11時 契約
「処刑は昼の12時だったはず……鐘の音も聞こえない」
映像の欠けはシステムの不具合ではない。
装置のバグは日付の切り替わりに起因するもので、深夜12時にしか起こり得ない。何より、この映像は別の録画方式で記録された。
……先ほどの襲撃で、完全記憶能力者の記憶を奪われた?
また、後手後手だ。
映像越しでも読心が可能だと、早く気づいていれば。
だが、もう逃さない。
漣を信奉する薔薇の団。
その首領は、記憶改竄能力者。
なぜかこの1分"だけ"奪った。重要な情報を持つ映像なら、削除せず保存しているはずだ。
失われた1分の映像。
そこに全ての答えがある。
奪い返すために、まず――
*
「どうしたの?」
背後から、かすかな声がした。
一ノ瀬が、傷ついた脚を抱えるように座っていた。包帯の内側から赤が滲む。
スケートへの影響は分からない。だが短い選手生命の中で、それは致命的な欠けだろう。
神宮は少し間を置いてから、口を開いた。
「僕が本部に連れて来たから、君は襲撃に巻き込まれた。すまない」
神宮は申し訳なさそうな表情をした。一ノ瀬は、しばらくの沈黙の後に答えた。
「……そうね。でも二度、あなたが "助けて" くれた。
一度はそれで相殺。残ったもう一度、私があなたに協力するべきだと思う」
神宮は、静かに一ノ瀬の前に膝をついた。真っ直ぐ、彼女の目を見て誓う。
「君の脚を治すよ。もう一度、滑れるようにする」
「……ほんと?」
「ああ。契約だ」
神宮は彼女の手を握り、そして開いた。
その掌の上に、ガラスの小さな靴が、そっと生まれていた。
先ほど地下でみた能力制御用の装置を再現したもの。
透明な脆い輝きが、薄明かりの中で瞬く。
「君に、僕の心を見つけてほしい。君しかいないんだ」
一ノ瀬は、涙ぐみながらそのアクセサリーを抱きしめた。
「……うん、約束する。16歳で迎えにくるのは、あなただったのね」
誠実で真っ直ぐな赤い瞳は、本当に一ノ瀬を見ていたのか。彼の心は読めなかった。
*
一ノ瀬に映像を見せれば分かる。
0時までの君は完璧だった。それでも0時1分の君には、何か伝えたい最期の言葉があったのか。
――漣くんは僕の心に何を見たのか。
失われた“0時1分”を探す午後が訪れる。
欠けたものを求める。
それが悪魔の本能だ。




