日の光
向かう途中、私はとある疑問が頭に浮かんだ。
「旅人さん、そういえばずっと聞きそびれていたんですけど、名前はなんていうんですか?」
旅人さんはピクリとしたけれど表情は変えずに言った。
「俺に名前はない。」
「…え?」
「今の俺の生きる名前はもうないんだ。子供の頃にはあったが、もうないんだ。」
私は少し考えたあと、旅人さんにこういった。
「私はユイです。旅人さん。ユイ、ですよ?」
旅人さんは少し驚いた様子だったけれど、その後に微かに微笑んだ。
「わかった。覚えておこう。」
そう会話しているうちに馬車が見えた。御者に頼んで荷台に乗せて街まで運んでもらうことになった。私は涙を流したせいか、少し眠くなってきていた。意識が朦朧とする中で、私は旅人さんに言った。
「私…旅人さんにまた会えて、本当によかったです。このまま、ずっと…側にいれると嬉しい、と思います。」
「…そうだな。お前が”そば”を離れない限り、俺も離れないと誓おうか。」
「えへへ…」
そのまま私は夢の中に落ちていった。
しばらくすると旅人さんが私の方を揺すっていた。瞼を開くともうすでに街の中にいた。
「よく寝れたか?」
旅人さんは私の顔をのぞき込んでいた。私は少し恥ずかしくなりながら大丈夫と笑顔で答えた。
「今から宿に向かう。歩けるか?」
「もちろんです。お気遣いありがとうございます。」
「そういえば、昼を食べ過ごしていたな。何か食べてから向かうか。」
「え、いいんですか?」
「当たり前だ。何が食べたい?」
「そうですね………芋が食べたいですかね!」
「わかった。この通りの先に魚と芋がうまい店がある。そこに行こうか。」
旅人さんは私にとても優しかった気がした。他の人にもそうかもしれないのに、なぜかそう思ってしまった。食事を終えて宿に向かい、部屋に入った。そして1つ質問をした。
「旅人さん、どうして部屋を2つ取ったんですか?1つのほうが安いじゃないですか。」
旅人さんは呆れた顔で言ってきた。
「あくまで異性同士、さすがに配慮はする。」
「あー、そういう事…でも私気にしないので次からは1つでお願いします!」
「いや、そういう問題じゃなく……」
旅人さんは頭を抱えて言葉を飲んでいた。
夜になり、ベットに横になり眠ろうとしていた。でもなぜか眠れなかった。枕が違うせいか…もしくは旅が始まって興奮して眠れないのか…どちらにせよ早く寝ないといけない。旅人さんなら眠る方法を知っているかもと思って隣の部屋に向かった。扉をノックして、しばらくすると旅人さんが出てきた。
「どうかしたか?」
「夜遅くにごめんなさい…なんだか眠れなくて…」
「そうか…いったん入れ。」
部屋の中に入り、私は椅子に座った。そして旅人さんは心配そうな顔をして聞いてきた。
「…もしかして、眠れない理由は俺か?」
意味が理解できなかった。ポカンとしているともう一度聞いてきた。
「今日だけで君は色々なことをした。再会、別れ、そして環境が一気に変わった。眠れなくてもおかしくはない。この先…旅が怖いか?」
否定しようとしたけれどなぜかうまく言葉が出てこなかった。自分でも驚いた。多分、図星だったんだ。
「…後悔してるか?」
不安げに聞いてきた。だから私は真顔で答えた。
「それはないです。旅人さんと一緒にいれて楽しいし、嬉しいです。」
「…そうか。無理はするなよ。そうしたら、すぐにでも家に帰ってもらう。」
「わかりました。約束です。」
旅人さんと話したからか、少し眠気が出てきた。自分の部屋に戻り、深い眠りについた。とても気持ちが良かった。
目が覚めたら太陽の光が差し込んでいてとても眩しかった。急いで身支度をして旅人さんの部屋に行った。でもノックをしても返事がなかったから勝手なのは分かっているけれど部屋に入った。すると旅人さんはまだ眠っていた。なぜかベットじゃなく、床に座り、壁に寄りかかっていた。私は体を痛めると思って急いで起こした。
「…?あぁ…君か。おはよう。」
寝起きは頭が働いていないのか少し可愛かった。
「おはようございます。どうしてベットで寝てないんですか?」
「…長年旅をしすぎて、逆にベットで寝れなくなったんだ。」
「…よくわかりません」
「そうだろうな。さてと…俺は着替えるから少し部屋を出ていてくれ。終わったら昨日買っておいたパンがある。それを食べようか。」
「はい!」
最高の朝だと思った。だから、元気よく返事をした。旅人さんが準備を終えて朝食を食べ始めた。食べながら話をした。
「旅人さん、これからどこに向かうんですか?」
「そうだな…君は、旅の目的は何だと思う?」
「旅の目的?なんだろう…やっぱり自由に行きたいところに行くとか…自由のためですか?」
「それもある。でも俺の旅は違う。俺は自分を埋めるために旅をしている。でも君にはそんな旅をしてほしくはない、だからあらかじめ決めておいてほしいんだ。本当に、自由だけでいいのか?」
「…はい、旅人さんと、いつでもどこでも一緒なら、なんでも楽しいので!」
「…君は本当に変わっているな。」
「人間みんなどこかしらは変わってますよ。」
「とりあえず今日は、西に向かおう。西はこの街より発展している。だから物資を調達しやすいし、何より安全だ。」
「わかりました。足を引っ張らないように頑張りますね。」
私は満面の笑みで、旅人さんは少し微笑みながら会話をしていた。
食事が終わるとすぐに街を出た。西方向には馬車があまり走ってないから、歩いて向かっていた。険しい道もありながら体力を削りながら歩き続けていた。すると旅人さんはため息をついた。
「はぁ…」
「旅人さん…?どうかしました?」
「あ、いや…なんでもない。ただ、昔のことを思い出してしまっただけだ。君が気にする必要はないさ。」
旅人さんは遠いところを見ながらそう言った。何となく、これ以上は聞いたらだめな気がした。そんな私の様子を悟ったのか知らないけど、旅人さんは話し始めた。
「俺には、昔からいつも一緒にいるような大切な友人がいたんだ。でも、今は俺の中で生きている。俺はそいつの事をずっと思っているんだ。」
私は旅人さんに無理をさせていると思って話をやめさせようとした。でも、旅人さんはさらにそれを遮った。
「君には、なぜだかはわからないが俺の友人の事を覚えていてほしいんだ。」
私は黙った。そして話を聞いた。
「そいつは、うまく言葉にはできないが…すごいやつなんだ。どんな人にも手を差し伸べて明るくて…誰もが好いていた。そいつが死んだ理由は、その異常な優しさが原因なんだ。君にはそんなにはなってほしくない。もちろん優しいのはいいことだ。でもちゃんと線を引いてほしい、と思っている。」
「そうですか…いいお友達だったんですね!羨ましいです。」
私は微笑むことしかできなかった。旅人さんは今までにないくらい寂しそうな、辛そうな表情をしていた。でも私は何をしたらいいのかわからなかった。すると、ちゃんと人が整備している道が見えた。
「見えたな。よし、今からあの道に沿って歩く。途中馬車が通ったら乗せてもらおうか。」
「…はい!」
私は最低限の言葉しか返さなかった。夕日が私の顔を差し、旅人さんの背中は影になっていた。




