第88話 リリィとキィガ 1
「貴族部に来てから数日……ホントに懲りないなぁ……」
降助はほぼ毎日のように嫌がらせを受けていた。物陰から魔法の不意打ちや、授業中に教師の見ていないタイミングを狙った妨害などその手段は多岐にわたり、いつの間にか他の貴族部クラスにまで話が広がって今や貴族部1年の殆どが嫌がらせをしてくるようになったが、全て難なく躱す日々を送っていた。
「皆暇なのかな…」
そんな事を呟きつつ外を歩いていると、裏手の方が少し騒がしくなっている事に気がつく。
(なんだ…?)
「つっ…!」
「この穢らわしい血め!」「まったく、こんなのが同じ学園に居るなんて…吐き気がするわ!」「さっさと居なくなっちゃえば良いのよ!」
覗いてみると、桃色の髪と瞳をした女生徒が、数人の女生徒に囲まれていた。
(あれは確か同じクラスに居た…というか、貴族が貴族をいじめてる?とにかく、やめさせないと!)「ちょっと。」
「誰?」「こいつ…あれじゃない?最近貴族部に入ってきたとかいう平民……」「本当だわ。平民が何か用かしら?用が無いならさっさと消えてくれる?今忙しいのよ。」
「用ならある。その子をいじめるのをやめて。」
「はぁ?平民風情が誰に口を利いてるのよ?」
「何か用か訊いたのそっちじゃないの…?」
「私達はこの穢れた血の女の粛清で忙しいの。ほっといてくれるかしら?」
「穢れた血?」
「そうよ。こいつの父親はあろう事か、サキュバスと子供を作ったのよ!ああ穢らわしい!」「だからこうなるのも当然なのよ。分かったならさっさと消えなさい!」
「分かった。分かった上で、断る。」
「は?」「こいつ、頭がおかしいのかしら?」「誰に逆らおうとしてるのか…教えてあげるわ!地に伏し、虫の如く這いまわれ!《ダウングラビティ》!」
「…《ダウングラビティ》」
女生徒はダウングラビティを放つが、降助は即座にマナを放出して魔法を掻き消し、同じようにダウングラビティを放って女生徒達を地面に這いつくばらせる。
「ぐっ…!」「お、重……!」「よ、よくもこんな真似を―」
「…はぁ。」
降助はダウングラビティを解除し、女生徒達が地面にめり込む前に解放する。
「細かい事は知らないけど、親が何であれ彼女に罪は無いでしょ。これに懲りたら反省して、もうこんな事しないでね。」
「だ、誰が平民の言う事なんか…!」「ふん…この程度でいい気にならない事ね!」「覚えてなさい!!」
女生徒達はすぐに立ち上がり、足早にその場を去っていく。
「やれやれ……君、大丈夫?」
「…ッ、誰が助けてだなんて言ったのよ!」
「えっ」
「あの程度、あたし1人でどうとでもできたわ。」
「でも困ってそうだったし……」
「はぁ?何善人ぶってんのよ。キモッ。余計なお世話よ!よ・け・い・な・お・せ・わ!どんな手を使ったか知らないけど、平民が貴族部になれたからって調子に乗らない事ね!」
「酷い言われようだなぁ…あ、俺の名前はコウスケ・カライト。よろしくね。」
「あんたの名前なんか訊いてないし、馴れ合うつもりもないわよ!」
差し伸べた手も払い除けられ、名前も聞けないままどこかへ行ってしまい、降助は1人その場に残された。
「随分ツンツンした子だったなー…」
その後、降助は魔法科の授業を受ける為に訓練場へ向かう。
「ゲッ……」
「顔合わせた瞬間に『ゲッ』は傷付くなぁ……」
「何?嫌なものを嫌と言う事のどこが悪いのよ。」
「それを本人の前で言うのはよろしくないかと……」
「はあ?聞かせる為に言ってんのよ。どう?少しは自分がどれだけ疎まれてるか分かったかしら?」
「うーん…厳しいなぁ……」
「そーだそーだー!人には優しくしないとダメなんだゾ♡」
「「!?」」
2人は突然現れた声に反応し、即座に距離を取る。
(気付かなかった…!あの距離まで近付かれてたのに、声をかけられるまで全く気配を感じなかった!)
「わぁ〜さっすが〜!もしかしてルムザより速いんじゃない?」
「もしかしなくても魔王軍かな…?」
「せいか〜い!アタシは魔王軍幹部、サキュバスのキィガ・メイスだよ〜よろしくね?♡」
「クソ姉貴…!」
「クソ姉貴?」
「あれ?あれあれあれ?もしかして妹ちゃん?わぁ〜!妹ちゃんだー!久し振りー!元気してたぁー?」
「白々しいわね。何の用なのよ。」
「もう…リリちゃんってば冷たーい。」
「あたしをそのあだ名で呼ばないで。さっさと何しに来たのか言いなさいよ。」
「はいはい言いますよーだ。アタシはそこの彼に会いに来たの。」
「え、俺?」
「そう!ルムザから特徴を聞いて、アタシ好みの顔だって言われたからワクワクしながら来てみたらビンゴ!すっごくタイプ…♡」
「え?何?俺、魔王軍幹部のサキュバスに逆ナンされてるの……?」
降助が困惑していると、騒ぎに気付いた生徒達が集まり始める。
「おい、魔王軍がこんなところに居るぞ!」「見て!あのサキュバス、リリィそっくりよ!」「お、俺はさっきあのサキュバスがリリィの事を妹って呼んでるのを聞いたぞ!」「やっぱり、彼女が魔王軍と繋がってる噂は本当だったのね!穢らわしい血だけじゃなく、内通までしてるなんて!」「貴族の恥晒しめ!」
「ち、違うわよ!誰がこんなやつなんかと…!」
「ふん…こんなところにのこのこ1人でやってくるとは…馬鹿な魔王軍幹部も居たものだ。」
「おお!レイン様だ!」「レイン様!この愚かなサキュバスと穢らわしい女に裁きを!」「我々も助力いたします!」
「ふっ…すぐに俺が2人仲良くあの世に送ってやる…!」
(いやあなた前も似たような事言って殺されかけたじゃないですかー!!)「ちょっと待っ―」
「《サンダースラッシュ》!」
「巻き起こる旋風は全てを吹き飛ばす!《トルネイド》!」「地を走る氷の棘は全てを貫き凍てつかせる!《アイススパイク》!」「降り注ぐ火の雨は全てを燃やす!《ファイアレイン》!」
「…ッ!《バリア》!」
「きゃっ!?」
降助は魔法の飛ぶ先を予知し、素早くバリアを展開してリリィを守る。
「おい!今彼女の事を狙っただろ!」
「それの何が悪い?そこの女は魔王軍と繋がっているのだ。こうするのは当然だろ?それより下民。庇ったという事は貴様も魔王軍の仲間という事になるが?」
「これだから平民は…」「やっぱり、ろくなやつじゃなかったのよ。これだから…」「ああ、まったくだ。これだから……」
「「「「「これだから平民は」」」」」
「ッ…!」(まさか…貴族の平民差別がここまでなんて…!)
「馬鹿!あたしなんか庇うから…!」
「…アタシだけならまだしも妹ちゃんも狙うとか信じられないんだけど。魔王様が世界を滅ぼそうとしているのも頷けちゃうなー。」
「クソ姉貴も保護者面してんじゃないわよ!」
「チッ…どちらも無傷か……まあいい。この俺が直々に手を下して―ぶはっ!?」
キィガの尻尾が素早くしなり、レインを滅多打ちにしていく。
「ぶべっ!?ぐほっ!?」
「ざぁーこざぁーこ。尻尾1本にやられちゃうよわよわ貴族サマ〜あはっ、みっともな〜い♡」
「れ、レイン様をお助けするぞ!」「いくぞー!」
「あーはいはい邪魔邪魔。《魅了》」
キィガは周囲の生徒に魅了をかけ、動きを止める。
「あぅあ……」「ぽへー……」「あー…?」
「あははっ!皆アホみたいな顔しちゃって〜ウケる〜!」
「くっ…リリィだっけ、大丈夫!?」
「あたしは平気よ。あんたこそ、大丈夫なの?」
「まあね。」
「うっそ。リリちゃんならまだしも君も魅了効かないんだ…うわ、ますます興味出ちゃった〜♡この子は飽きちゃったし……ポーイ♡」
「ゴフッ!?」
キィガは尻尾でレインを貫き、そのまま地面に投げ捨てる。
「ッ!《マジックエリクサー》!」(このパターン前もやったよ…!!)
「う……」
「キィガ…皆に危害を加えるなら容赦はしない。」
「えー…あんまり君とは戦いたくないんだけどなぁー…アタシ、戦闘はあんまり得意じゃないし……」
「じゃあ大人しくしててくれないかな!《バインドチェーン》!」
「きゃっ!」
キィガはバインドチェーンで拘束され、身動きが取れなくなる。
「い、いきなりガチガチに拘束だなんて……君って意外とそーゆータイプなんだ…この変態…♡」
「やめて?誤解を招く発言やめて?あとクネクネしないで?何なのこの人?凄くやり辛いんだけど?」
「どっからどう見てもただの変態ね。あんなのが姉だなんて、恥ずかしくて死にそうだわ。」
「と、とりあえずこいつをなんとか―」
「邪魔よ」
構える降助の前にリリィが出る。
「リリィ?」
「こいつはあたしがやる」




