「……そうだ」


 一ノ瀬は、静かに神宮の腕を掴んだ。


「……知ってること、全部話して」


 神宮は目を伏せたまま、応じた。


「薔薇の団の計画は、全国規模の精神破壊だ」


 一ノ瀬の目が揺れる。


「0時1分。心の監視システムが一斉に同期するタイミングで、全国民の精神に、あの完全記憶能力者が記録してきた情報を逆流させる」


 神宮は淡々と語る。


「どうでもいいでしょ? 早く行こう」


 その言葉に、一ノ瀬は力を込めて首を振った。


「ミーアを助けて。薔薇の団を止めて。

あなたはあなたにしかできないことを、私は自分にできることをやる」


「何するつもり?」


「私は暴動を止める。民衆を、少しでも」


 神宮の目は氷のように冷たかった。


「……」


 神宮はすっと一ノ瀬の額に手を伸ばした。


「……契約、したでしょ?」


 一ノ瀬の言葉に神宮の指がピクリと止まった。


「もう一度、滑らせてほしいって。あの夜に……」


 彼女はガラスの靴のアクセサリーを握った。契約した夜、渡したものだ。


「川で滑れば、皆んなの気が少しでも逸れるかもしれない……故郷なの」


 神宮は、彼女の瞳を静かに見つめる。


「12時だ。12時の鐘が鳴るまでに帰って来て」


 神宮は一ノ瀬が握ったガラスの靴に触れた。舞踏会で滑れる靴に変えて。

 蝶をドレスに変えて。深海魚をランプに変えて。

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