託す想い
ある小さな村で、私が5歳のとき、老人みたいな銀髪で存在感があるのに目立たない容姿の旅人さんと出会った。旅人さんは畑近くの木の陰に座って空を眺めてた。好奇心旺盛な私はその人に声をかけた。
「ねぇ、何してるの?」
すると旅人さんは驚いた表情をした。多分村の人に声をかけられたことはあまりないんだろうな。
「…なんだ?何か用?」
「ううん、ただちょっと気になっただけー」
「…そうか。」
すると旅人さんは少し微笑んだ。ただひたすら空を眺めていた時とは違うとても優しい目をして私と会話をしてくれた。そして旅人さんが村に来るたびに、毎年私にお話を聞かせてくれた。多分、今までのことと作り話を混ぜたものだと思う。でも私はその時間がとても楽しくて愛おしいものだと思った。
でも私が11歳になる年、突然旅人さんが来なくなった。きっと、遠い場所で旅をしてるんだと思った。
そして気づけば私は16歳になって将来や結婚のことを考える年齢になっていた。親は私ではなく家業を継ぐ弟ばかりを構っていた。当たり前だ。
私は今、何がしたいのか分からない。強いて言うなら旅人さんとまた会って…お話を聞きたい。でもこのお願いは叶うかわからない。もう…一生無理なお願いかもしれない、無駄になるかもしれないのに、淡い期待を寄せるばかりだった。
すると村の奥、森から人が抜けてきた。遠目だから誰かは分からなかった。でも…なんとなく、旅人さんに見えた。気づいたら私は走っていた。こんなに走ったのは幼少期以来だ。急に走ったから足全体が悲鳴を上げている。でも足を止められなかった。止めたくなかったから、無我夢中で走った。
だんだん村の来客に近づいてきて、顔が分かってきた。老人のような銀髪、存在感があるのに目立たない…そして、優しい微笑み方…間違いない。
「っ……旅人さん!!」
「数年ぶりだな。」
「旅人さん…本物だ。よかった…もう二度と会えないのかと思って…私…」
すると頬から水が流れて地面に滴り落ちた。
「…急に来なくなってすまない。少し遠くの街に行ってたんだ。」
「…そうなんですね。また、お話を聞かせてくれますか?」
「…今はあまり話のストックがないな。また今度でいいか?」
「……わかりました。」
「…そういえば、見ないうちにずいぶん大きくなったな。子どもは恐ろしい。いつか俺の身長も越しそうな勢いだ。」
「流石にもう無理ですよ。私ももう伸びなくなってきたところですし。しかも旅人さん見たところ180近くありますよね?流石に…」
「まあそうだな。この近くでそこまで大きな女性はなかなか見ないな。」
「旅人さん……、旅人さん。」
「どうした?」
「…お話があります。いつもの場所に行きませんか?」
「…わかったよ。」
私と旅人さんはいつもの畑近くの木の陰に来た。
そして私と旅人さんは隣り合わせで座った。
「…旅人さん。私は今年で17になります。もう大人です。」
「…そうだな。立派な大人だ。」
「はい、大人です。なので自分で生きる道も選べます。親も結婚しろと言ってきます。でも私はまだ自由でいたい。」
「…そうか」
「…旅人さん、自由に旅をしていろんな景色を見て、いろんな物を食べて、自分の思うままに生きてる旅人さん。
私を一緒に連れてってください。」
旅人さんは少し黙った。
「…君はまだ嫁入り前の身だ。そんな未来ある子どもを俺みたいな放浪者といるなんて…君の親からなんて言われるか分かったものじゃない。しかも…俺と旅をするということは、君が死ぬまで永遠に一緒にいると言っているようなものだ。それでも…覚悟はあるか?」
「…私は、この数年考えました。将来の事、結婚の事、家族の事…考えてもなお、旅人さんと一緒にいたいと思いました。なぜだか分かりますか?」
「…俺は分からない。知っているだろう、俺は感情共感が乏しいんだ。おまけにあまり表情も動かない。だから人も寄ってこなくて会話も疎かにしてきた。」
「旅人さん!私は自分に正直でいたいです。」
「……どうやら俺は、君に弱いようだ。わかった、折れよう。」
旅人さんは何か言いたげだったけどそれを抑えていたように見えた。そして旅人さんは気に寄りかかり、空を見上げていた。私は喜びでいっぱいになり、口角が自然に、限界まであがって自分でも気持ち悪い表情をしているという自覚があった。
旅人さんはふと我に返って私に聞いてきた。
「…両親には、なんていうつもりだ?」
私は真顔になって、少し考えたあと旅人さんの目を見て言った。
「私の親は、弟に家業を継がせるのに夢中で私に興味がありません。なので私が家を出るって言ったとしても何も言われないと思います。」
「そうか…寂しくならないか?」
「はい、私には…旅人さんがいますから。」
旅人さんは寂しそうな表情だった。少し気まずくなったから私は立ち上がった。
「善は急げ、ですよね。早速荷造りをしてきます。できる限り軽く済ませるので少し待っててください。」
旅人さんは何か言おうとしていたけど私は走って家に戻った。家に入ると誰もいなくて、皆家畜の世話に行っていた。そのすきに急いで荷物をまとめた。予備の服、お金、ハンカチ…いろいろ役に立つものをカバンに入れた。そして荷造りが終わって家を出ようとした時、弟のルアだけが家に戻ってきた。ルアは驚いた顔をしていた。
「姉さん…?その荷物何…?」
「ルア……これからも、父さんと母さんの言うことを聞くんだよ。お前にしかもう頼めないの。」
「姉さん…まさか、家を出るの…?」
私は目をそらすことしかできなかった。
「…まさか、いつも姉さんが言ってた旅人さんって人について行くの?僕も一瞬だけ見たことあるけど…なんだか、不気味だよ…」
「ルア。」
「姉さん……そんなにこの場所が嫌だったの?僕…何も姉さんに恩返しできてないのに…?ここで、お別れなの?」
「ルア…」
「僕はいやだよ。姉さんには世話してもらったから、一緒に遊んでもらってたから…色々教えてくれたから…まだずっと一緒にいたいのに…あんな奴にどうしてついて行くの!?」
ルアは涙を流してた。でも旅人さんを侮辱された気がして思わずルアの頬に手形が残るほど強く叩いていた。
「あ…ご、ごめん…叩いちゃって…でも、私はこの手で自由を掴むの。だから、わかって?」
ルアは下を向いていた。床にルアの涙がこぼれていた。私はいたたまれなくなり、抱き寄せた。
私は荷物を持って家を出た。ルアは最後は笑顔で別れを告げてくれた。私もそれに返すように笑顔になった。そして旅人さんのところに戻ると私は笑顔のまま涙を流していた。旅人さんは静かに頭を撫でてくれた。
「…頑張ったな。お疲れ。」
旅人さんの声を聞いて私は安心した気持ちになり、涙が収まった。そして馬車が走っている道まで横に並んで歩いて向かった。




