第96話 久し振りの館
遂に春休み初日を迎え、降助とクレイはスタトの館に来ていた。降助が扉をあけて中に入ると、そこにはゴミ屋敷が広がっていた。
「…え?」
「わあ……」
「ゲッ!し、師匠!?帰ってきてたのか!?」
「えっ!?ちょ、嘘でしょ!?」
見るからに慌てるクーアとトーカにつられ、ベルとヴニィルも慌てて顔を出す。
「ち、違うのだコウスケ!これは…その…!」
「ご、ごめんなさい!」
「お、落ち着いてベル…って、口元に何かついてるけど…」
「え?はわわっ!」
指摘されたベルは慌てて食べかすを指で拭い、恥ずかしそうに俯く。
「その……年節祭が終わって皆さんが学園に帰られてから…お祭り気分が抜けきらずに…全員でだらけてしまって……ごめんなさいっ!!」
「そ、そんな事が…ヴニィルならともかく、ベルまでそうなるなんて珍しいね……」
「うう…」
「まあ、なっちゃったものは仕方ないし、反省して大掃除しよう!」
「はいっ!」
「あ、それと掃除が終わったら皆で修行ね。」
突然の宣告にクーアとトーカは不満を露わにし、ヴニィルとベルは納得した。
「嘘だろ師匠ーっ!」
「鬼ー!悪魔ー!人でなしー!」
「まあ仕方あるまい。自分で蒔いた種であるのは事実だからな。」
「頑張りましょう!」
「さて…じゃあ早速準備を…あ、ごめんクレイ。もし良かったら手伝ってくれると嬉しいな。」
「うん、良いよ!皆でやれば早く終わるし!」
「ありがとう!」
6人は手分けして掃除を始め、昼過ぎには殆どの部屋を綺麗にし終える事ができた。
「お、終わった〜…!」
「疲れたよぅ…」
「これに懲りたら、俺がいない間もこまめに掃除すること!分かった?」
「「はーい…」」
「じゃあ休憩挟んだら修行するからね。」
「うっ…そうだった……」
「んんっ…おねがぁいししょおぉ、修行、明日にしてほしいなぁ…?」
「上目遣いで可愛く言っても駄目。ココア作ってくるから、それ飲み終わったらやるからね。」
「ぶぅー!」
「今の可愛かったよ〜トーカちゃん!」
「えへへっ、可愛かった〜?じゃあクレイさんからも師匠にお願いしてほしいなあ〜?」
「ふふっ、修行頑張ってね?」
「うわああぁぁん!クー姐〜!味方がいないよ〜!」
「おーよしよし、オレと一緒に修行頑張ろうなー。」
「クー姐が裏切ったあぁー!!」
トーカが泣きじゃくっているうちに降助はココアを作り終え、テーブルに置いていく。ココアを飲みながら街で買ってきたお菓子をつまんでまったりしていると、扉を叩く音が聞こえる。
「誰だろう?はーい!」
「私だ。レスターだ。コウスケ・カライトはいるか?」
「今開けます!」
降助が扉を開けるとスタトのギルドマスター、レスターが息を切らせている様子で立っていた。
「お、居たようだな……」
「ど、どうしたんですか?」
「シグルド殿から届け物だ……はあ、ふう……本当に、この館は……遠いな……途中の山道は……四十路を過ぎた体には堪える……」
「わざわざすみません…!良かったら休憩していきますか?」
「ああ、好意に甘えるとしよう…流石に結構だとは言えん……」
降助はレスターを椅子に座らせ、水を入れたコップを差し出す。
「どうぞ、お水です。」
「すまんな。んぐっ…んぐっ…ぷはっ…!ふう、コップ1杯の水でも生き返るな……」
「本当にお疲れ様でした……」
「おっと、これがシグルド殿からの手紙だ。では私はまだ仕事も残っているので失礼させてもらう。」
「あ、下まで送りますね。《ゲート》」
「な!?こ、これは一体…!?」
「これは転移魔法…みたいなものですかね。基本的には自分の近くと視界の端を結ぶものですけど、1回行って座標が分かってるならどれだけ離れてても繋げられるものです。」
「そ、そうか……とんでもない魔法を使えるのだな……ではありがたく使わせてもらうとしよう。では。」
レスターはゲートをくぐってスタトに帰っていき、降助はゲートを閉じる。
「あれ、そういえばここに来る時も思ったけど、その魔法って前はディメンションチェストとかじゃなかったっけ?」
「ああ、ものは同じだよ。ただ、収納機能と移動機能を分けたんだ。」
「師匠が見ないうちにまた進化してる……」
「どこまでいくんだろうな、ホント。」
感心を通り越して若干呆れているクーアとトーカを尻目に、降助は渡された封筒を開け、中身を確認する。
コウスケ君へ
君の事だから春休み初日にあのトンデモ魔法で速攻スタトに着いてるだろう。なのでこちらもそれに間に合うように手紙を出し、ギルドマスターのレスターに届けてもらう事にした。で、本題なんだけど勇者の召喚日明日だから首都のリスタッドまでよろ!あ、これは顔合わせみたいなもので、アビス・ホールに行くわけじゃないから他の皆とか連れてきても平気なんで!よろ!!
シグルドより
「あ、明日アァ!?」
「どうしたのコウスケ!?」
「あっごめん…その、勇者の召喚が明日で、リスタッドに来いって……」
「明日あぁ!?」
「だよね、そういう反応になるよね……」
「え、明日勇者召喚されんのか!?」
「私も行きたーい!」
「私も気になりますっ!」
「我も行きたい。今代の勇者とやらは気になっている。百数年振りだしな。」
「ん?百数年振りって事は…前の勇者を知ってるの?」
「ああ。先代魔王と世界が戦争していた時代…大征服戦線紀の時に魔王と戦い、見事討伐した勇者だ。召喚された勇者か元々この世界の者だったかはあやふやだが、並外れた剣技を持った女だった。我も、あと一歩間違えていれば雄ドラゴンが雌ドラゴンになってしまうところだったのだ。いや、あれは本当に『ヤバい』と感じた……正直、コウとボウの2人よりもだ……」
そう語るヴニィルの目はなんだか死んでいた。
「そ、そうなんだ……」
「ああ……と、話が少しずれたな。それでその勇者は魔王を討伐した後、どこかへ姿を消したのだ。暫くは様々な噂が飛び交い、今もその詳細については議論されているが、奴は純粋な人間だからな。もうこの世にはいない筈だ。特に子孫がいたというような話も聞かんし、独り身で隠居してそのまま、といったところだろう。先代について我が知るのはこれくらいだ。」
「へぇ〜……あ、皆ココア飲み終わったみたいだし、修行しよっか。」
「げぇっ!」
「このまま有耶無耶にできると思ったのに〜!」
「はいはい、行きますよ〜」
文句を言いつつ、準備はしっかり始める2人を微笑ましい目で見る降助だった。




