第3話 決闘、召喚の力
初心者講習が終わり、俺は汗を拭きながら訓練場を後にした。
コンクリート調の無機質な空間から、ギルドの広々としたロビーへ足を踏み入れると、空気が一変したのを肌で感じる。
訓練場から出てきた自分に、周囲の視線が集まっている。冒険者たちがざわめく。
なんだ?この雰囲気は。俺まだよちよち歩きもできない探索者だぞ?心の中でぼやきつつ、居心地の悪さに足を速めてカウンターへ向かう。
対応してくれたのは、無表情ながら仕事をテキパキとこなす受付嬢だった。講習の終了手続きと今後の探索者登録の補足を受けていると、不意に背後から重たい声が降ってきた。
「おい、新人」
振り返ると、肩幅の広い男が立っていた。
刈り上げられた髪。鍛え上げられた体躯。背丈は190に届こうかという巨体で、目つきの鋭さは獲物を狙う猛禽のようだ。
「お前、レアスキル持ちだそうじゃねえか」
「え、あ、いえ、俺は別に」
「先輩の胸貸してやるよ。ちょっくら模擬戦だ」
え?脳がバグる。いや、待て待て。ロビーで新人に模擬戦?リンチだろ、そんな!昭和のヤンキー漫画かよ!
ロビーの空気が凍りつく。
受付嬢が「困ります」と制止しかけたが、周囲の冒険者たちが「いいじゃないか」「見てみたい」と煽り、あっという間に流れは決まった。
気づけば木刀を手に、俺は再び訓練場の中心へと立たされていた。
模擬戦が始まる。
相手は名を大山というらしい。
「行くぞ、新人!」
木刀が唸りを上げて迫る。
受け止めようとした瞬間、横から別の衝撃が襲い、奏多は床に叩きつけられた。
「ぐっ……な、何だ!?」
目には見えない腕が、大山の背後から伸びていた。
それは四本の透明な腕。空気を揺らし、圧を生み、奏多の身体を縛り付けるように襲いかかる。
「これが俺のスキル、幻腕だ。見えない腕が四本。どこからでも攻撃できる。新人のお前には荷が重いか?」
いや、重いなんてもんじゃない!格ゲーで言ったらラスボス相手にチュートリアルなしで放り込まれた気分だぞ!?
「スキルありなんて聞いてないぞ!」
笑いながら大山は踏み込む。
木刀が肩に叩き込まれ、鈍い痛みが走る。
次は足を払われ、立ち上がる前に見えない拳が鳩尾を打った。
勝てるわけがない。
心臓が縮み上がる。
呼吸が乱れ、視界が霞む。
だが脳裏に浮かぶのは一つの選択肢だった。
スキルを使うか。
召喚。あの口裂け女をこの場に呼び出す。
しかし、もし暴走したら?
もし彼女が敵味方の区別なく暴れたら?
ギルドのやつらを傷つけたら、俺はどうなる?
怖えよ!いや、怖いけど、それ以上にこのままじゃボコられて終わるんだが!?
「どうした? 逃げ回るだけか!」
大山の声が響く。観客からは笑いと嘲りが混じった声援が飛ぶ。
気合いを入れ、なんとか立ち上がる
とたんに木刀が頬をかすめ、血が滲む。
見えない腕が背中を押し倒し、床へ叩きつけられる。背中がいてぇ、息も辛えよ。
「スキルが使えないのか?雑魚が!」
その一言が、胸の奥で何かを切った。
召喚。
奏多の口が意志とは裏腹に呟いていた。
黒い影が地面に広がり、そこからすらりと細い脚が現れる。
「あら、面倒ごと?」
姿を現したのは、艶やかな黒髪を揺らす口裂け女。カジュアルなジャケットにスキニーパンツ、耳には小さなピアス。まるで街角の若者のような今風ファッション。
「な、なんだアイツは……!」
「口裂け女なのか?これがあいつのスキル!」
ざわめく観客を一瞥し、彼女はニコリと笑いかけると長い髪をかきあげた。
そして、次の瞬間。
ひゅっ、と。
風を裂く音とともに、一閃。
大山の木刀は根元から折れ、見えない腕はすべて斬り払われていた。
大山は膝をつき、蒼白な顔で呻いた。
「ば、ばかな!俺の幻腕を一撃で…」
口裂け女は鼻で笑い、軽く肩をすくめる。
「弱い男ほど声が大きいって、本当ね」
そして彼女は振り返り、奏多ににっこりと微笑んだ。
「お疲れ様。ボロボロねぇ。そうそう、この服。今、あなたを助けたご褒美に買ったから。今回のことは気にしないで」
「いや気にするわっ!勝手にお金使うな!!」
呆然とする奏多を残し、場は爆笑に包まれた。
模擬戦は終了。しかし、レアスキル持ちの新人は、さらに目立つ存在として、ギルド全体に知れ渡ることになったのだった。