悪役令嬢の娘の母親に転生したけど、モブポジションごと全員ぶっ潰して娘と幸せになります~転生主婦、まずは夫と義実家から社会的に殺しにかかる~
目が覚めた瞬間、私の目の前にあったのは豪奢な天蓋付きのベッド。そして、鏡の中に映ったのは見知らぬ美しい中年女性の姿だった。まさかと思ってあたりを見回し、侍女らしき女性に名前を尋ねると、返ってきた言葉はこうだった。
「奥様、何をおっしゃいますの? レティシア様にございますよ?」
……うそでしょう?
まさかの、転生。
しかも乙女ゲームの世界に。
それだけならまだしも、私はこの世界の悪役令嬢・クラリッサの母親であり、断罪ルート確定のモブ中のモブ。
娘が断罪される直前、夫の浮気が明るみに出る直前、義実家に見下されまくってる――という、三重苦を背負った最悪のタイミングでの転生である。
「……いいわ、全て覆してやりましょう。娘の未来も、私の人生も。」
主婦としての人生経験、地雷男と戦ってきた忍耐、そして情報戦で鍛えられたSNSリテラシー。
これら全てを駆使して、まずは夫を――社会的に殺す!
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「ねぇ、あなた。最近、お出かけが多いのね」
朝食の席で、夫・アーヴィングに声をかける。表面上はにこやかに、でも目は笑わない。それでも彼は気づかない。昔から、女の観察眼を甘く見ている男だった。
「社交と仕事さ。公爵家の男は多忙なんだよ、レティシア」
「へぇ、侯爵令嬢のオフィーリア嬢との"仕事"も含めてかしら?」
……カチャ。
夫の手が止まった。
「……なにを言ってる」
「昨日、彼女の屋敷から出てくるところを見た人がいたの。貴族って、噂話が大好きでしょう?」
私は笑う。が、目の奥では氷のように冷たい復讐の炎を燃やしていた。
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後日。王立魔術機関にて提出された匿名告発書。
そこには、夫とオフィーリア嬢が不適切な関係にあること、そして国庫からの資金を横流しして私的に使っていた疑いが記されていた。
証拠は既に整っている。
私がこっそり屋敷に設置した魔導録画石の映像。
そして、帳簿の改ざん記録。
これらがすべて、彼を地獄へと引きずり込むのだ。
「レティシア様、本当にやられるのですか……?」
忠実な侍女・エミリアが戸惑いながら尋ねる。
「ええ。私と娘の未来を奪ったこの家と、夫と、義母。全員まとめて潰すのよ」
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次なる標的は、義母・カタリナ。
この女は、いわゆる「格式主義おばば」だ。
使用人にも嫁にも冷酷で、孫であるクラリッサにさえも暴言を吐くような人物。
「令嬢教育もできぬくせに、母親ぶらないでちょうだい。クラリッサが王太子に嫌われているのも、あなたの育て方が悪いからよ」
過去、そう言われた記憶が、脳裏にフラッシュバックする。
でも今の私は、モブではない。
"主婦として数々の姑バトルを潜り抜けてきた、最強の転生者"なのだ。
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ある日、家の書庫から、義母が過去に内密に処理した"違法薬草の輸入記録"を見つけ出す。
それは、貴族社会において致命的なスキャンダル。
「義母様、これ、どういうことかしら?」
書類を手に、にっこりと微笑む。
「ちょ、ちょっと、それは……あの、使用人が勝手に――!」
「そう。では"証言"を集めて、裁判所に提出しましょうか?」
カタリナの顔が蒼白になる。彼女のプライドが、崩れ落ちていく音が聞こえるようだった。
「……お前、なにが目的だ」
「娘の未来を守ることよ。そのために、あなたたちはもう不要なの」
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義実家と夫を崩壊させる準備が整ったころ、ついに王太子から娘への"断罪イベント"の予告状が届く。
「令嬢クラリッサの婚約を、王命により破棄する」
……きた。
ゲーム本編、開幕である。
でも、私はもう"傍観者"ではない。
「さあ、クラリッサ。母と一緒に、あの断罪イベントをぶち壊してやりましょう」
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王宮の大広間は、断罪劇の舞台として完璧だった。
左右に並ぶ貴族たちは、興味津々といった顔で娘・クラリッサの断罪を見物している。
その最前列には、王太子アレクシスと、彼の隣に侍る聖女シルフィーナがいた。
「クラリッサ・エーデルシュタイン。貴様は婚約者であるこの私に、数々の嫌がらせをしてきた。証言もある。よって、この場をもって婚約破棄を言い渡す!」
大仰な声。薄ら笑いを浮かべる聖女。
私は、静かに手を挙げて前へ進み出た。
「少し、よろしいかしら?」
「……どなたかな?」
「私、クラリッサの母であり、エーデルシュタイン公爵夫人。レティシア・エーデルシュタインと申しますわ」
私の名を聞いた貴族たちがざわついた。
今までのレティシアは、大人しく影が薄い貴族夫人。だが今日は違う。
「この断罪には不審な点がございます。ですから、本日は"反証"を用意しております」
王太子が目を細める。
「貴族の場で証拠なく言いがかりか? 愚かだな」
「……では、こちらをご覧ください」
私は魔導石を起動した。
すると空中に、クラリッサが聖女に頭から水をかけたとされる「事件」の映像が浮かび上がった。
だが、実際は――
『きゃっ、やめて!』『あら、そんな水をかぶって涼しい顔できるなんて、やっぱり“神に選ばれた人”は違うのねぇ?』
聖女が先にクラリッサにぶつかり、故意に水をかぶった演技をしている場面だった。
「この映像は、王宮の警備魔導具に記録されたものを入手しました。聖女様の演技、なかなかお上手ですこと」
「なっ……!?」
聖女が顔を真っ赤にして震え出す。
王太子は呆然とし、会場の空気が一気に変わる。
「クラリッサ嬢が無実だったのでは……?」「聖女が嘘を……?」「まさか、王太子が加担……?」
ざわつきの中、私は止めを刺す。
「さらに、公爵家が王太子に納めていた援助金の一部が、不透明に使われていたことも判明しております。これもすべて――貴方と、浮気相手のオフィーリア嬢が絡んでいますわね?」
机の上に叩きつけたのは、公的資金横流しの証拠書類と、オフィーリアの密会映像。
「――アレクシス殿下。公金の私的流用、婚約者への偽証による社会的抹殺、そして聖女の名を語っての嘘。どれ一つとして、王太子として相応しくはございません」
その瞬間、場に居合わせていた国王が立ち上がった。
「アレクシス、真か? 貴様は我が王家に泥を塗ったのか!」
王太子はがたがたと震える。
「違う、違うのだ父上、これは罠で――」
「黙れ!」
国王の怒声が響く。
そして、その場でアレクシスは婚約破棄どころか、王太子の座を剥奪された。
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断罪劇は、見事に逆転。
クラリッサは晴れて潔白となり、王家から正式に謝罪文を受け取った。
だが、私にはもう一つ、やるべきことが残っている。
「アーヴィング・エーデルシュタイン公爵。あなたの行いを、すべて暴かせていただきます」
夫だった男。
女遊びに耽り、私を「便利な妻」として扱い、娘さえも守ろうとしなかった最低男。
「貴族評議会にて、貴方の収賄、横領、浮気による名誉毀損を訴えます。証拠は全て揃っておりますので、お好きなだけ抵抗なさって?」
「レティシア、待て、これは誤解だ……!」
「誤解? いいえ、これは"現実"よ」
彼は家名剥奪、爵位剥奪のうえ、追放刑に処された。
ついでに、義母カタリナも「違法薬草の密輸未遂」で裁かれ、遠方の修道院へ"強制奉仕"の旅へ。
もはや私と娘を縛るものは、何一つとしてなかった。
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――そして数日後。
「母上……どうして、助けてくれたの?」
クラリッサが、ぽつりとそう言った。
瞳には、ずっと隠していた寂しさと、戸惑いがにじんでいた。
「私は、母に愛されていないと思っていた。何も言ってくれなかったから……」
そっか、この子もずっと苦しんでたんだ。
無関心なふりをしていた私(の前世の人格)に、傷ついてた。
私はそっと、娘を抱きしめた。
「あなたを愛していなかった母の分まで、私が全力で償うわ。だから、もう一人にしないって決めたの」
「……うん。ありがと、母上」
泣きながら、クラリッサが抱きついてくる。
初めて、娘の体温をちゃんと感じた気がした。
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その後、クラリッサは王太子に代わって新たに選ばれた第二王子・ユリウスに見初められ、穏やかな婚約関係を築きつつある。
そして私は――
「……レティシア殿。貴女のような女性が、我が国の政務顧問として手を貸してくだされば、どれほど心強いことか」
「まあ。もしかして、私に"モブ以上"のお役目をくださるのかしら?」
王族から正式にスカウトが届き、現在は王宮の経済顧問としての席に収まっている。
モブ? 脇役? もう誰も、そんな風には私を呼ばせない。
だって私は――
「私こそが、娘を守り、国を正し、未来を変えた"転生モブ母"なんだから」
そう、にっこりと笑って――幕は降りる。