骨喰みと冥婚
戦場で亡くなられた方全員を火葬して、故郷に帰すことは難しい。大体は遺体から切り取って燃やして残った骨だけを遺族に送るのだそうだ。中には指しか持って帰れなかった方もいるし、身元がわからないと言う理由で異国の地で眠る方もいるそう。
「腕、一本でした」
そう告げられて渡された骨壷のなんと小さいことか。軽々と私を抱き上げてくれた逞しい身体はもう無いのだ。逆に私が軽々と持てるほど骨壷は軽かった。
戦場の悲惨さが身に沁みた。お義母様が、震える声で届けてくださった方に「腕一本でも十分です。ありがとうございます」と頭を下げるので、私もそれに倣って畳に付いて頭を下げた。
本当なら、私が死に水を取りたかった。たとえ、肉が腐っていようとも蛆が湧いていようとも。私は貴方の顔が見たかった。
こんな腕一本じゃ、貴方だってわからない。
「朱鷺子さん。息子を、仏間に連れて行ってくれる?」
泣きそうな声でお義母様が骨壷を指し示すから私は大事に骨壷を抱き抱えた。本当に軽い。近所の赤子を子守で預かっておぶった時の方がよほど重かった。
戦死の知らせが入った時、何かの間違いでは無いかと思ったほどだ。たまたま、背格好が似た方かもしれない。たまたま、同姓同名の方かもしれない。でも、本当に亡くなられた。間違いは…無かった。
仏間の真ん中に骨壷を置き、そっと骨壷の蓋を開けてみる。開ければ白い欠片が幾つも入っている。本来ならば長い腕を骨壷に入るように砕かれて細かい破片と煤も一緒に入っているようだ。
私は何を思ったのかその中から一欠片摘み出し、ハンカチーフの上に置いてみた。指の骨に見えるが一体、何の指なのか。
私の唇を弄ぶかのように悪戯に触れた親指だろうか。頬を撫でる時によく使った人差し指か中指か。結婚の際に指輪を嵌めるという薬指なのか。必ず帰ってくると、約束してくれた小指なのか。
骨になって仕舞えばこんなにもわからない。
背後から「朱鷺子さん」とお義母様に呼ばれ、慌てて私は骨を骨壷に返した。その様子は私の背中で見えなかったのか、骨壷から出していたことは何も言われることはなく「骨を見ていたのですか?」と尋ねられた。
隣に座って骨壷の中身を覗き込んだお義母様は悲しそうに「こんなに小さくなってしまって…。あんなに大きく育ったのに」と溢した。
お義父様も仏間にやってきた。白い布を畳に敷いてその上に小さな骨壷の中身を出す。白い骨がぱらぱらと布に落ちていく。
「他の方は指だけだったりしたから腕一本持って帰れたのは幸運だった」
そう言ってお義父様は小さな骨の欠片を掴み、口の中へと放り込んだ。
骨喰みといって故人の愛しさのあまりに食べたり、長寿や輝かしい功績を持っていた故人にあやかるために骨を食べたりする。
続いてお義母様も骨を口に含み涙を流す。
「朱鷺子さんが嫌でなければ息子の骨を食んで貰えないだろうか」
お義父様が悲しげな顔で私に尋ねた。
「結婚する前に逝ってしまった息子だから、私と妻しか食べる者がいない」
「私は、まだ婚約者という立場でしたが、よろしいのでしょうか?」
私はおずおずと尋ねる。
「よかったら、ぜひそうしてくれ。その方が弔いになる」
深くお義父様は頷かれた。
ぽりぽりとお義母様が骨を咀嚼する音が聞こえる。
私は一欠片、骨を手に取った。骨を撫でれば表面がぽろりと崩れた。時間が経って脆くなってしまったのだろう。
食べることに嫌悪感はない。むしろ食べることによって一つになれるかもしれないと考えてしまう。金平糖より小さい骨を唾液と共に喉の奥に流し込む。きっと胃液が何もかもを溶かしてしまうだろう。
こんなに苦しいのならば、幸せな思い出も一緒に溶けてなくなってしまえばいいのに。
舌に乗せた骨は仄かに甘い。氷砂糖を口に含んだかのような心地だった。
「朱鷺子さんは甘いものがお好きですね」
在りし日の貴方の声が聞こえてきた。私が甘いものが好きだから、骨まで甘くしてくれたのだろうか。この甘さは貴方の優しさだろうか。
先に口の中の骨がなくなったのかお義母様がぽつりと「苦いですね」と呟いた。
「志半ばの無念の戦死だったからな。悔しさが苦味となって骨に出たのだろう」
お義父様が同調するように深く頷いた。
どうして、私だけ甘く感じたのだろうか。甘さは僅かながらの思い出に思えて、忘れないでいてほしい貴方の願いのように思えた。
葬儀の時、形だけの棺桶に私は私に似せた絵姿を入れた。冥婚では、生者の名前や姿を使ったら死者に連れて行かれてしまうからと厳禁なのだが、私は絵師には事情を伏せて私に似せて描くように頼んだ。
貴方に連れて行かれるなら本望。たとえ疑似的なものだとしても貴方が架空の他の女と結婚するのが許せなかった。