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0時1分の欠落  作者: リョーシリキガク
午後編 愛

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15/24

15時 社会契約説

 僕は初めて、何かを壊したいと思った。

 目の前の、この薔薇の団の男は、何をほざいているのだろう。


「僕はちゃんと生きてる。漣くんとの約束を守れてる」


 確かに僕には、感情も、主体性も、やりたいこともない。

 彼との契約に従っているだけだ。――それでも、僕は機械ではない。僕は生きている。


「彼が生きろと言ったから、僕は生きるんだ。彼が幸せになれと、やりたいことを見つけろと言ったから! 僕は自分なりに探してる!」


 自分が声を荒げていることに気づき、僕は嬉しいと感じた。

 この怒りも憎しみも、すべては君を愛しているからこそ生まれたものだとわかったから。僕は君のためなら、人並みに怒れる。驚くほど饒舌になれる。


「お前たち薔薇の団は目を逸らしてるだけじゃないか。彼を理想の偶像に仕立て上げて。人間として苦しんでいたかもしれないのに」


 男は息も絶え絶えになりながら、それでも問いを投げかけてきた。


「……彼の処刑を知った時。僕は全てを壊してでも、一緒に生きようと言った。だから彼も、心の奥では生きたかったと思っていてほしい」


 あの0時1分に、何があって“欲しい”のか。

 それは真実とは別に存在する。しかし、答えが何であっても僕は向き合いたい。


「人がパンのみで生きるのではないように、僕は問い続けてる」


 それが愛であれ、本能であれ。

 君との約束を守りたいと願う、この気持ちだけは本物だ。


「知りたいことを知ろうとする。自分が正しいと思ったことが本当に正しいのか確かめる。

――それが、生きるってことだろ?」





 床に落ちた血の雫が、白いタイルの上に黒く染みを広げていた。

 神宮は手袋を外し、汚れ一つない掌のまま部屋を出た。


 薔薇の団の計画は壮大なものだった。向こうが読心能力者の話も知っていたのも、あの村の飢饉から情報を集めたらしい。


 廊下の奥、仄暗い監視室。上官は黙ってスクリーンを凝視していた。

 一ノ瀬と入れ替わる際に上官を気絶させたが、バレていないようだ。神宮はしばし観察を続けたが、挙動は普段と変わらなかった。

 透視の力を働かせると、机に伏せられた書類の見出しが浮かび上がる。「仮想敵ビクトル設定集」と記されていた。


「お前が知りたいことは、わかったか?」


 神宮は血の付いた手袋をゴミ箱に捨て、淡々と告げる。


「ええ。国が薔薇の団と繋がっていることも」


 上官は否も肯もなく、そのまま立ち上がり、歩き出す。神宮も並んだ。


「警備の穴や襲撃の成功も逃走も。一つをのぞいて、“契約”されていた通りです。薔薇の団のトップと上が繋がっている。でなければ辻褄が合わない」


 中将はため息をついた。


「そう、契約だ。今や“国家”はいらない。これからは、財閥によるグローバルな統治、“超能力”を軸に据えた新秩序を――」


 神宮は皮肉に目を細める。


「悪魔を倒すヒーローとして能力者を英雄化し、国民感情を操る。僕は薔薇の団を倒してその象徴になると」


 かつて“西側”を憎悪の対象にしたように、今度は最強の悪魔(ビクトル)を演出する。我々は敵を作らなければならなかった。

 中将は神宮を見て、一瞬だけ口をつぐむ。


「その通りだ。だが薔薇の団のトップはもう制御できん。完全記憶能力者のデータを抜き取ったのは、計画にはなかった」


 組織のガタつきは明白だ。このままでは国家そのものが崩壊する。だから一度壊す必要があると。


「奴は記憶を操れるが、完全記憶能力者ではない。コピーした大量のデータは、脳内ではなく、別の情報媒体に入れているはずだ。薔薇の団はそのコピーデータで何かをするつもりだろう」


 拷問と記憶から見えたのは、黒いUSBだった。あれが"ガラスの靴"というわけか。


 神宮は問いを重ねる。


「国民感情を利用し、国家という枠組み自体を消して、新たな“契約”で世界を作り直す。それが上層部の目的。

だが薔薇の団の目的は、国家崩壊後の混沌そのもの。革命までは利害が一致するが、その後は敵になる」


「万人の万人に対する闘争。そこで能力者が新しい秩序を作る、という筋書きだ」


 上官は神宮を見つめる。


「我々には“両取り”が求められている。

薔薇の団の革命は成功させ、腐った国家を潰す。しかし、その先の主導権は奴らには渡さない。それが君の任務だ」


 上官は歩みを止めた。


「神宮、我々と契約しよう。

これで超能力への差別も薄れるだろう。それは穏健な方法では叶わない。

何かを変えられるのは“暴力”だけだ」


 神宮はしばし黙し、やがて静かに言った。


「ですが、漣がそれを望むでしょうか。

薔薇の団のトップ、漣の後輩は彼を信奉しているはずです」


 上官の答えは、意外なものだった。


「漣って誰だ?」

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