14時 問いから目を背けないで
保安省本部。豪奢な控室で眠る一ノ瀬の頭に、男の掌がそっと触れた。
ピリッ――小さな火花が指先を走る。
「これは……読心能力者さんが、今もこっちを覗いてるのか?」
「そう。全部見たわ。あなたが薔薇の団のトップで、漣さんの後輩ってところまで」
天井スピーカーから男の声が響く。上官の声であったが、その中に入っているのは一ノ瀬である。
彼女の声は僅かに上擦っていた。
入れ替わり能力は知らされていたが、その能力者…つまり研究所の男が来ると思っていた。三人による入れ替わりで、薔薇の団のトップが来るとは想定外だ。
「直接話をしたかった。幼馴染の一ノ瀬さん。貴方が彼に足る相手か確かめるために」
後輩は、静かに口を開いた。何の話をしているのか、一ノ瀬にはさっぱりだが、後輩はそのまま続けた。
「貴方の愛は本物?」
「何の話?」
「人は、自分が持たないものを愛する。まるで、それを手に入れれば完全になれるかのように」
後輩は言葉を続ける。
「貴方が神宮という化け物に惹かれたのは、心のどこかで強さを求めていたからでは?両親を奪い、能力者を差別する世界への復讐。理由は十分だ」
「違う。単に顔がタイプだったから。内面は好きじゃない」
「では貴方が神宮を嫌うのは、彼が貴方と違うから?それとも、彼が貴方と同じだから?」
「そんなことをなぜ考える必要があるの?」
後輩はふっと笑った。
なぜ彼、もしくは彼女はこの本部から逃げないのだろう。
「"貴方たち"に問いから目を背けないでほしいから。例えば神宮はきっと今頃研究所で他人を傷つけている。貴方は彼が酷い人だと思う」
「思うわ」
「でも、貴方にも欠けを埋める欲求はない? 貴方はあの悪魔とは違うと言い切れる?」
さぁ考えて、とでも言うように後輩はこちらを指さした。
「違う……私は違う」
「違わないかもよ? その否定したい衝動は何?」
後輩の声色が変わる。
「あら、入れ替わりの能力者が殺されたわ。もうさよならね」
そう言い残すと、後輩――実は女だったらしい――の意識はふっと消えた。
まもなく、一ノ瀬自身の意識も遠ざかっていく。入れ替わっていた体から無理やり引き剥がされ、宙に浮かぶような感覚に捕らわれた。
その虚ろな空間で――誰かの、誰かの声が、絶え間なく反響していた。
*
『んー?』
呼びかけに応えるような声。
「読心能力使えばいいって……違うもん! あなたの口から聞きたいの!」
どんな答えが返ってきたのか、思い出せない。場面が変わる。
「大好き。ずっと私を忘れないで」
話しているのは私だろうか、幼い頃が響いた。
『忘れないよ。忘れたらもう俺じゃない』
また場面が変わる。相手の顔も姿も、何もかも朧げだったが、最期の言葉だけは、はっきり覚えていた。
『生まれ変わっても探しに行く。お前を守るよ』




