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第2話 波乱の初心者講習

 目を覚ました瞬間、俺は思った。

「……昨日の出来事は夢だったんじゃないか?」


 ダンジョンの存在も、探索者ギルドも。

 そして、口裂け女が俺の家に住み着いたことも。


 そんな都合のいい妄想を、現実が容赦なく否定してくる。


 トントントン……。

 台所から響く、妙に手慣れた包丁の音。


「朝ごはん、もうすぐできるよ」


 何だその日常感。

 恐る恐る居間を覗くと、エプロン姿の口裂け女がフライパンを振っていた。

 あの裂けた口をそのままに、魚をこんがり焼き上げている姿は。えぐい違和感と生活感のミックス。


「夢じゃ……なかった」

 俺は頭を抱えた。

「体調悪いの?まあ、座って座って!」


 頭が痛いだが仕方なく食卓につき、出された焼き魚と味噌汁を口に運ぶ。

 うん、普通に美味い。っていうか料理上手いのかよ。余計に現実感が増すだろ……。


「今日は探索者登録に行く。お前は留守番してろ」

「えー、退屈だなあ。一緒に行っちゃダメ?」

「ダメに決まってんだろ!お前と外出したら通報案件だわ!」

「ひどーい。せっかく可愛くしてるのに」

「どこがだよ!鏡見ろ、鏡!せめてマスクして!」


 ぶーっと頬をふくらませる仕草は妙に人間くさいが、どう見てもホラーだ。

 結局、なんとか家に残ってもらうことに成功した。胃がもたれるよ。


 外に出ると、朝の空気はひんやりしていて、緊張で胃がきゅっと縮む。

 街の人々は慣れた顔で歩いているけど、俺だけ足取りが重い。


 やがて視線の先に、巨大な建物が現れた。

 探索者ギルド。


 その建物はダンジョンを囲むように建てているうちに、増築と増築を重ねて分厚い石壁と鉄骨が要塞のようになったらしい。


「気分はならないが、しょうがないよなぁ」


 建物の中は活気で満ちていた。武装した冒険者風の男女が列をなし、酒場のような広間では情報や装備を交換している。

 俺は人混みに紛れて受付に並び、探索者登録を済ませた。名前を告げ、謎の計測を受け、スキルを記録される。


「レアスキルですね……。初心者講習を受けてください」

 受付嬢の言葉に案内され、俺はギルドの地下へ。



 重い鉄扉を抜けると、そこは広大な訓練場だった。

 天井までコンクリ打ちっぱなし、壁には焦げ跡やひび。木剣や槍が並び、魔力で構成された標的人形がずらりと並んでいる。

 新人探索者が数十人集まり、緊張のざわめきが漂っていた。


「静かに!」


 鋭い声が響き渡る。

 全員の視線が吸い寄せられた先には昨日、ポニーテルの白い制服を着た少女。凛とした眼差しをしている。


「今日の初心者講習を担当する、B級探索者の天音よ」

 その声は澄み切って、揺らぎがない。


「ここは遊び場じゃない。ダンジョンは一歩間違えれば命を奪う。だから心得を叩き込む。覚悟がない者は今すぐ帰れ」


 しんと場が張り詰める。数人が視線を落とした。俺も例外じゃない。


 彼女は歩きながら壁を指差す。そこには「探索者の心得」と刻まれていた。


一、仲間を信じろ。孤独は死を招く。

二、欲をかくな。命より大事に。

三、撤退を恐れるな。生き残ることが最優先。

四、力に溺れるな。心を鍛えよ。


「これが探索者の基本。力も金も名声も生き残った者にしか得られない」


 その言葉の刃が俺の胸に突き刺さる。

 天音の視線がこちらに向いた。やめろ、こっち見るな。


「君、強いスキルは持っているな。でも心が弱い…その上に欲深い、律しなければすぐに死んでしまうわ」


 うぐっ。図星。しかも他のやつから笑われてる。

 でもダンジョンに行くのが嫌、お金が欲しいってのが完全に見抜かれてるよ。


「力だけではダンジョンは攻略できない。覚悟を持ちなさい。でなければ仲間も、自分も守れない」

 俺は返す言葉を失い、ただ拳を握りしめるしかなかった。


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