前日譚 7話
スレイヤーとかハンターとか意味のわからない言葉を並べられた俺は、文明の利器と呼ぶべきか、ペルネを頼った。
初めからこうしていればよかったんだ。困ったことがあればペルネ。解決してくれるかはさておき、この世界で頼れるものがそれしかないから。
ヘイペルネ。スレイヤーとかハンターって何?
(討伐者とは討伐者のことで、狩人とは狩人のことです。統一探検・冒険者連合ことエクスプローラーユニファユニオンが定める階級の1つで、1番下に当たるのが狩人になります。2番目が討伐者になります。その上には冒険者と探検家があり、全部で4つの階級があります。探検家とは、冒険者の中でも選ばれた数人しかなることはできず、今現在連合に登録している者の中でも1パーセントもいません)
ペルネさん。余計な単語増やさないでもらえます。ただでさえ何もわからないのに、これ以上カタカナ増やさないで。カタカナ増やすのだったら、せめて画面表示できるようにしてください。なんもわかりません!
「アユム! もう決めてくれた? 私と一緒に集団組まない?」
パーティってあのよくゲームとかに出てくる、あのパーティ⁉︎ ってことは……リナさんと一緒に冒険ができるってこと⁉︎ そんな、夫婦生活をもう営もうだなんて……気が早いよ。※ただのバカ。
リ、リナさんがそこまで言うのなら……断る理由もないしね。やってみてもいいかもしれない。
「う、うん……」
「やったー!」
嬉しそうにはしゃぐリナさんもかわいい。ずっと見ていたいよ。永遠に隣で。
「じゃあ、早速村長のところに行こ!」
ちょ、ちょっと待ってよ! 今から行くの⁉︎ だってもう、夜だけど……。
俺が言葉でも行動でも止めないからリナさんは何も気にすることなく、勢いよく扉を開けたのだった。扉を開けてリナさんは固まっていた。
「え⁉︎ 嘘⁉︎ もうこんなに暗くなっていたの⁉︎ どうしようもう帰れない……」
立ち止まってしまっていたリナさんの代わりの俺が扉を閉めた。
「そ、外は、魔物がいっぱいだから危ないよ……」
知らないけど。リナさんもベンも言っているから多分そうなのだけど。
「あ、あれ……私、そんなに長居していたの?」
この世界の時間の感覚がわからないから俺にはわからないよ。でも、夕日が見えていた時もあったから夜は確実に近づいていた。リナさんもそれを目撃しているだろうし、何よりも、ベンが夕陽が見えて帰っていったのだから、その時に一緒に帰ればよかったのに。もしかしてリナさんって……天然系⁉︎ 全然ありだけど。むしろ、天然系の方が嬉しいかも。
それよりも完全に固まってしまっているリナさんをどうにかしないと。
面白い話で振り向かせるか。いや、コミュ障には無理な話だ。物理的にリナさんを動かすか。いやいやコミュ障が人と触れ合うとか無理。……策ないじゃん。
「リ、リナさん! と、とりあえずご飯食べませんか?」
何も話すことがなかった俺は暴挙に出た。
だってこれしか話す言葉が思い浮かばなかったもん。まだ全然お腹空いてないけど。
鬼が出るか蛇が出るか賭けだったけど、俺の想像とは違って、リナさんは満開の笑顔を見せた。
「それもそうだね! 食材そんなにないから簡単なものでもいいかな?」
「あ、はい……」
あれ⁉︎ なんか急に元気になった⁉︎ しかも何か作ってくれる気だ! こ、これが夫婦生活……。※ただのバカ。
何を作ってくれるんだろ? リナさんの手料理だったらなんでもいいけど。楽しみだな。
期待を膨らませていた俺の目の前に運ばれてきたのは真っ赤な色をしたスープだった。
「これはカシャって言って、コルス村では1番よく食べられているスープなの」
へ、へえーそうなんだ……。ところでこれは何が入っているの? トマトスープっぽくないけど……これ、トマトスープかな? 血みたいな色しているよ?
「カシャにハンカをつけて食べるのがコルス村での食べ方だよ」
そうなんだ。僕の国でもコーンスープにパンをつけて食べたりしている人はいたけど、僕はしたことないな。そもそも朝はご飯派だったし。ま、まあ、シチューと食パンを一緒に食べるようなものだよな。小学生の時とかはよく給食でそうだったから、普通に食べてたよ。でも大きくなってから全くそんなことしなくなったからな。少し抵抗が……。いやでも、リナさんが作ってくれたものを粗末にはできない。たとえこのスープが血だったとしても1滴たりとも残さない。
人間の血でないことを願う。
差し出された木製のスプーンでスープを一口飲む。
ん! これは! ……トマトだ。なんの変哲もないトマトのスープだ。素材の味がしっかりしていて、でも思っているより酸味は少ない。具は……ミネストローネのようにたくさん入っているわけではなく、ジャガイモとトマトのみ。ジャガイモも形があるのではなく、擦られているのか煮崩れしているのか原型はとどめていない。でも美味しい! リナさんが作ってくれたからなんだって美味しい!
無我夢中でスープを飲み干してしまった俺の目の前には、なんの変哲もない食パンが置かれていた。
この世界ではハンカって言うんだっけ。ただの食パンにしか見えない。でも食パンよりは少し硬いかな。お店で売っている食パンは最悪飲み物がなくてもなんとか食べられるくらいだったのに対し、ハンカは口の中の水分が持っていかれるな。だからつけて食べるのか。地域の食文化を好き嫌いで否定したらこうなるのか。だから前の世界では郷に入ったら郷に従えなんてことわざがあったのか。先人たちの知恵すごいな。
「あ、スープ全部飲んじゃったの? おかわりあるよ?」
……これが夫婦。※違います。
リナさんのスープだから残りの全部を飲み干したいけど、お昼を食べてからそんなに時間が経ってないから全然空腹にならないし、もうすでにお腹いっぱいだしどうしよう。でも、このパン……じゃなかったハンカ。パサパサすぎて進まないんだよな……。
リナさんのスープ食べたいしおかわりしよ。
リナさんはさっきとほとんど同じくらいの量を器に盛った。今回はジャガイモが多めなのか、スープと言うよりペーストのようになっていた。
これ絶対に胃にくるやつだ。ジャガイモだからマシだろうけど、混ざってなかったのかな? リナさん普通に食べているし、これが普通なのかな? 美味しいからいいけど。
リナさんに言われた通り、ハンカをスープに浸してというか、ハンカをスプーンの代わりにしながらスープを食べた。
夕食を終えた俺は何もかもしてもらっていることを申し訳なく思って、せめて洗い物でもしようかと思っていたのだが、なんとこの世界では、食器を洗ったりするのは魔法を使うらしい。洗濯も同様に魔法を使うと。一気にやることがなくなってしまった俺は、リビングのようなところで1人ポツンと座っていた。
「アユム、これ飲む?」
リナさんは樽のコップに注がれていた泡だらけの飲み物を俺に差し出した。
飲むと言われましても、その前にこれは一体なんですか? 見た目お酒だけど……匂いは……結構難しい匂いがするな。結局のところ人によるんだろうけど……俺は下品な言葉を使わずに、芳醇だと言っておく。
リナさんはなんの躊躇もなくビールを飲むように飲んでいた。
「はあー! アユムも飲んでみて、美味しいよ!」
そんなこと言われたら飲むしかない! 男としてリナさんのために飲み干そうじゃないか。
俺は一気飲みする勢いでコップに口をつけた。その瞬間俺はむせた。
「ゲホッ、ゴホッ、ブェフォッ」
「大丈夫アユム⁉︎」
「だい大丈夫。ゴホッ」
何これ苦いし酸っぱいし、独特のえぐみがある。全く甘くないし、見た目がオレンジジュースみたいだったから、オレンジジュースを想像して飲んでしまったよ。全く違いすぎて体が拒絶反応を起こした。
「ごめん……」
俺が一方的に悪いので謝らないでください。事前になんなのか聞けばよかった。
「だ、大丈夫……酸っぱいけど美味しいです……」
果たしてこれはフォローになっているのだろうか? なんで酸っぱいとか言っちゃうかな。それが余計な一言だって何度も何度も経験してきたのに。いい加減治してくれよ俺。
簡単に治せたら苦労はしてないんだけどな。
それよりもリナさんどうしよう。完全に俯いてしまっているし、なんか励ませられるような言葉をかけたいけど、なんの言葉も思い浮かばない。
「リ、リナさんが気にすることないです……味を確認しなかった、お、俺が悪いので」
正解がわからない。こんなときモテる男ならどうするんだ。そういえば昔1度だけ2次元彼女のアプリを入れたことがあった。あの時どんな選択肢が出てきてたっけ。よーく思い出せ。どんなことでもいいからよーく思い出せ。……なんも思い出せん! 途中でつまらなくなって消したから記憶の片隅にも内容が残っていない。題名だけでいえば男向けだったのに、どこのイケメンだよって言いたくなるようなキャラと言葉だったから、全く面白くなかった。陰キャが言えるかそんなこと! みたいなくさいセリフのオンパレード。だったけど、今はそのセリフが言いたい。リナさんを励ますためだったらなんだって言えるのに。何も思い出せない。
「ありがとう、アユム」
リナさんは俺ににっこりと笑いかけた。作り笑いも混じっていたと思うが、かわいいからよしとしよう。
「アユムにはまだ早かったか。私もね小さい頃はチャチャが飲めなくてね。お父さんがよくウルルを入れてくれて、それで飲んでいたりしてたんだ。だから、アユムもウルルを入れたら飲めるんじゃないの?」
その前にウルルについて教えてください。
ヘイペルネ。ウルルって何?
(ウルルとは、主にコルス村で作られている牛乳を使ったクリームソースのことです。作り方は……)
ヘイペルネ。もういいよ。
(はい。わかりました)
ペルネってなんでこんなにも話が長いんだろうか。解説してくれるのはありがたいけど、そんな長文を言われても頭の中に入んないっての。もっと短く言ってくれない。それか本当に画面に表示して欲しい。あとで頼んでみよ。
リナさんは俺の前にまたチャチャを出した。今度はクリーム入りだとか言うけど大丈夫なんだろうか。
出されたものを飲まないと言う選択肢はなく、俺はコップに再び口をつけた。
……うん。さっきよりは飲めるようになったけど、苦い! 青汁よりも苦いし、まるで錠剤を噛み砕いて飲んだ時のように苦い。でも、さっき飲んだのよりは確実に飲みやすくなっている。
「どうアユム?」
「お、美味しいです……」
「どう?」なんて聞かれたら「美味しい」としか答えられないじゃんか。まあ、まずかったわけではないから答えには困っていたけど。
「よかったー!」
それにそんな笑顔を見せられたらまずくても美味しいって言うよ。まずくはないんだけど。ただただ苦い。
「じゃあ私お風呂入ってくるね」
え⁉︎ この世界お風呂あんの⁉︎
リナさんは押入れにしか見えない扉を開いた。中は6畳ほどのお風呂場が広がっていた。