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0時1分の欠落  作者: リョーシリキガク
午前編 本能

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10/24

10時 記録

 神宮は、白くひび割れた床に背を預け、上官の話を聞いていた。


 襲撃してきた薔薇の団は漣を信奉し、革命を狙うテロ組織らしい。

 強力な能力者であった漣の遺伝子から、悪魔を強化する研究もしており、飢饉の村にいた異様に優しい悪魔もその一つだと。

 監視装置の記録保管室、つまり映像を記憶している能力者に接近されたが、全員撃滅したそうだ。


「お前がダメージを受けるとは……痛むなら医務室に……」


 戦闘を終えた後の空気には、火薬と焦土の名残が漂っている。


「痛くない。心の方が痛い」


 神宮はそれだけ答えた。


「あの女も医務室に運んだ。あの女を……お前、漣のことが好きなんじゃ……いや、最近は男でも女でもいいってのもあるのか」


「漣くんは恋愛として好きなわけじゃないです。殺しますよ」


 上官は懐から煙草を取り出し、火を灯そうとして指を止めた。


「……なぁ神宮。お前、悪魔なんだろ」


 沈黙が落ちた。

 夜の残骸のような光が、割れたモニターに反射している。


「気づかれたからには……俺の記憶も消すか?」


 冗談のような口調だったが、その声にはかすかな震えがあった。

 人の記憶など、能力で容易く消せる。神宮にとっては、選ぶだけのことだ。


「漣の処刑には、俺も賛成した。あれだけ強力な能力者は恐ろしかった」


 彼は最強の能力者として、自ら死を選んだ。能力者への差別を和らげるために。


「彼を殺したのは俺だ……復讐、したいか?」


「別に」


 そんなことをしても彼は戻ってこない。彼を殺した者たち、この世界への怒りというのは、不思議と全くなかった。


 上官はタバコに火をつけ、ふっと一息吐いた。


「よかったよ。俺も死にたくはない。これだけ手ぇ汚してきてもな、死ぬのは怖い。生物の本能はよくできてる」


 ではなぜ彼は……そう言いたかったのだろうか、神宮はその言葉の真意を考えなかった。もう善悪も敵味方も、どうでもよかった。


 薔薇の団との戦争に協力する気もない。命令に従う理由もない。無理に従わせようとするなら全て滅ぼせばいい。


 ――ただ、この欠落は永遠に埋まらないのだと、知ってしまったのだ。



 白い医務室に入ると、機械の低い駆動音が響いていた。

 ベッドの上で一ノ瀬が意識を取り戻していた。脚にはまだ包帯が巻かれ、血の滲んだガーゼが淡く赤く染まっている。


 彼女はモニターを見ていた。本部に保管された――漣の最期の映像だった。


「綺麗な人ね」


 かすれた声で一ノ瀬がつぶやく。


「……神宮さん。あなたに触れていれば、画面越しでも心が読めるみたい。

さっき監視カメラ越しに、悪魔の心がはっきりと見えた。あなたほど強力な能力者を媒介にすれば見れるのかも」


 そう言って一ノ瀬は手を差し出した。神宮は彼女の手にそっと触れた。互いの皮膚の温度が、確かに生きていることを伝えていた。


 二人が見つめるのは処刑の映像。白衣をまとい、柔らかな笑みを浮かべる漣は、まるで神話の贄のように美しかった。


「漣くんは、何を思っているの?」


 神宮が尋ねると、一ノ瀬はそっと目を伏せて言った。


「……彼は満足している」


「彼の願いは愛されることだった。崇拝や恐怖ではなく、対等に自分を見る、そんな愛。そしてそれは神宮さんが彼を愛することで叶ったから、彼は自分の人生に後悔はない」


 画面の中で、漣がそう呟いたような気がした。


「自分を忘れてほしいと思った。でも、本当にできなかった。なぜなら……」


「……知ってたよ」


 自分が読心術だけ使えないように、漣は記憶操作だけ使えなかった。互いが互いの“欠落”を補うように。


「嘘なんてついてなかった。君は最期まで完璧だった」


 頬を伝う液体に、神宮は触れた。これが心でなくて、何だというのか。


 モニターはなおも再生を続けた。


 最期の瞬間、彼は自分に読心術を使った。僕の心が見えたはずだ。彼に対してなら、揺れ動く何かがあるのだから。


 しかし、漣の処刑の直前。


 ――その「1分」だけ、映像が欠落していた。


 一ノ瀬が、唇を震わせた。


「……12時1分……?」


 ―― 0時1分の欠落――

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