第90話 ツンデレ
「逃したか…」
「あのクソ姉貴を…撃退するなんて……」(ムカつくけど、クソ姉貴はサキュバスでもトップの実力を持ってる。そんなのを一方的に攻撃できるなんて……本当にこいつは何なの…!?)
「ねえ」
「!…な、何よ?」
「レインは大丈夫かな?」
「ん…そうね。吸い尽くされてたらそのままミイラになって死ぬけど、若干残ってるみたいだし。暫く療養して栄養があるものを食べれば回復するんじゃない?」
「そっか。」
「それにしても…全員クソ姉貴の魅了にかかったんじゃ、今日の授業は全部潰れちゃったわね。ま、別に構わないけど―」
「…ふむ。《マナジャミング》」
降助がマナを学校全体に散らすと、魅了にかかった生徒や教師達の意識が戻り始めた。
「う…うーん?」「あれ…俺は一体……?」「私、今まで何を…?」
「あ…あんた、今度は何をやったのよ?」
「見ての通り、学校に居る全員の魅了を解除したんだよ。じゃ、先生待とっか。」
「が…学校に居る全員を…!?」(あり得ない…こんな広範囲に居る対象者を1回で治療するなんて…本当になんなのよこいつ…!)
「あっ!見ろ!!レイン様が!!」「きゃあぁっ!!」「は、早く保健室に!」
干からびかけているレインに生徒達が大騒ぎしていると、貴族部魔法科の教師がやってくる。
「すまない、少し遅れた。では授業を始め…待て、何かあったのか?」
「あ、先生!それが……」
「レイン様!?一体何が……」
「サキュバスに精気を吸われたんです!」
「サキュバスだと?どうりで先程まで意識がはっきりとしなかったわけだ……それで、そのサキュバスはどこにいる?」
「…あいつです!」
そう言って生徒はリリィを指す。
「え!?」
「な…!」
「本当に彼女なのか?」
「はい!私達も見ていました!」「あいつがレイン様の精気を吸って、全員に魅了をかけたんです!」
「もし本当なら退学どころか、裁判ものだが…何か弁明はあるか?」
「あ、あたしはやってないわよ!」
「そうです!リリィは何もやってません!」
「貴様は最近転入してきたコウスケとかいうやつか…彼女を庇ってもあまり良い事は無いぞ?それに、やってないという証拠はあるのか?」
(そうだ…こちらにはアリバイが無い…既に真犯人のキィガは逃げてしまったし、目撃者はここに居る生徒だけ…その全員がリリィを犯人だと言っている…こうなったら一か八か…!)「1つ、1つだけ。証拠があります。」
「ほう?」
「レインです。彼が起きたら、この件について訊いてみてください。」
「無駄な足掻きを…!」「そんな事しても無駄だ!レイン様もお前達にやられたと言うだけだぞ!」「最後まで見苦しい…やはり、平民というわけね。」
生徒達にざわめきが広がり、降助とリリィに冷たい視線が向けられる。
「静粛に。…良いだろう。レイン様が起きたら、この事について証言してもらうとしよう。では、私はレイン様を保健室に運んでくる。今日の授業は中止とし、残り時間は教室で自習するように。」
先生の指示により、生徒達は教室に戻っていく。
「ねぇあんた、何か勝算でもあるの?」
「んー?」
「レインに証言させるたって、絶対無理よ!どうせあたし達のせいにされるだけでしょ!」
「まあまあ。やってみなきゃ分かんないでしょ?」
「呆れた…随分と楽観的ね。やっぱり馬鹿。いや、大馬鹿!あたしを庇ったから、最悪一緒に退学か裁判よ!もうちょっと後先考えて行動しなさい!」
「……」
「な、何よ。」
「いや、リリィって結構優しいんだね。心配してくれるんだ。」
「は、はああぁぁ!?ななな、何言ってんのよ!あたしがあんたを心配!?ありえないわよ!…そう!憐れんでる!あんたを憐れんでるの!あーあ!考えなしに突っ走ったせいで損するなんて本当に馬鹿ねー!呆れたわー!」
リリィは少し顔を赤くして、騒ぎながら足早に去っていった。
「…ツンデレだねぇ、あれは……」
それから数日が経ち、レインが回復したので教室で事情聴取が行われる事になり、シウスが進行を務める事になった。
「さて、魔法科の教師からおおよその話は聞いている。先日、授業開始前にサキュバスにより校舎全体に魅了がかけられ、レイン様が精気を吸われたという事だったな。そして、容疑者がリリィ・メイス嬢及び、コウスケ・カライトであると。レイン様、これは全て事実でしょうか?」
「それは―」
レインが口を開き、コウスケとリリィに緊張が走る。
「違う。俺の精気を吸ったのはリリィではない。魔王軍幹部のサキュバスだ。」
「!!」
「な…レイン様!?」「一体何故やつらを庇うのです!?」
「…それこそが事実で間違いないのですね?」
「ああ。」
「…ふう。」
「ねえ、ちょっと。」
胸を撫で下ろす降助に、リリィが小声で話しかける。
「どうしたの?」
「あんた、何かしたの?」
「いや?特に俺は何もしてないよ。」
「じゃあ一体どうなって―」
「……おい、貴様ら。勘違いするなよ。俺は貴様らを庇ったわけではない。あくまで俺を害した者に対して、然るべき制裁を与えてやりたいだけだ。」
レインはそれだけ言い残すと、さっさと自分の席に向かっていった。
「…ツンデレが多いね。」
「…つんでれ?」
それからは、他の生徒達からの敵意の混じった視線が多かったものの、1日の授業を終えて降助はクレイと共に寮へ向かっていた。
「なんか大変だったみたいだね?」
「まあ、ちょっとね。無事に解決したから良かったけど。」
「そっか。あ、もう部屋に着いちゃった。じゃ、また明日ね。」
「うん。また明日。」




