第87話 貴族部
「よし、荷物はこれで全部だね。」
「じゃ、俺達は行くよ。今度帰ってくるのは春休みかな?」
「行ってらっしゃい師匠!」
「うん。またね。」
降助達はディメンションチェストでシューヴァルト学園へ向かい、荷物を片付ける為に一時解散となった。
「なんか寮の部屋も久し振りだなぁ。」
「僕は夏休みの時はずっとこっちに居たから、初めて長期間部屋を空けてたかも。」
2人が荷物を整理していると、玄関のドアをノックする音が聞こえたので、降助が出る。
「はーいどちら様で…学園長?」
「やあコウスケ君。今時間あるかい?」
「はい、大丈夫ですけど…」
「良かった。早速で悪いけどついてきてもらっていいかな?」
「分かりました。」
それから少しして、始業式の時間が迫っていたものの一向に降助が帰ってこなかったので、カイトはガーヴとミレナと共に講堂に向かう事にした。
「ん?コウスケはどうしたんだよ?」
「さあ…学園長に連れてかれたっきり、戻ってきてないんだ。」
「何かあったのかな?」
「まあいい。さっさと行こうぜ。そろそろ遅れんぞ。」
「…だね。」
そして始業式が始まり、いつも通りシグルドの締まらない演説を経て終わる。カイト達はそれぞれの教室に戻り、クレイも貴族部Aクラスに向かい、自分の席で授業の開始を待っていた。暫くすると、廊下から少し騒がしい声が近づいてくる。
「……ですか!」
「まあまあ、……じゃないか!ほら……よ!」
(?何だろう……)
やがて騒がしい声が止んだと思うと、教室のドアが開き、シグルドが入ってくる。
「えー、貴族部Aクラスの皆さんごきげんよう。今回は皆さんのクラスに新しい仲間が加わりまーす!はい、入ってきなさーい。」
「し……失礼しま〜す……」
恐る恐る教室に入ってきたのは、貴族部の制服に身を包んだ降助だった。
「コウスケ・カライトです…よろしくお願いします……」
「えええぇぇぇー!!?」
時は遡る事数十分前。降助はシグルドに連れられ、執務室に来ていた。
「よう。久し振りだなぁ兄ちゃん。」
「あなたは……仕立て屋さん?」
「覚えててくれて何よりだ。つーわけでシグルド学園長、こいつが注文の品だ。」
そう言って仕立て屋の男は机に包みを置く。
「流石、バラシアン大陸一の仕立て屋と名高いだけあって、仕事が早いね。」
「ま、ウチはそれが売りだからな。あの時に仕立てた制服からちょっと丈を増やしてある。多少の調整ならすぐできるようにしてあるから、早速着てみてくれ。」
「え?ちょっと話が見えてこないんですけど……」
「まあまあいいから。ほら、早く着なよ!」
「わ、分かりましたよ……」
シグルドに促され、今着ている制服を脱いで新しい制服に袖を通す。
「これは……」
「見たところ大丈夫そうだな。じゃ、俺は帰らせてもらうぜ。また何かあったら店に来てくれ。」
男は帰っていき、執務室にはシグルドと困惑する降助が残される。
「これ……貴族部の制服じゃないですか?」
「うん。そりゃあそうだよ。今日から君は貴族部なんだからね。」
「な、なんで!?」
「グランドマスターから聞いたよ?君、フィルソニア家のクレイ嬢と付き合い始めたんだろう?」
「そ、そうですけど…何の関係が?」
「だから貴族部にしちゃおっかなって。」
「いやだからなんで?」
「それにご両親からも連絡を貰ってね。もう婚約者みたいなものだし、貴族部にしちゃって良いんじゃないか、って感じになったからさ。」
「し、職権濫用…!権力の悪用だ…!横暴だー!」
「じゃ、スピーチ行ってくるから!授業開始まで寛いでていいよー!」
「えっ…俺、始業式出なくて良いんですか……って、もう居なくなった……」
という事があり、降助は平民部Cクラスから始まり平民部Aクラスを経て、遂に貴族部Aクラスになったのである。
「じゃ、後は貴族部座学教師のシウス・アルジアさんにお任せしまーす!さいなら!!」
「はぁ……」
やや痩せ気味の初老の男、シウス・アルジアはため息を吐きながらもシグルドと交代し、前に出てくる。
「コウスケ・カライト。空いてる席にさっさと座れ。出欠確認を行う。」
「はい。」
降助はクレイの隣に座り、教科書などを整理する。
「び、びっくりしたよ、コウスケが貴族部に来るなんて…何があったの?」
「学園長の職権濫用ってとこ。あと、グランドマスターの口の軽さとクレイのご両親の強引さも原因。」
「えっ…ご、ごめんね…?私の親が……」
「いや、気にしないで。正直、学校でも一緒に居られるのはその…嬉しいから。」
「コウスケ……」
(…しかし……)
降助は周囲からの視線を察知する。
(何だこいつは…?急に貴族部Aクラスにやってくるなど…何者だ?)(コウスケ・カライト……聞いた事が無い名だな……よもや……)(ひょっとするとこいつ……)
(((平民か…?)))
瞬間、視線に敵意が混じりはじめる。
(成程…どうやら俺は歓迎されてないっぽいな。こりゃ休み時間にどうなる事やら……)
結局、休み時間は特に何も起こらないまま1日の授業が終わり、下校の時間となったが、降助の心配は杞憂には終わらなかった。
「おい貴様。何故貴様がここに居る?」
そう言って男がドアの前に立ち塞がる。
「あ、合同合宿の時の…レイン・ラジットだっけ……」
「ッ…!ここは貴様のような下民が立ち入って良い場所じゃない。即刻消え失せろ!」
「そう言われても、学園長が決めた事だから何とも。」
「下民風情が俺に逆らうな!!」
レインは殴りかかってくるが、降助は難なく拳を受け止める。
「チッ…生意気なやつだ…!おい、やるぞ。」
「はっ!」「いくぞ!」
「「「《バリア》!」」」
レインの呼びかけに答え、数人の生徒が教室の中にバリアを発動させる。
(これは…まさか、教室の中でやるつもり―)
「「「《バインドチェーン!》」」」
「!」
何重もの鎖が降助を絡め取り、動きを封じる。
「いけ!この愚かな下民に、身の程を思い知らせてやれ!!」
「コウスケ…!」
身動きできない降助に、次々と魔法やスキルが叩き込まれていき、暫くして攻撃が止む。
「おっと?これでは殺してしまったか?ま、下民がいくら死のうと知った事ではないがな!ははははは!!」
「あーあ、死体の片付けめんどくせぇなあ…」「私平民の死体なんて気持ち悪いから触りたくなーい」「おいおい、死んでる前提かよ。ま、あれだけ攻撃をぶち込めば当然か―」
攻撃で起こった煙の中から、拘束を解き、無傷の状態の降助が現れる。
「なっ…!」「無傷…!?」「あ、ありえない…!」
「本当に生意気なやつだ……!もう一回やって―」
「《マナジャミング》」
降助を中心として周囲に霧が現れ、瞬く間に教室に充満していく。
「な、何だこれは…!?」「ひゅ、ヒュプノスミスト!?」「いや…特に何ともないぞ……?」
「下民がおちょくりやがって…!霧ごと吹き飛ばしてやる!トルネイド!」
レインは魔法を唱えようとするが、何も起こらない。
「な、何だと…!?」
「お、おい…俺も魔法が使えないぞ!」「スキルも使えねぇ!」「どうなってるのよ!?」
「じゃ、俺は帰るから。」
「待って!私も一緒に行く!」
「チッ…クソが……!」
降助は教室を後にし、クレイと共に貴族部の寮へと向かう。
「貴族部になったから寮も変わるんだよねー…そういえば、貴族部は寮は1人1部屋で大きめの部屋なんだっけ。楽しみだなぁ…」
「ふふーん…貴族部寮の部屋はすっごいんだよ!」
「クレイがドヤってどうするのさ……あ、そんな事言ってたら着いたね。」
「…あれ、ここって私の隣の部屋だね。」
(絶対学園長の仕業だな…)「ま、それはそれとして嬉しい。」
「ん?何か言った?」
「いや何も。それじゃあ早速。」
降助はドアを開け、中に入る。
「うわぁー広っ……」
「でしょー。貴族の家具って無駄に豪華でおっきいからね!部屋も必然的に大きくなるんだ。」
「正直1人で暮らす寮にしては広すぎ…かな。まあいいや。荷物とか整理しなきゃ。」
「あ、私も手伝うね。」
「ありがと。」
その後、2人で数時間程かけて家具を置いて荷物を整理していった。




