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第2話:双子(その2)

皇帝が関雎宮の門前に至った時、ふと足が止まった。


側近は即座に察した。主上はまだ立后の件で悩んでおられるのだと。にこやかに近づき申し上げる。「陛下、徳妃娘娘と二人の若君が中でお待ちでございます」


一家団欒――誰が好まないことがあろうか。


皇帝はようやく笑みを浮かべ、歩幅を早めて宮中へ入っていった。


関雎宮の庭造りは、他の妃たちの寝殿とは趣を異にしていた。高価な調度品やありふれた石凳・蓮池・巨木などに頼ることはない。


外苑だけでも随所に心遣いが感じられる。


山深くにひっそりと咲く名もなき野の花が、葉を茂らせ枝を伸ばし、自然のままに咲き乱れている。庭園と渾然一体となり、まるで元からこの地に根付いていたかのようだ。


政務に心身をすり減らし、星を戴き草鞋を履く日々を送る皇帝の玉体も、この空間に身を置けば格別の安らぎに包まれるのであった。


関雎宮の奥へ進むと、まず目を引くのは客間に据えられた丸テーブルと丸腰掛けだった。


テーブルには素朴な風合いの布が掛けられ、中央には青磁の胴に竹の取っ手を付けた急須が置かれている。丸々とした陶磁器の湯呑みが幾つか寄り添うように並び、簡素ながらもどこか無邪気な愛らしさを醸し出していた。


部屋の他の調度品はさらに質素で簡素。盆栽の数々さえ、渋い趣に刈り込まれていた。


そこに加わるように、部屋中にかすかに野の花の香りが漂っている。この空間に身を置くと、自然と心が洗われるような清々しさに包まれるのだった。


関雎宮に仕える女官たちさえ、徳妃が一人ひとり手塩にかけて育てた。礼儀をわきまえつつも機転が利くよう仕込まれている。


この宮殿のすべては、ありふれた夫婦の住まいのように見える。日々権謀術数に明け暮れる帝王でさえ、この雰囲気にすっかり魅了されてしまうのだった。


皇帝は終始笑みを浮かべながら寝室へと進む。簾越しに優しく声をかける。「月白げっぱく


徳妃は呼び声に嬉しげに簾の前へ駆け寄り、端をそっと捲り上げた。「六郎様、お帰りなさいましたわ。早くまいらっしゃって、子供たちをご覧くださいませ。お父様の声を聞きつけて、二人とも泡を吹くほど笑っておりますのよ」


他の妃たちなら、皇帝の行幸あれば厚化粧に華やかな衣装で、恭しく頭を垂れて出迎えるところだろう。


だが徳妃は透き通る翠玉の簪で漆黒の長髪を束ね、淡彩の簡素な裳裾をまとうのみ。


清らかで気品漂う姿は、見る者の心を自然と和ませる。


絢爛たる後宮の美に倦いた皇帝は、かえってこの清廉な美に深く心惹かれた。「太郎と次郎は汝を煩わせておらぬか?」


皇帝は第六皇子として生まれ、二人きりになると徳妃は「六郎様」と呼ぶのであった。


徳妃は皇帝の手を取って奥の間へ導きながら、唇の端を緩ませて愛嬌を振りまく。「二人とも本当にお利口でございますわ!六郎様以外にこのわらわを困らせる者などおりましょうか」


弱冠の皇帝はまさに恋慕に溺れる年頃。


嬉しさのあまり徳妃に腕を回し、揺り籠の方へと歩み寄った。ぽっちゃりした二人の皇子は母の言う通り、楽しげに泡を吹いておりました。


双子は生後三ヶ月を過ぎ、徳妃譲りの白く柔らかき肌に麗しい面差しを備えるに至り、父帝の胸中には一層愛おしさが募っていった。


皇帝が側近に命じて民衆の育児玩具を探させたところ、この日は二つの波浪鼓はろうこが献上された。内侍は時宜を得て一つを皇帝に、もう一つを徳妃に奉った。


皇帝は波浪鼓を振り鳴らしながら、ぽっちゃりした二人の息子に向かって面面しく変顔を見せる。


傍らで徳妃もその様を倣う。


しかし彼女の仕草は入念に研究したような精緻さを帯び、見る者をしてただ妖精のように愛らしいと感嘆せしめるのであった。


トントントン!


波浪鼓の音が次々と響き渡り、二人の赤子をすっかり引きつけた。ぼんやりとした大きな目をぱちくりさせながら、好奇心を抱き始めた様子。


彼らは眼前の人物が誰かを知る由もない。まるで若君が首を絞められる痛みを覚えていないように。


二人の幼子は楽しげに足をばたつかせ手を振り、まったく疲れを知らない。


翌朝、皇帝は自ら立后の件に言及することなく、廷臣たちもその機鋒を避けて奏上を続けた。朝議はつつがなく終わり、宮中に平穏が戻る。


黎月白れい げつはく――徳妃は北方の大儒の令嬢。家柄のみを以て后位に就くなら、世の人はこぞって「賢后」と讃えたであろう。


文才に長け兵法を解し、時流を読む才あり。しなやかな立ち居振る舞いは清らかで汚れ知らぬ。


これに皇帝の比類なき寵愛が加わり、懐妊の報せと共に后位は既定路線となっていたのである。


しかし双子の誕生が運命の流れを捻じ曲げた。


それでも天は彼女を見捨てず、子殺しの現場を目撃されたことが逆に彼女を覚醒させる契機となった。


その後すぐに郷里へ急信を送り、二人の皇子の師を求めた。


宗族の長は黎家の百年の計を思い、三顧の礼を尽くして天下に名高い高潔な碩学を招請した。


だが並外れた才を持つ者には少なからぬ気性の荒さがある。族長が誠意を尽くしても、碩学は常に曖昧な態度を取り続けた。


宗族の長は悟っていた。大儒・巫礼ふれいは権力に屈せず、名声を重んじる――まさに微動だにせぬ巨岩であることを。そこで前途も風流も説かず、ただこう訴えた。


「仮に若君たちが巫礼閣下の教えを受けず、邪道に走り黎家の面目を潰すはさておき、成長後も法の理を知らぬならば、王朝の民にとってこれほどの国難があろうか。徳妃殿下が巫礼閣下の才を重んじたのは一つ、さらに君子の徳を尊び、朝廷の俊英を退けてまで――子のため、国のため、閣下を選ばれたのです」

かくして黎の大儒は宗長の国の大義に動かされ、天下の民を想いて朝廷に入り、皇子の師範となったのである。


巫礼の胸中には君子の道が横たわり、一徹な性格ゆえ政争の渦に巻き込まれるような曲折はなかった。


ゆえに深く考えることもなく――そもそも皇子たちが乳飲み子同然の年頃であるのに、どうして数年後でさえ必要となる教養を慌ただしく決める必要があるのか、などと。


宗族からの伝書が届いたその日、徳妃は早速配下を遣わし、京中にこの消息を広めさせた。


さらに反論の余地ない文言を添えて。「巫礼大儒の御眼鏡に適い薫陶を受ける若君たちは、いずれ必ずや君子の風格を備えられることでございましょう」


皇帝も折りよく、これらの世間の噂を耳にされた。


文武の官僚たちも一斉におべっかを使い、要するに口先だけの褒め言葉で国の根本を揺るがすことなどないのだから。


皇帝はそれをご機嫌で聞かれ、臣下に対しても幾分か寛大になられた。


皇帝はふと徳妃が殿上で殉死した官僚のことを話していたのを思い出された。このような国に忠誠を尽くした者こそ褒賞に値する。また聞けば遺族は未亡人ただ一人、実に憐れむべき状況という。


「この未亡人は国に忠君愛国の模範を育て上げた功績ある者。朝廷が扶養し田畑屋敷を賜い、貞節碑を建立すべきである」


皇帝は早朝の会議で徳妃の進言通り、殉職官僚の未亡人を手厚く庇護するよう命じられた。


老臣たちは涙を浮かべながら声を揃えて叫んだ。「陛下のご聖明、国の大いなる幸い!」


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