第89話 リリィとキィガ 2
「あたしがやる」
「大丈夫なの?相手は魔王軍幹部だし、何より君のお姉さんなんじゃ―」
「そもそも!これはあたしの家の問題だし、あんたに助けを求めた覚えもないの!分かったらさっさと失せなさい!!」(同じAクラスでも、平民部と貴族部では基本的に大きな差がある。どんな手を使ったのかは知らないけど、平民部からいきなり貴族部Aクラスに入ったこいつはどうせ足手纏いだし、他の連中も魅了にやられて動けない。教師が来るまで、あたしが1人でやるしかない…!)
「え、リリちゃんアタシと戦うカンジ?」
「それ以外にある?…あんた、拘束を解きなさい。邪魔よ。」
「え…うーん……」(まあ…リリィが負けてもすぐ助けられると思うし……良いかなぁ?)
「何モタモタしてんのよ!さっさとしなさい!」
「…分かったよ。無理はしないでね。」
「はっ!誰に口利いてんの?あたしはあんたなんかより強いんだから、心配は無用よ!分かったらさっさと退いてなさい!」
そう言ってリリィは拘束が解けたキィガに突っ込んでいき、剣で斬り掛かるが、ひらりと躱される。
「ほらほら〜全然当たってないよ〜?がんばれ♡がんばれ♡」
「チッ…ほんッとにウザいわね…!」
「《ファントムキス》」
「ッ!《ドリームミスト》!」
「!?」
キィガが距離を詰めてファントムキスをしようとしたところで、リリィはドリームミストを発動し、周囲をとても濃い霧で覆う。
(まさかリリちゃんがドリームミストを使えるなんて……純粋なサキュバスより効力が劣るとはいえ、思考力も奪われる……!)
「はあっ!」
「わっ!とっと……」
「ああもう、ちょこまかと…!」
「ほらほら頑張って〜♡もうちょっとで当てられるゾ♡」
「いい加減そういうのウザいのよ!!」
「きゃっ!危な〜い!」
リリィは濃い霧の中から奇襲し続けるも、一向に攻撃が当たらない。しかしキィガも思考力が低下し、攻撃のタイミングを計りかねていた。両者の間で膠着状態が続く一方、降助は他の生徒達を手当てしていた。
「全員目立った外傷は無し、魅了の影響でぼーっとしてるだけっぽいね。…それにしても、先生来るの遅いなぁ……何やってるんだろ。ちょっと探知をしてみ―ッ!?」
探知が捉えた反応に、降助は驚愕する。
「学校の敷地内に居る全員が…魅了にかかってる…!?一体どうやって…いや、それよりも…!」
降助はドリームミストの中に入っていき、探知でリリィを探す。
「見つけた、リリィ!」
「はぁ!?なんであんたがここにいんのよ!」
「緊急事態だ!学校に居る全員がキィガの魅了で行動不能になってる!こっちの助けは来ない!!」
「なんですって!?」
「あれ、もうバレちゃった?まあ、流石にこれだけやってて人が来なかったら怪しまれちゃうよね〜」
「はぁ…援軍が来ないなら、時間稼ぎのこの霧も無駄ね……」
リリィがドリームミストを解除すると、霧が晴れてお互いの姿がはっきりと見えるようになった。
「で、これからどうするの?」
「どうするもこうするも、あいつを倒す以外あると思う?分かったらさっさと引っ込んでなさい!」
「いや、悪いけど俺がやるよ。」
「はぁ?あんた、話聞いてた?あんたにできる仕事は無いの!邪・魔・な・の!」
「まあまあ。文句は見てから言ってよ。」
「おっ、なになに〜?アタシと戦ってくれるの〜?」
「うん。」
(ま、まさかここまで頭が悪いやつだったとは思わなかったわ……まぐれで皆の魔法を防いだり、クソ姉貴を拘束できたくらいで、ここまで思い上がるなんて…!死んでも知らないわよ…!)
「じゃあ早速アタシと遊ぼ―」
「《縮地》」
降助は一瞬で距離を詰め、腕に力を込める。
「え?」
「悪いけど、手加減はしない。《単拳・震打》!」
「ゴフッ!!」
降助の拳がキィガの腹部に命中し、激しい振動がキィガの全身を駆け巡る。
「《双拳》」
「ガッ…!」
「《流拳》!」
「ぐッ…!あァッ…!」
「はあッ!!」
思い切り拳を叩き込み、キィガを吹っ飛ばす。
「…ふう。」
(何、今の…見えなかった…あいつが一瞬で距離を詰めたところも、連続で殴ってるところも…何も見えなかった…!)「な、なんなのよ、あんた…!」
「何って言われても…ただの学生としか言えないかな。まあ、昔から修行はしてたけどね。」
「修行って……」
「いっ…たぁーい!」
「「!!」」
吹っ飛ばされたキィガが立ち上がるが、ふらついており、立っているのもやっとのようだった。
「も〜…女の子をボコボコに殴るなんてサイテ〜!」
「手加減はしないって断ったけど。」
「言われたけどさ〜!もっと手心とか無いの〜?」
「悪いけど無いよ。」
「ひど〜い!!」
「はぁ…なんなのこの人―」(…何だ、この違和感は…?何かおかしい。何か……ッ!)
「あ、気付いた感じ〜?」
「ねえ…あいつ、やたらあんたに殴られた割には、傷が少なくない?」
「…だね。」(そうだ。違和感の正体。あれだけ連撃を叩き込んだのに、傷が少ない…手応えは確実にあったところを考えると、効いてないというよりは治ってる…?)
「ふふっ。ねーねー、今キミがアタシをどっちに飛ばしたのか分かる?」
「まさか…!」
勘づいた降助の前に、キィガは痩せこけたレインを掲げる。
「じゃーん!」
「ッ…!」
「若い男の子の精気って…カ・ク・ベ・ツ、だね♡」
「気を付けなさい…若い男の精気を吸った直後のサキュバスは、力が何倍にも跳ね上がってるから。」
「…分かった。」
「じゃ、第2ラウンドいっちゃおっか♡」
そう言ってキィガは、先程の降助の縮地にも迫るスピードで距離を詰めてくるが、降助も即座に反応して腕で防御する姿勢をとる。
(速い!)「ッ…!」
「あはっ、腕でガードしても無駄だよ!アタシに触れられれば即、精気を吸われるの!はい、おしま〜い!」
(やっぱり、さっきのはまぐれだったのよ。無駄に警告なんかして…やっぱり、あいつがクソ姉貴に勝てる筈が―)
「捕まえた。」
「ッ!」
降助はキィガの手が自身に触れるギリギリで掴んで止め、再び拳を叩き込む為に右手に力を込める。
「ざんね〜ん♡《バリア》!そう何度も女の子を殴っちゃ駄目なんだよ〜?」
(バリアか…硬度は分からないし、こっちでいくか…!)「ふう…《単拳・貫抜》!」
「え―」
降助の拳はバリアを貫通し、キィガの鳩尾の辺りに突き刺さる。
「ゴフッ…」
「《ストライク―」
「《ドリームミスト》」
「!?」
「今日はこの辺で…ガフッ、帰らせてもらうね〜。バイバイ♡」
不意のドリームミストで目眩しされ、霧が晴れる頃にはその場からキィガは消えていた。
なんか似たスキルがあってややこしい、という方がいるかもしれないので説明しておくと、
鑑定:物品に対して使う
看破:生物に対して使う
索敵:周囲の敵性反応を探る
探知:周囲の生体反応を探る(熟練度によっては概要まで分かる)
といった感じです。ややこしくてすみません。まとめれば良いのにね。




